番外編 悪役は寝返りを打たない

 数日前、暴動の真っ只中。

刑務所の囚人はアオイの手により一時的に解放され、街に猛威を振るった。その中には様々な理念の人間がいる、恨み人に復讐を遂げたい、思う存分暴れたい。久々に羽を伸ばしたいなど。


その中で珍しく向上心を持ち、暴れる事に意味を持つ狂人がいた。かつて図書館で老人を殺めた若き青年、特別強い魔力は持たないが技術と快活さを駆使して余裕も持たせ、笑いながら人を傷つける。正に愉快犯である。


「雑魚共は連中に任せるか、狙うは大将首。俺は天下を取る男だ。これは最大の復讐でもある」

自身を捕まえた警察を殺めるよりもその頭、最高潮の首を掻っ切れば組織そのものを完済出来る。狙いは初めから点ではなく面の世界だ。


「第一おかしいんだよ、あんなババア手に掛けたくらいでブチ込みやがって悪いのはアッチだ、静かに過ごしていた俺を注意したんだぞ?」

正確には本を全く読まず図書館をまるで休憩所のように使うので軽く声を掛けただけなのだが彼の耳は大きなバグが発生している。鼓膜が歪んでいる。


「ずっと機会を伺ってた。

そして刻は来た、クソ雑魚で愉しみは一瞬で終わっちまったが心がスーッとしたぜ。あれ程の高揚感は他に無い」

煩わしさを自らの腕で削除する事にこの上ない喜びを感じている。これは彼の性であり生きる意味でもある。


「ん..雨か?」

しかし元が悪人、運が味方する訳も無く外へ出て直ぐに悲劇に見舞われる。


「カイ..トォ...!」


「ん、ビーストかどうした?

様子がヘンだな、具合でも悪いのか」

刑務所で同じ牢に投獄されていた富豪殺しの狂犬ビーストが苦しみながら名前を呼ぶ。顔色が酷く悪い。


「アォ..アァ...」

「なんだ、人を殺せない禁断症状が出てるのか。安心しろ、辺りを見渡せば幾らでも標的は...お前、身体が⁉︎」

青白く輝き、不気味に膨張していく。


「逃げ..ロォ...!」「くおっ..!」

衝撃が街道を飲み呑み爆散する。ビルや建物が深く抉れ原型を大きく崩し街の地形に影響を与える。


「ふぅ..はぁ...!

馬鹿め、加減を知らねぇのか。」

痺れる程負担は掛けたが高質化させた魔術の糸を全身に巻き付ける事で、なんとか直撃を防ぐ事は出来た。


「動けるか?

..あぁ、なんとか大丈夫そうだ。だけど耳が聞こえねぇ、鼓膜を相当やられたか。癒えるまで適当に歩くか」


魔力を持つ人間は多少の怪我や傷であれば経過的な自然治癒で回復する事が可能である。体内の魔力が血液と循環し身体を補う為に起こる現象だ。


「ヤッベェな、思ってたよりも外は化け物揃いかもしれねぇぞ。あー耳痛」


魔法使いにも種類があり、エレメントを所持し魔術を使用する者を純正、魔力のみを持ち、鍛錬や修練によって技能を向上させる者を混正という。魔法の糸を扱うカイトはエレメントを持たない混正、純正が相手では少し戦い方に手間が掛かる。


「少し、腕を慣らしておくか..」

糸を高質化させ尖った爪のように両手の指に巻き付ける。そのまま狭い路地に入り、隣り合うビルの側面に糸爪を突き立て、走る。ビルは無残に紙のように斬り裂かれ、痛々しい傷を付ける


「もう少し硬くできるな..。」

己の伸び代を測ったところで爪を解き別の形状を試みたところ、意図せぬ客人が訪れ声を上げた。


「おい、お前魔術師か?」


「燃える拳..お前こそ誰だよ」


「聞いているのはこっちだ、質問を質問で返すな。」


「先に答えればいいだろ、その後答えればおんなじ事だ。違うのかよ?」

生意気な態度に呆れながらもラチか開かないと判断し、質問者は先にカイトの話に応答する。


「ザクロ、警視庁魔力班班長。」


「ハンチョウ?

..て事はお前が筆頭株か。」


「まぁ、そういう事になるな」


「ビンゴ!」


「なんだ、私に用でもあるのか?」


「大アリだろ!

あんたを殺れば完済なんだよ!」


少しばかり勘違いを含み誤解しているが実際はどうだっていいのだ。何かを壊し、一つの塊が崩壊する様が見てみたい。それだけの矜恃に生きている。


「哀れな男だな、娯楽を知らず幸福を知らず、独りよがりで笑顔を作っている。感謝しろ、私が救済してやる」


「やってみろ雑魚刑事!!」

お互い芸はあまり無い。拳を出すか糸を出すか、それだけの違いだ。ただリーチや形状での変化でいえば糸の方が有利といえる。硬度も速度も自由自在


「広がれ、無数の穴を開けろ!」


「糸に蜂の巣にされるか、笑えんな。

悪いが私は反射神経が良いんだ。」

たこの足のように広がる糸の素早い突きを体幹で交わし一気に間合いを詰め燃え滾る拳を突き出す。


「貰った..。」


「何をだよ班長?

糸は伸縮自在、限界なんかないんだ」

ずんだら伸びた糸が一瞬にして手元へ還り高質化した盾となる。渾身の拳は不発して反発する。


「私の拳が打ち返された..」


「過信しすぎだ班長、俺の扱う糸は魔術糸、硬さの調節くらい出来る。部下に褒められた過ぎて鈍ってるんだな」


「馬鹿を言うな。私は部下に、決して私を褒めるなといっている。常に鍛錬を怠るべきではないからな」


「なんだ?

今時根性論かよ、ダッセェなぁ。」


「根性論では無い。

根拠のある私の方法論だ」


「モノは言いようだなぁ!」

左に集中して集束させた槍状の糸を更に高質化させ回転を加えればドリルのような形状に。貫通力殺傷力共に上昇拳と対を無す威力を誇る。


「ボルカニ・ナックル!」


「術名とか...そういうの無い!」

ぶつかる拳と槍、燃える炎とはまた別に重なり合って火花が散る。


「……」「どうした、痛いかよ!?」


「..甘いな、拳を砕こうと鋭利な形状にしたのだろうが私の拳は炎を含む。一振りで二つ衝撃を与えるものだ」

先端がひび割れ、亀裂を全体に拡げる


「..何だよ?」

渾身の拳は槍を砕き留まらず腹を直撃

捻じ込む拳は単純な痛みと衝撃を余す事なく

存分に与える。


「吹き飛べ罪人!」

驚きの高さから天の青色を拝んでいる行き先はまるでわからないが、小さい頃に考えた飛行を今、実現している。


「やっぱり純正には勝てないのか..」

叩き上げは天性に敵わない

苦しくも体現した瞬間である。


➖➖➖➖➖➖


 「ぐえっ!」「何!?」

 何かが水没する音が聞こえた。落とし物にしては鈍く重たい、水族館といえど人間は飼育員しかいない。となれば原因はイルカや他の生物達なのだが


「ムル、何してるの?

ご飯はさっき食べたでしょう。」


「キュキュイ..!」「え、違うの?」

イルカは言葉を話さないが長年のスキンシップで何となく意思疎通はできるようになった。温厚なイルカであれば仲良くなるのは容易な事だ。


「キュイ!」「何?」

『見せたいものがある』と一度水に潜り、再度上がったイルカの背には若い男の姿があった。


「痛ってて..」「わっ何、誰それ!」


「え、ココどこだ...ん、イルカ⁉︎」

目が覚めたらイルカの背の上にいる、とんだファンタジーお目覚めだ。人殺しの罪人ですら救う生き物、支配しない尊い存在、それがイルカだ。


「キュキュイ!」「嘘、友達なの?」


「なぁ、此処どこだ?」


「イルカの背の上。」


「違う場所だ!」「水族館だけど。」


「水族館?

そんなとこまで飛ばされたのか..。」


「あなたイルカの友達なの?」


「ちげぇよ。」「そうなんだ、口悪」

飼育員の冷めた態度にペースの乱れを感じつつ陸に上がり水を弾く。濡れた服はある程度絞るが、余り変わらず不快感を残したままだ。


「お前が管理人か?」


「私は飼育員だよ、普段は他に担当の人がいるんだけど街で戦ってるからね代わりにここ任されてんの。」


「..イルカしかいないのか?」


「他にもいるけど、ショーの生き物だからね。この子だけ表にいるのよ」

水槽は常に建物内に常備され、安全を約束されている。しかしショースターであるイルカのムルは常に表で客を集める働きがある。容易に室内には戻せない、緊急時であってもだ。


「お客さんが来ると跳ねて挨拶してくれるのよ、この子は。」


「……」

魔力を持たず、武器も持たずただ身体一つで客を呼んでは魅了する。絶対強者がここにいた。


「お前は純正か?混正か?」


「キキュウ。」


「で、あなたは何者?

聞かれてマズイならやめとくけど。」


「...俺は強さに憧れていた。」


「うん、なんか聞くとマズそうだね」


混正である事がコンプレックスだった純正程の力も無いし、備え付けの魔力もそこそこの値で戦闘には向いてない


「だからこそ戦いに赴いた。

だけどお前は力を持たず度量だけでこの場所の象徴だ。皆の英雄だ」


「キュキュイ!」


「良かったね〜ムルちゃん

褒められたよ、嬉しいね〜。」

形は違えど強さは強さ、ならばその形を保つ事にも意味があるのではないか


「俺が守ってやる。」「え?」


「だけどそろそろここに雷の部隊が来るって聞いたけど..」


「奴らが護るのは人と街だ。俺が護るのは水族館とそのイルカ」


「頼もしいけど、ところで誰なの?」


「知ってるだろ。そいつの友達だ」


「キキュイ!」「マジで?」


『人殺しの囚人だ』とは言わなかった今更人の眼などどうでもいいが、限りある少ない人間性のみでそのにいたかった。ただの青年に戻りたかった。


「おーい戻ったぜぇ〜?」


「うわ..あいつ。」「でかい奴だな」

盗賊は戻ってくる、いつか来たイルカ泥棒が再び手薄の現場にやって来た。


「ケダモノは元気か?」


「普通こんなときに来るかね。」


「あ、なんだよ前の生意気な女いねぇじゃねぇか。育てるの飽きたのか?」


「ここから出てけ、デカイの。」


「あぁん?

なんだテメェ、新しい飼育員かよ」


「イルカの友達だ!」「はぁ!?」

友として憧れとして強き者として、初めて護りに力を使う。武器は変わらず糸一つ、心臓は生身、魔力は薄い。


「早く帰れ、じゃねぇと..踏み潰す」


「あ?」

頭上を大きな影が覆う。糸を紡いだ大きな脚が、男を踏みつける。


「うわっスゴッ..。」


「……ダメだ」「え?」「うらぁ!」

足の甲に穴が開き、焼かれた糸がほつれ落ちる。男はピンピンとしており、傷一つ付いていない。


「なんだぁコレ?

つまんねぇ技使いやがってよぉ!」


「また火か、ツイてないな..。」


「あなた魔法使えたの?」


「一種類だけだけどな、糸引くだけ」


「あれ糸で造ってたの⁉︎」


「お前、反応新鮮だな」


「くたばれクモ野郎ォ!!」

火球の息吹を連発三弾放出、今度は糸を腕に変え弾を握り投げ返す。しかし相手の放つ弾、また口内に戻るだけ。


「う〜ぷっ..。

不味じぃ、口が焦げたぜ。」


「アイツバケモンかよ」「どうだろ」


「纏めてやるよ、マズイがな!」

再度口から取り出し、纏めて凝縮した一撃を吐き出す。


「でかいっ..!」「ヤバ、離れよ..。」

このままではイルカに当たる、しかし同じ腕では脆く受け難い。


「素手でやるしか...クソッタレ!」

糸の鎧を纏い高質化されたグローブを装着した掌で特大火球を鷲掴み。


「ぐ..うがぁっ...!」


「アハハハハ!バカだ!

直に掴む奴がいんのかよ!?」


「護るんだよ..ココの英雄をよ!!」


「何だソレ、イルカのことか?」


「だったら..なんだぁっ!」「嘘。」

振りかぶり、火球を投げ返す。


「バカかテメェ、意味ねぇよマヌケ。

...だがまぁ、覚悟は認めてやる」

男はそれを避けなかった。傷こそ負う事は無かったが、受け入れて、彼を一人の強者として認識をした。


「へへっ..ダメか...。うっ!」

古傷が痛む、別の炎が腹で燃えていた


「みっともなく立ってんじゃねぇ!」

火球の息吹が傷を刺激する。前程じゃないが身体を飛ばされ、護るべき英雄の目の前で膝を落とす。


「キキュイ!」


「..ムカつくかよイルカ。安心しろ、もうここには来ねぇよ、じゃあな。」

ムルから手を引き水族館を後にする。見せた背中は穿った暴君では無く潔い勝者の姿を見せていた。


「キキキュイ..」


「すまんイルカ、負けちまった。カッコ悪いよな、俺。」


「……。」


「あんたも悪かった、迷惑かけてよ」


「うん、どうでもいいけどまだやんのその一人青春活劇みたいなの。」


「...お前ホントに冷めてんな」


「そういうの苦手なだけだよ。多いと思うよ、そういう人」


「....マジで?」「うん、マジで。」

ブレない心、ここにも強さがあった。


「一つ、お願いがある」


「.............何..?」


「俺を英雄だと思わないで欲しい、そして出来れば、忘れないでほしい。」


「嫌だよ。」「..え何で?」


「だってよく知らないもんあなたの事急に頼まれても関係性ないし。」


「..あぁ確かに...。」


「雷の部隊来る前に帰ってね」


「..うん。」

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