16話 感性の無い劇場

 きのこ姫と26人の執事

 何も常識を知らず森でそだったきのこ姫が、人生に疲れ森へやって来た執事の群れ達と街の王子を振り向かせるという恋愛劇だ。長きに渡り受け継がれ、初代きのこ姫を演じたのは役者の始まりの女神と呼ばれた女優。

名をエキゾチック・マリー、大胆な演技と端正な顔立ちで多くの人々を虜にしたと云われる伝説の女優、らしい。


「聞いてもいないのに物凄いウンチクを聞かされた。頭痛くなりそう..」


「きのこ姫は歴史を彩る鏡なのさ、時代背景はみんなきのこに作られた。

...でも実は曰く付きの作品なんだ」


「曰く付き?」「そうだ...」


隣に座るきのこ姫マニアの話によると歴代きのこ姫に携わった役者やスタッフの誰かは、必ず何らかの影響を受けているらしい。


「初代きのこ姫のエキゾチックは演劇を終えた数日後に謎の死を遂げた。その三年後に開演されたきのこ姫では照明の一人が事故により死亡、その次もその次も、誰かが絶対酷い目にあっている。五度目になる今回は特に酷い、もう何人犠牲になった事か!」


「何人?」「八人。」「覚えてんだ」

 一公演一人だとして八公演。無駄に高い演劇のチケットを八度も落としているとは筋金入りのマッシュルーマーである。傘があったら被りたい。


話し込んでいる、というより一方的に話し掛けられているが、幕が上がり演者が登場した。きのこ姫、第九公演目の開演だ。


「さぁ始まったぞ〜。」


「酷いとか言って結局楽しみなんだ」


控え室殺害現場


「ガイシャは細い糸のようなもので首を貫通、他殺というよりは変死だな」


「ガイシャって言わないで下さい。

〝被害者〟ですよ、そうですよね?」


「..細かい奴だなお前は。密かに駆けつけてやったからいいだろ、お客さんの迷惑はわかるけどな」


「人に気が使えたんですか。」


「お前と一緒にするなよ、俺は気を使い放題だ、見ろわかるかこれ?

遣い過ぎてできた口内炎だ、痛いぞ」

口の中に指を突っ込み頬を広げ、内側の赤く腫れた出来物を見せつける。


「..やめて頂けますか。人の口の中を探る趣味はありません、ましてや男」


「なんだ、女性なら見るのか?

お前隠れてスケベだなこの変態!」


「ええ変態ですよ、でなければ謎を解明したいとは思わない。」


「...まぁ、それもそうだが。」

冗談を砕かず形のまま受け入れる。つまらない男だも思われがちだか彼の面白味は体内に宿り、自らのみを愉快にさせる。故に周囲は退屈に決まっている。


「弾丸の通り道でしょうか?」


「それは無いな凶器が銃なら穴の入り口に弾痕が残る筈だ、それに銃声が鳴れば気付くだろ。」


「それはそうですが、幾つかおかしな点がありましてね。」


「おかしな点だと?」


「はい、公演前に詳しく監督や演者さんに話を聞いたところ今まで被害者は八人いるのですが、第一発見者が皆異なるようなのです。」

現場はみな控え室、時間は決まって公演の始まる直前の午前11時前。発見者は異なり死因は同じ。


「自然な話だろ、一人目に入ってきた人間が偶々いつも発見するだけだ。」


「ええ、ですがおかしいんです」


「何がだよ、はっきり教えてくれ。」


九人目の被害者が出た控え室で演者は稽古に明け暮れ演技を極めていたという、遺体をその辺へ放って気にも留めずに軽く処理していた。


「団員が死んでいるその横で、平然と稽古なんてプロでもしますかね?」


「確かに..駆けつけたときに既に身体は硬直していた。随分時間は経っているのに遺体はそのままだった。」


「おかしいですねぇ〜、団結だの絆だのはやはり信用ありません」

メッキで塗られた集団はキノコの毒によりさらに原型を崩していく。


「謎は解けそうか?」


「..ある程度は、しかしまだアイテムが足りません。もう少し探します、なので刑事さんは出て行って下さい。」


「なんでだよ⁉︎

またお決まりの『役にたたないので』ってやつかよ、聞き飽きたぜ。」


「...判っているなら早くして下さい」


「可愛く無い奴だ...!」「ええ。」

行き場を無くした野良警官は、一人立ち見で劇を鑑賞する事にした。


「私は執事のアトラスです、トリッキーなツノが生えてるでしょ?」


「...お、このキャラクター娘が好きそうだな。今度連れてくるか」

ここが事件現場だという事を早くも忘れ娘を誘う気でいる。でも一つだけわかっている、アトラスはかっこいい。


「執事には一人一人特色があって、森に居続けたお陰で虫や木のイメージが身体に染みついちゃったんだ。」


「...あ、そうなんだ」


「そうそう、特にハニーシロップちゃんなんかはハチミツが好きすぎて知らぬ間に自分自身がハチミツに...」


「あのさ。」「ん、何?」


「私黙っててって言ったよね?

耳障りなのよさっきから。わかる⁉︎」


「...すいません。」

 漸くマニアが頭を下げた。彼らのこれは謝罪では無く落胆の構え。好きである物が伝わらず、同士を増やせなかった無念と屈辱。彼らは全員プライドで頭を支えている。


「折れれば崩れるか...普通に。」


その後は静かに鑑賞が出来たが、身終えた感想としては難しいという感情が強かった。内容云々では無く何か凄く『つくられたもの』という印象が強い。演劇に慣れていないだけなのか?


「何かおかしい」ただそう思った。

それが的中したように、観客のいなくなった会場にスポットライトが当たる


「そのまま、動かないで下さい。」


「え?」

幕の閉じた内側でもわかる、光の下で聞き慣れた声が演者を引き留めている


「バリーちゃん?」

観客が席を立つのを見計らっていたのか、絶妙に演者を帰さない。


「ふぅ..お前は知り合いだったよな?

だったら〝誘導〟はいらないよな」


「あなたいつかの..ダメ警官!」


「名前で覚えろ名前でっ!

それより舞台の中行くぞ、これから第二幕の始まりだ。」


原因はこれだった、指示が根回しか刑事が警官を呼びつけ半ば強制的に客の余韻を削いだのだ。酷な事をする。しかしその酷な元凶は幕の内側、謎解き趣味のアイツの仕業に違いない。


「バリーちゃん?」


「おや、まだいたんですか。」


「何で忘れてんのよ」


「覚えている上で言っていますよ。」


「悪質..あいつ悪質っ...!」


「いいから本題進むぞ。」「悪質!」

憎まれ口のようで通常運行のこのやり取りも事件の話には邪魔になる。またされた演者達はひょうきんな格好で少しイライラを募らせてそれを見ている


「皆さんお疲れ様です。

もう少しだけお付き合い下さい、一人での貴重な時間で随分と解った事があるのでお伝えしたいと思いまして。」


「犯人がわかったのか?」


「一体誰がこんな悲劇を。」


「常人すらも演じていた人がいるのね

いくら虚構とはいえ、許せないわ」


「好き勝手に話さないで頂けますか?

人数が多いので至極面倒です。」


「アイツってはっきり物言うよな..」


「デリカシーが皆無なのよ。」


自分中心で世界を回す主人公にとって人の都合などおかまいなし。そのかわり大それた派手な事柄を望んでないので、鼻につく事はしない。


「彼の雪辱を晴らしてくれ」


「死を無駄にしない為にも、絶対犯人を捕まえて。それが彼への報い。」


「彼だけじゃない、犠牲になった皆の命。残された人たちだって」


「俺は誓うよ、彼の分まで笑うって」


「すごくカレーが食べたい。」


「貴方がたの気持ちはよくわかりました、後は僕に任せて下さい。」


「熱いなあいつら」「四人目までね」

5人の執事の心のうちをしっかりと受け取り宣言する、この謎を解くと。


「さぁ

魔王を倒しに向かいましょう」

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