8話 知識の倉庫

 人の能力には限界があり、足りない部分は他で補うべきものだが、力を蓄えている最中の姿というのは余り人に見せびらかすようなものでは無い。


「昆虫昆虫..カブトムシでいいか」


職業により制服は異なるが、それを脱いでしまえば変わらず人になる。凄惨な事件を追う刑事もまた同じである。


「何処にあるんだ昆虫の本は?

ったく図書館というものは手間が掛かって仕方がないな。」


探し物に慣れていない者はまず探してくれる人間を探す。一旦本棚から目を離して周囲の人々に目を向けると、やはり目立った際立つ人間が瞳の中へ飛び込んでくる。


「あれ、あいつ...」


そしてこういった人間は

〝図書館では静かに〟という言葉の意味を深く受け取らず、そのままの意味でのみ捉えて納得しがちだ。


「おーい!」

隅の方、静かに本を開く男に手を振り声を掛ける。警官が取る行動とは思えないが、彼は今制服を脱いでいる。


「お前あのときの探偵だよな?」


「……。」


「聞こえてないのか?

俺だ、刑事のハーパーだ。判るか?」


「......」


「やっぱり聞こえてないのか。」


「聞いた上でこの様子なんです、無視されている事に気づきませんか?」


「何故無視をするのだ。俺は用があって呼んでいるのに」


「……。」「無視か」「正解です。」

 静寂の代名詞たる環境で叫ぶ男を見つければ大概は無視をする。誰しも面倒な用は預かりたくないものだ。


「いつもここで知識を付けてるのか」


「そういう貴方は、何の御用です?」


「いやな、娘が遊び相手が欲しいというものだから、昆虫なんてどうかと思い調べにきたのだ。ほら、好きだろ子供ってカブトムシが」


「常軌を逸していますね。」


「そうか?」「無自覚ですか。」

ソースや醤油で迷うところ

この男は「目玉焼きに何をかける?」と問いかければ、平然とした顔で「チャーハン」と答えるだろう。


「いつもこうして来てるのか、魔術の勉強なら、専門家に聞いた方が早いだろ。本なんか読まなくても」


「専門家の知り合いはいるにはいますが限定されていますからね、他の魔術は本から得る他ありませんよ。」


「真面目なのだな。」


「貴方は知識を付けないのですか?」


「俺は昔から体力一本でやってきたからな、情報は自分で得てるんだ。」


「根拠の無い根性論ですか、そうして得られるのは疲労だけですよ」


「そんな事は無い、今もこうして昆虫の知識を得ようとしている。」


「情報元合ってるんですか、それ..」

刑事と営業は足で稼ぐ、その古いしきたりを無くすべく魔法が存在するというのに。バイラルが聞けば奇声を上げて逃げ出す事だろう。


「とにかく俺は娘の遊び相手を..」


「きゃあー!」「何だ⁉︎」

突如の悲鳴は確実に悲劇を表す。

どうやら見つかったのは娘ではなく、探偵の遊び相手のようだ。


「おばさんが、死んでる..!」

図書館の管理人であるマーガレットが血液を吐きながら息絶えている。


「離れろ!

...完全にやられてる、くそ!」

当然脈は無く、生気も見られない。


「警察に連絡を!」


「いりません」「お前何言ってる?」


「貴方一人で事は足ります。

..やれやれ困りましたね、こういった都合の良い展開は余り好きでは無いのですが。馴染みの方ですしね」


「都合が良いって

目の前で人が死んでるんだぞ?」


「そういった意味ではありませんよ。ただ、探偵がいる場所で意図せず事件が起こったら、不自然でしょう?」

謎解きは事件の起こる場所へ赴いて行う。これを流儀としている。後からついた事件であれば、探偵ですら犯人になりかねないからだ。


「俺は何をすればいい?」


「面倒な事は、全て貴方にお任せします。僕は解決にしか興味が無いので」

勝手な物言いだが、私服の警官に捜査の権利は余り無い。ただの一般市民だ


「タダ働きなんて何年ぶりだ?」


「..昆虫の本は二列目の本棚の上から三段目にあります。」


「...良い報酬を持ってるじゃないか」


「それでは、クエストを始めます。」

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