13話 魔法遣い

 戦争というのは、理念の不一致によって起こる不条理な暴動であるが、前触れを待たないそれは絶望や悲劇といった感情にすら触れる事なく人や物事を消し去る悪意になりかねない。


「なんなんだ、これは...!?」


「先輩ヤバいですって、こんなの異常事態っすよ!」


「見ればわかる..っても確かに酷過ぎるな、人々がまるで理性が無い」

猿山から降りてきた猿の集団のように街を襲っては火球や雷が飛び交う、子供の落書きのような光景が拡がる。


「例のアイツらの仕業か?」


「探偵さんの言ってたっていうおかしなヤツらっスね、水族館にいたっていう、雷と炎を使う二人組!」


「丁寧に説明し過ぎだ、取締るぞ!」


「はい、って何処をどうやってスか」

手探りでは余りにも規模が広過ぎる、かといっての野放しにも出来ない。


「食らえフレイム!」「うおっ!」

突然男が炎の球を発射する、間一髪避ける事は出来たが平然と魔術が飛び交う環境で冷静な対処など無理がある。


「避けやがったな!?

てめぇ、もう一発くらえぃ!」


「またかよ!」「ひぃ!」


「そうれ!」「ばぁ..!」「何?」

火球は水によって断ち消え、男はずぶ濡れでそこへ延びている。


「ふぅ。」


「あの杖..お前探偵の!」


「探偵の何?

私は魔術講師だけど、アホの刑事。」

横から入り助力を施したのは杖の魔女バイラル。刑務所を後にし数分後街へ出ればこの有様だ、必死に暴徒を掻き分け平常者を探しまわった先に、襲われ騒ぎ立てていた男達を見つけた。


「先輩誰スかこの人!

なんかデッカい棒持ってますよ!」


「杖よ杖、あなたこそ誰よ」


「気にしないでやってくれ、これでも部下だ。..見たままの奴だが」


「魔力は使える?」


「残念ながら、俺たちは..だが魔法班がいる。そいつらなら使用可能だ」


「そう、なら地域別にエレメントの傾向を見て有利は魔術師を配置して、魔力は馴染むとより強固になる。早めの方が絶対にいい」


「..お前、賢いな。」「入れ知恵よ」


「わかった。直ぐに署に連絡する。」

侵攻は既に深く刺さり始めている、今ですら遅れているが放っておけば直ぐに全てを崩される。


「私はこの辺をどうにかするわ、魔力を持たない人たちは一般の人を保護して、これは入れ知恵じゃないわ!」


「……。」「何よ、後輩くん?」


「かわいい..!」


「はぁ⁉︎...ちょっと、そんな事..。」


「何照れてんだ?」


「..うるさい、言われ慣れてないのよ

ていうか早く動きなさいってば。」


「いや、俺も戦う。」


「は!?

魔力も無いのに何いってんのよ!」


「そんなものはどうとでもなる。

エイジ、お前は人々を安全な場所へ」


「はい!

僕は戦うのなんてゴメンなんで!」


元々警察訓練には魔術の鍛錬もあるのだが、ハーパーはそれを専攻せず独自で身体のみを鍛え続けた。魔法など軟派だとか、色気付いているなどと古い考えではなく一定の理解も含んだ上だが、彼が目指したのは刑事であり魔術師では無い。泥臭く、他に大事なものがあるのではと別の道筋から貫き考えた結果である。


「心配するな、人を殺めたりはしないそもそも訓練では殺法は習わんからなといっても殆どは、独学だがな!」

エレメントの放出弾をするりと交わし護身術を用いてオトしていく。


「バリーちゃんが言っていたけど、あれは本気の脳筋ね。ま、頼りにはなる感じはするけど」


「そういえば、探偵はどこだ?」


「ん、あぁ...あの子は今ね、友達の家に遊びに行ってるわ。」


「友達?

アイツにいたのかそんなもの」


「最近できたのよ、都合の良いのが」


泥棒は、鍵開けやピッキング。それら防犯的な知識に詳しく賢く頭を使う。

しかしそれも昔の話、最近のセキュリティといえば、専らこれだ。


「16ケタのパスワード..やはり一筋縄では覗かせてくれませんね。」

間抜けの殻となった研究室のパソコンを開き、ぶつぶつと独り言をいう。


「研究室の場所を教えて頂いのは有り難いですが、肝心な事を書き忘れました。情報を得る際行き詰まる大概のポイントが、このパスワードだというのに。しくじりましたね」

貴重な研究資料やデータを緩やかにする筈もなく、しっかりと数字で固定ロックを掛けてある。


「学生じゃああるまいし、己の誕生日の日付は訳はありませんしね。だったとしても知りませんし。」

難解に見えて、こういった数字の序列は本人に覚え易く設定されている事もあり規則性や趣向を汲めば、解けないという程難しい問題でも無いというパターンも存在する。


「ここからはなぞなぞですね、情報が極端に少ないのであればその乏しい知識でどうにか見出すしかありません。例えば彼が大事にしていた者はどうでしょう。友人?家族?」


科学者が一番大事にしている者、成果や発見、何かの結論だろうか。


「..いや、違います。」

彼が最も大事にしていた者、犠牲を払ってまで、消し去り拭おうとしていたとある小さな愚直な情報。


「...よし、開いた。」

誰よりも自らに愛をもたらした者の、産まれた瞬間の数字..。


「データファイルは何処ですかね..」

魔法が蔓延る世といえど、データを管理するのは電子機器の役目。情報を管理する魔法は規律や区分が多い為殆どが煩わしく感じて使わないのだ。


「...おや、フリーズですか?」

画面が固まり動かない。マウスを動かそうと微動だにしない四角い画面は徐々に本体を振動させ始めた。


「..やれやれどうしたものか、古ぼけた機械は困りものですね。」


「だったらいっそ壊しちまうか!」


「え?」「スイッチオーン!」

パソコンは跡形も無く弾け、破片と爆風を噴き上げる。巻き込まれた探偵は腕で受け身をとってみせたがやむなく被害を被り傷を負う。


「少し軽かったか?

どうよ、水爆弾だ。機械に仕込んだ」


「....既にデータは破壊済み、という訳ですか..仕事が早いですね。」


「褒めてくれんのか、冷静じゃんよ!

そういうの..大っキライだね!!」

 ゴムボールような小さい球の袋に収めた水を床に寝る探偵に放り投げる。球は弾け中の水を拡散し、覆い被さるように身体にかかる。


「これも爆発するんですか?」


「さぁどうだかな、確かめてみな!」

青白く放たれる光は言わずもがな正解を表している。


「かっ..」「くたばんな優男!」

生成される水爆弾は仕込んだ対象のみを起爆する。よって周囲の被害は少なく、小回りの効く爆弾として使える。


「ヒャーハハハー!

見ろよ、影すら見えねぇぜ!

ここまで粉々なら骨も拾えねぇな!」


「まったくですね」「...あ?」

粉微塵の身体が嘘のように整えられた完品の身体が部屋の奥から姿を現す。


「それよりお聞きしたいのですが、貴方のお仲間はそうして粗暴な振る舞いをする連中ばかりなのですか?」


「てめぇ何で生きてんだよ!」


「質問をしているのは僕なのですが」

両者答えず質問を返す。


➖➖➖➖➖➖

 

 「ハーパー、これでいいのか?」


「ああ、感謝するザクロ。」

 警視庁魔法技術課専攻班班長ザクロ

指示通りエレメント部隊を編成し、各所街の至る所に一斉配置を完了する。


「誰の知恵かは知らんが良い判断だ、此処は任せて部下の補助をしてやれ」


「何をいってる?

俺も戦うぞ、だからここにいる」


「わからないのか、私が腕を構えてるんだ。だとすれば此処は主戦場。木を燃やすのは私の役目だ、早く行け」

この現場は木のエレメントが多く蔓延る。火のエレメントを持つザクロには力を発揮できる格好の場所。


「..お言葉に甘えちゃえば?」


「……やむを得ん、このは任せた。

いくぞ、杖の魔術師!」


「私も行くの、嘘でしょ!?」

このエリアに隊はいない。たった一人のザクロだが、然程問題は無い。


「バレット・シード!」


「む、来たか。安心しろ、一瞬だ。

ボルカニ・ナックル!」

拳に溜めた炎のエネルギーを一気に放出する。エレメントを直接刺激する事で身体の機能を停止させる。


「気にするな加減した、といっても心臓に衝撃を与えてる。違和感くらいは我慢してくれ。」


エレメントの種類によって魔法班を四つに分けた。基本的には有利になるよう戦うが、大幅に逸れ、別のエレメントと合流する可能性がある。


「他の隊は平気であろうか?」

連絡は全てを整えた後で、改めて。


水族館入り口


「欠員無し、異常ありません!」


「よし、それじゃいくわよ。」

水の部隊 隊長マルミ

全体的な水のエレメントの指揮を取り統括する。火のエリアを攻める部隊。


「あの、ちょっといいかな?」


「何ミロク姉さん」


「何で私まで隊に所属しているのかな

それもここ水族館だよね、敵いる?」


「いないよ、だからこれから向かうんだってば。此処は集合場所!」


「なんだってそんな手間のかかる事」

外にかり出ると聞いた時点で警戒はしていたが、まさかここまでマイペースだとは。姉の性質と比べたら随分と自由で規律に疎い。本来ならば姉妹の職業は逆の筈だがそれがまた不思議だ。


「ならここには誰が来るの?」


「雷のぶたいだよ、私余り好きじゃないから名前とか知らないけど!」


「その人たちは信用できるの?」

「できると思うよ!

万一姉さんが泣くような事があったらブチ殺すから安心して?」


「...うん、有り難いけど超怖い。」


国や平和も大事だが最も重きを置くのは姉の大事。その愛は深く狂気的で警官になった理由も『権力と腕力を持てば姉に危害を加える者の息の根を止められるから』という自我と感情をふんだんに考慮したものになっている。


「早く終わらせよ!

早く家に帰ってさ、ケーキ食べながら犬を撫でようよ。一緒にさ!」


「趣味は女の子なんだけどなぁ..。」


「え、何?

..うんうん、ヤッバいねそれ。」


「何かあったの?」


「西側の方がもう既に火だるまになってるって、直ぐに行かないと大変な事になるんだってさ。」


「だから現地にした方がいいって言ったじゃん、迷惑かかってるよ?」


「ホントだね、ごめん。」


「んまぁ...わかれば、いいけどね」


「姉さん..」「はやくいけ」「はい」

姉の一言は鶴より高く心に刺さる。誰しもが『あ〜お姉ちゃん欲しかった』と思い始める事だろう。


『水の部隊準備完了でーす!』


「わかった。」『はーい』

通信機器は引き続き経過を伝える。


「我々も直ぐ向かうぞ、ザクロさんに現場を任せていただいた。火の部隊は何の為にある?」


「人々の平和とザクロ様の魂!」


「その通りだ、最早エレメントなど関係ない。脅威と思えば立ち向かえ!」


「分かりました、エビス隊長!」

 軍隊のような堅苦しい振る舞いに熱苦しく古臭い感性で高らかと声を上げるのはエビス率いる火の部隊。日頃から班長であるザクロに心酔しており、彼の命令を絶対とする。火のエレメントを携え産まれた瞬間から、彼に仕えるのが生きる意味だと全員信じている。


「ベル・ファイア!」


「ふっ..!

来たか、お前も炎使いか。だが緩い、ザクロさんに仕えるならば、業火の如し熱を滾らせ立ち向かう事を知れ!」

腰に携えた日本刀を引き抜き、刃に炎を潜らせる。紅く照らされた刀身は鍛治に打たれたように血走っている。


炎剣えんつるぎ・焔!」

断ち切られた傷痕は燃え上がり消える事の無い火を灯す。


「街人とてよこしまは容赦せん」


火の部隊は、罪を憎んで人を憎まずを真っ向から否定する。罪の根源は人であり、悪の情報を流しているのもまた人。それらは根本から、人の形を正す必要性がある。そういった理念だ。


「犠牲は正義への布石、正しく世界を整えるには、取捨選択が必要だ」

犠牲無くして正義は成り立たない、そう言いたげだ。


「助けてー!」「む、人の声!」

伝って駆けつけると魔力を得たであろう男が、子供に近付き迫っている。


「待っていろ童人、直ぐに助ける」

刀に熱を滾らせきっさきを向ける。


「覚悟しろ悪人よ、炎剣・一閃!」


「待て!」「むっ?」

横槍の如く刀を止めんと声が挟まる。それは確実に粛清を邪魔する、否定的な口調の一言。


「その子を非難させてくれ」「はい」


「ぶおぉー!」「邪魔だ!」

理性なき男は標的を失い意識すら失う。


「悪いな、暫く寝ててくれ。」


「貴様..何奴⁉︎」


「そんな事よりお前、さっき平気でこの男を殺そうとしたよな。」


「ああ。」「それはなんでだ?」


「正義の為だ、邪な悪は滅びなければならない。一人残らずだ」


「こいつが悪だ?

冗談だろ、彼はまだ何もしてないぞ」


「何が言いたい?」


「言葉のままだ、確かに俺は殴ったがそれは俺を襲ってきたから。だが殺しはしない、それは悪人のする事だ」


「..某が悪人だと?」


「ああそうだ、正義などというものは掲げた時点で悪なのだよ、若造!」

平和というものは犠牲も被害も生まれない環境の事を言う。人を殺めるのが正義なら、憎しみは優しさだろうか。


「...ダメだ、わからん。

とにかく刀をしまえ、お前ザクロの手下だろ。だったら人を避難させろ。」


「ザクロさんを呼び捨てに?

貴様何者だ、今すぐ名を名乗れ!」


「警視庁捜査一課刑事

ハーパー・オルケディウス。」

まさか同じ警察に手帳を開く事になるとは、正義以前の問題である。


「捜査一課...!貴様、刑事か!?」

「他に何に見えるんだよ。この服、前のめりの雰囲気、刑事ダダ漏れだろ」

刑事連想クイズであれば日本刀、火のエレメントより先にくる特徴だ。


「そうか、刑事か..」


「そうだよ。わかったのなら人々の保護を手伝ってくれないか、エリアが広いからな。目が届く範囲でいいから」


「解せぬ」「なに?」

奥歯を噛みしめ少し揺れながら、怒り剥き出しにハーパーを睨み付け呟く。


「一刑事でありながら、何故ザクロさんに従わない?

彼の正しさに何故気付かない!?」


「また厄介な連中を飼っているなぁ」


「成敗!」「嘘だろ?」

本日は以外な事ばかりが起きる。身内の脅威が形となって、向かってくるとも思わない。正義など信じられない。


「目を覚ませって!」


「とうに目は覚めている、だからこうしてお前に剣を突き立てているのだ」


「ダメだコイツ..話にならん。」


「覚悟!」「だからゴメンだって!」


➖➖➖➖➖➖➖


 「皆が動き始めたか..。」

 傍観者は何も言わず、静かに見守る瞳は二つ、世界のエレメントより二倍も少ない視界で見える景色は果たして健在なのか?


「放っておけば、やがて収束するだろう。人の力は偉大なものだ、それは確実に脅威を鎮める。」


息をしている人間は強い、強者と己を崇めた人間は徐々に呼吸の回数が少なくなる。大いに過信をするからだ。


「その結果失敗として身を拘束されたのが、お前達犯罪者だ。」


「...それは私に言っているのか?」


「他に誰がいるキュレフ、科学で名高いお前がいまやそれ程小さな牢獄にいる。情け無い話だろう。」

身振り手振りを大きく拡げ、煽るように老人は語る。


「だったらなんだ」


「何、聞いてなかったのか?

息をしろと言っている、呼吸をすれば直ぐに実力が蘇る。」


「...アオイ、以前からお前の行動は読めなかったが今回はよりわからん。一体何をたくらんでる?」


「おれは昔と一緒だぜ、ただの魔法使いだ。使うのは魔法じゃなくてそのまんま〝魔法使い〟だけどな!」

呼吸を止めた牢獄の扉が開く。


「さぁ行けぇ...実力者共..。」

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