15話 虚構の偶像

「本日より通常運行です。」


 テロから数ヶ月、いまだ完全な復旧はままならないが謎の増えてきた昨今珍しく探偵に〝依頼〟という形で仕事が舞い込んで来た。


「やったじゃないバリーちゃん!

仕事のオファーなんてさ、それもこんなに大きなホール会場での事件だよ」


「言う程よくありませんよ、しっかりと演劇のチケットを買わされましたしそもそも目立ちたくありませんしね。..でまた付いてきたんですね。」

もはやバーターと化した魔女っ子も杖は腰を掛ける実用品に変化している。


「いいじゃない、見たいんだもん」


「..団子狙いですか。

どうぞ、僕演劇苦手なので」「やた!」


『きのこ姫と26人の執事』

激しい駄作臭のする作品だがそれ以前に雰囲気が受け付けない。演出上仕方ないのはわかっているが、大きくみせる演技やクセのある声。悲劇が起こると何故か踊り出すし、稽古やトレーニングなど完全な根性精神論でやっている筈の役者が告知やインタビューを感性ある言葉で表現したがる。


「面倒なんです。

〝面白いので見てください〟と言えばいいんですよ、根性論に繊細な感性など元より無いのですから」


「...もの凄い怒ってるじゃん。」


「賑やかな人が苦手なだけですよ?」


ホール会場はいわずもがな広く、客席は既に満員に近かった。ここで二手に別れ、バイラルは観客として予約した八列ある席の三列目の真ん中という丁度良い決して控えめとは言えない席へと座り、探偵は演者の待つ控え室へ。


「楽しみね〜キノ姫!」

出会って数秒で名前を略す気の軽さ、バーターでありミーハーでもある様だ


「君もキノ姫ファンかい?

ま、正式にはキノ執だけどね」


「うおぉ..隣の席にガチ勢がいた。」


「そもそもキノ執っていうのは...」


「まずいわね、こうなったら止まらないわよ。言う程なのに」

耐え抜く為に暫くの演技が必要だ。


「次回作のチクワ御前は..」


「チクワ御前!?

何それ、ちょっと気になる...。」


劇団控え室

 公演を控えた演者達がこれでもかと気合いを入れて身体を休めている控え室では、既に険悪な事柄が堂々と隠れる事も無く発生していた。


「ふむ..亡くなっていますね。」


「まただ、これで何人目だよ!?」


「またと言いますと、何度か起きているのですか、これと同じ事が?」


「だからアンタを呼んだんだ。意味がわからねぇから、探偵なんだろ?」


「そうですか..連続殺人。」

外傷は殆ど無し、僅かに首筋に何かを通した小さな穴が開いている。恐らくこれが死の原因だろう。


「控え室であれば皆さんが出入りするので鍵は開けっぱなし、密室では無さそうだ。凶器となりそうなものは演劇に使う小道具程度ですが首の傷と形状が合いそうなものは置いてませんね」


「探偵さん、ちゃんと解決すんのかよこれ以上死者が出たらもう公演なんて絶対出来ねぇぞ!」


「..欠員が出ても公演を続けるのですか、脚本はどうするんです?」


「私がその度書き直してる」

返事をしたのは監督兼脚本家を務めるミスラ・テンジー。彼が演者の数が減る事に物語を縮小し改変させている。


「手間の掛かる作業ですね」


「ええ、まぁ。だけどお客さんはチケットを買ってくれてるし、演者もこうして集まってくれている。どうにか形にしないと、多くの人に失礼だろ?」


「僕は〝買わされ〟ましたけどね」

誰しもが本意という訳でも無さそうだがチケットは売れている。ならば取り止めというのは様々な意に反する。


「亡くなられたこの方はどんな役柄でご出演されているんでしょうか?」


「賑やかな農夫だ、余り物語に関わらない。いわばチョイ役だな」


「脇役を狙った殺害であれば恨みや妬みとは考えにくいですね..。」

賑やかな農夫を取り合う役者がいる訳無いと、憶測ではあるが比較的動機として多い感情的な犯行の可能性を消しておく。何か別の目的があるのだ。


「一体これからどれ程の人が犠牲になるのかしら、演劇は皆で作るものだというのに。」


「貴方はヒロインですか?」


「..ええ、奇跡的にきのこ姫という大役を。歴史ある作品なので、どうしても成功させたくて」


「歴史ある、ですか。余り聞いた事ありませんが有名なんですね」


「続編も決まっているんですよ?

『チクワ御前』、まぁ今となってはこれも公演出来るかどうか..。」


「チクワ御前!?

...中々興味をそそられますね。」

チクワ以前にキノコが毒を持ち始めている。早急に事件を解決せねば、ちくわにまで被害が及んでしまう。


「解決を急ぎましょう、とはいってもメインは謎解きですが..横に人がいないと面倒ですね、一人ずつ話を聞きましょう。控え室を出ないで下さい」


キャストは以下の通り。

ヒロインきのこ姫役 エイリン・ミー

王子ドナーベ役 ボリショイ・ケリー

ペットのシイタ犬役 カンミタケル 

その他26人の執事達は多くの犠牲を伴った為5人の役者が演じ回している。


「ペイランです」


「エミリーローです」


「ケントディリスショッケスです」


「ミロクトルマーシャルです」


「エンドウです。」


「自己紹介有難う、感謝します」


そして監督脚本のミスラテンジー。以上のメンバーで現在の舞台を担っている。加えて亡くなった賑やかな農夫役はアイズ・マリ、笑顔の素敵な農夫にぴったりの役者だったそうだ。


「亡くなられた方との面識は?」


「..僕やエイリンさんは同じシーンも無かったし、余り話す事も無かったかな。僕メインの役だったから」


「そうね、挨拶する事はあってもパーソナルな事はそんなに、ねぇ..。だって私ほら、メインの役でしょ?」

鼻に付く物言いだが嘘は付いていないメインと脇役では接点は薄いだろう。


「貴方は?」


「僕は犬の役ですからね、部屋から殆ど出ないのでメインのお二人以外とは余り話をしないんですよね。」


「スカした犬ですね..」


「何か言いました?」「いえ、何も」

やはりメインどころは接点が無し。皆で作り上げるものとは誰が言ったのか


「貴方がたは如何です?」


「とてもいい役者でした。」


「彼が死ぬなんてあり得ないわ。」


「あれ程表現豊かな人はいないよ。」


「僕は彼を尊敬してた。」


「彼の死を、無駄にはしないよ..。」


「有難う御座います

とても参考になりました。」

名誉ある死などあり得ない、死すれば皆平等に無に帰る。そう痛感した。


「本日の脚本はありますか?」


「..ああ、急遽書き換えて必死に稽古も仕上げた。遺体に関しては警察を呼んだんだが、なかなか来なくてな」


「その点は仕方ありません。

世界で一番信用できない男の管轄ですから、期待するだけ損ですよ。」


「そうなのか..」

「ではそろそろ公演に向かって下さい

お客様が待ってますよ?」


「え、でも事件は..」


「調べておきますのでご安心下さい。ここにいて頂いても邪魔なので」

強行に次ぐ強行での突破は既に入り口を打ち壊している。それでも来ない街の警察はやはり信用に値しない。


「...わかった、皆行こう!」


「いいのかよ監督..?」


「気持ちはわかるが、お客さんを待たせる事は出来ない。アイツの為にも公演を成功させよう、な?」

月日を掛けた労力を形にする事が、犠牲になった団員と華向けとなる。


「...早くいってくれませんかね?

そういう事を舞台上で表現して下さい内輪の話は苦手なので」


単独行動を好む探偵にとって団結や絆は組織の証、『仲間教の信者』の通行証としか眼に映らない。


「さて、久々ですね

随分とお預けをくらっていましたから漸くですね。クエストを開始します」


小規模の冒険の再開だ。

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