魔術師事件ファイル 後編
田舎町の料理といえば地魚やジビエ自然を加工した天然の幸が多いが、それらは慣れを感じなければ癖の強いものも多い。観光には最適の品である。
「..何コレ?」
「勾玉のお供盛りで御座います。」
「勾玉のお供え?」「はい。」
近くの川で獲れる〝ゲキボッタラ〟のエレメントを加工してファイタル液に漬けたものに、ミネルヴァの羽天を添えた高貴の一品。
「知ってる食材が一つもないけど」
「当旅館の最高品です。」
「めちゃめちゃ舌が肥えそうね、元の世界に戻れるかな〜..。」
「これが本日最後のミネルヴァの羽で御座います。天ぷらで仕上げました」
「ミネルヴァの羽って何⁉︎
天ぷらで合ってるの、本当に」
「ミネルヴァの羽はやっぱ天ぷらよ」
「知ってるのミネルヴァの羽!?」
「ミネ天です。」「略さないで‼︎」
こうしている間にも、地球では多くの人が飢餓に苦しみ嘆いています。
「町の畑で採れますよ、お土産になんて丁度良いかもしれませんね。」
「母さん喜ぶかな..」
「喜ぶわよ、ミネルヴァの羽なら」
「そんなご存知みたいに言われても」
他に行くあても無く温泉と食事を除けば収穫にいく他ないだろう。畑では、ご存知ミネルヴァの羽やサエバトロンの尾角が収穫できる。
「ありがとうね〜力貸してくれて」
「いえ、中々こういう経験できないので楽しかったですよ?」
「..素直だね、あんた。」「そう?」
顔に土を付けながら不格好なつなぎ姿で麦わら帽子を傾ける。魔術師が杖をくわに持ち帰る日が来るとは。
「おばさん、お土産欲しいんだけど」
「いいよ。収穫のお礼だ、少し作物持っていきな、ミネルヴァの羽だよ。」
「有難う。
それもなんか聞き慣れたよ」
袋一杯のミネルヴァの羽を、快く受け取り礼を言った。
「あのおばあちゃんも作物作ってるのかな」
「おばあちゃんってあの道案内してくれた人の事?」
「ライムちゃんも知ってるんだ。」
「私も案内されたからな、旅館まで」
「あのおばあちゃんも畑を持ってるんですか?」
「...はて、誰の事かね。」
「道を案内してくれたおばあちゃんがいたんです、旅館までの道のりを」
「知らないねぇ..知ってるかい?」
「さぁ、わかりませんねぇ。」
白々しく躱している素振りでは無い。本当に知らない、そんな顔だ。
「変な町だな。居心地良いと思ってたけど、何かあるかもね」
「大袈裟じゃない?
人の事忘れる事くらいあるよ。」
「まぁヨボヨボだしね」
これ以上聞く事も無く、留まる理由も余り無いので適当に町を歩きながら空を眺めていると、水の湧く井戸の前に辿り着いた。
喉かな町の中の異質、他とは違う雰囲気を放っている。
「これで作物を育ててるのか、災いの種かもしれない水が町を護ってる。」
「あの噂まだ信じてるの?」
「おやおやお二人様方。
町は楽しんでくれていますかの?」
「あ、おばあちゃん!」
「世話になったね、昨日はさ。」
親切な道の案内人が再び姿を現した。顔には以前と変わらない笑顔が張り付いている。安心する顔だ。
「寝心地は如何でした?」
「旅館の布団の事言ってんの、別に普通の敷布団だよ。」
「泊まり心地の事でしょ?
凄く良い旅館だったよ、有難う。」
「そうでしたか、それは良かった」
「ま、変な噂を聞いたけどね。」
「こらライムちゃん」「噂?」
「水の化身が災いをもたらすとか、子供じみた作り話みたいなもんだけど」
「そうですか...」
「そうなの、笑っちゃうでしょ?
女将さんが楽しませようって話してくれた作り話なの、面白いよね。」
「作り話では..ありませんよ?」
「え?」
老婆の様子が一変する。穏やかにゆったりであった口調が鋭く太い、色で言うならドス黒く、それでいて暗い。
「まったく、これだから余所者は...。古い時代に巻き込まれんだ..!」
「嘘!?」「なんだよ..これ。」
老婆は声色だけで無く姿形を変容し、
勇ましい男の姿に成り代わる。というよりはおそらく、元に戻ったのだろう
「伝説は語り継がれて蘇る。
覚えている者がいれば俺はいつでもこの町に降り立つのさ!」
「あんたがリバイアサン?」
「結構やかましい人だったんだね。」
「否、俺は英雄ムサシ!
湯を掘り当てた張本人だ。..しかし、リバイアサンの申し子でもある...‼︎」
道路に掌を合わせた
町は地殻変動するかのように大幅に揺れ、井戸から湧いた水は噴き上がり傘のようにして町の頭上を大きく覆った。
「お前、何するつもりだよ!?」
「アハハハハ!
恵みを与えたのが俺なら、滅びをもたらすのをまた俺よ!」
「リバイアサンてもしかして大洪水⁉︎
まずい、この高波じゃどうしたって丸呑みにされるよ。」
神の反逆、町を支える水が脅威となり残さず呑み込み喰らい尽くす。当然逃げ場などなく、救いは見られない。
「どうすんだよコレ、潰れるぞ!」
「ライムちゃん、旅館に急いで。」
「旅館!?
そんなとこ行ってどうすんだよ、温泉にでも浸かれっていうのか!」
「女将さんなら何かわかるかも、湧水の事を教えてくれたのはあの人だし」
「あんたはどうするんだ?」
「私はここで、時間を稼ぐ..!」
杖を振り回し空に掲げる。
「雷系特別出力..メガライトニング!」
大を超えた特大の雷撃が、水の傘を支えるように拡がり放たれる。
「早く旅館へ、急いで!」「ったく」
騒然とする町の住人達、畑を耕養ういた者は一目散に部屋へ戻り、野性の獣達は怯えながら木陰に隠れている。
「どうなってんのさ..!
あたしは緩やかな余暇を楽しんでただけなのに、結局不幸は不幸かよ。」
「訪れてしまいましたか。
..申し訳御座いません、私がお客様方にお話しをしたばっかりに。」
押し寄せる波
それを必死に抑え付ける雷の網。本来相性は良い筈だが、伝説となればワケが違う。
「ハッハッハ!
潰れろ余所者のアリよ!」
「..もう、とんっだ問題児だわ。」
雷乱れ水を覆い隠す、その内に片方は旅館へ駆ける。押し潰すリバイアサン俄然耐える雷の網、物の無い田舎の道は走り易く、ここに来て不便が味方した。息を切らして漸く辿り着いた旅館の入り口で曲げた腰を摩り顔を見上げると、そこには既に女将の姿が。
「女将さん...!」
「お湯処にいらっしゃい。事情は、言わずもがな承知済みですから。」
天然の湯の元へ誘われ、中に入るよう指示をされる。中心に立ち、祈りを捧げよと。
「こんな事して何になる!?」
「神を呼ぶのです。」
「何言ってんだよ、その神が今町をめちゃくちゃにしようとしてるんだぞ」
「..あれは偽りの神、湯を掘り起こした事で目覚めた余所者です。」
「なんだって?」
かつてこの町には、護り神がいるとされていた。しかしそれは語り継がれる事は無く人々に忘れ去られた事で姿を消してしまった
「しかし私は覚えています。
この町の神〝
赤い翼の大いなる神が、町を見下ろし光を捧げた。それにより町は公害を避け雨に降られない代わりに長寿と安らぎを与えられていた。
「そんな折あの男が現れて、町に雨を降らそうと。」
伝説と謳う男は正義を振りかざし神の護る土地に平然と穴を開けた。邪な水のけだものを住まわせる為の巣穴を。
「どうしたらいい!
どうすればそのカミサマを呼び出して
水を止める事ができる?」
「供物を与えないといけません。」
「供え物?
そんなもの持ってないよ..。」
リバイアサンの巣穴は水の湧く井戸の方であり旅館の温泉は鵬翼神の祠。女将のさつきが秘密裏に、観光地と銘打って余所者を集め災害を止められる人物を探す為に作ったものだ。
「あるではありませんか」「ん?」
湯に浸かるライム目掛けて何かを飛ばす。足下に落ちたそれは、いつか貰ったはち切れそうな丸い袋。
「..そうか、あった!
たっぷり受け取れ、ミネルヴァの羽!」
得体の知れない作物達が水に浮かび、積もり山をつくったとき変化が生じる
「湯が光ってる..気に入ったのか⁉︎」
『我を目覚めさせたのたお前か..』
「あんた、鵬翼神か?」『いかにも』
一面の光か一箇所に収束し、声だけが直接語り掛けてくる。
「お久し振りです、鵬翼神。」
『..さつきか。という事は、町は今、奴に呑まれかけているのだな?』
「左様です、力をお貸し下さい。」
『...いいだろう、若き娘よ感謝する。後は、某に総て任せて貰おう..‼︎』
翼を広げた鵬翼神は、大きな体躯を天へと延ばし災いを鎮めに向かう。
「今、お久し振りって言ったよね?」
「..ええ。」
「あんた、一体何者なんだよ。」
「...見た通り、ただの旅館の女将です
どう見えるかは、貴方次第だけど。」
➖➖➖➖➖
天候は、神が支配する。
一つ持つ心臓が、世界を町を、総てに影響を与え、豊にも邪にも変化させる
「神に呑まれろ、蟻の国よ!」
「ダッメ、もう限界..無理。」
『愚者がよく云うものだ、邪神め。』
原型を崩した雷をくぐりながら、自称の伝説を睨み見る。
「な、何〜!?」「目覚めたか太陽」
『元より眼は開いておる』
召喚獣以来の衝撃が視界に飛び込んだ
大波を操る男と翼を拡げた真の伝説が小さな町の空で争い合っている。
「あなた誰!?」『..町の神だ。』
「堕ちろ、太陽!
そして二度と目覚めるな!!」
『現代の術師よ、力を借りるぞ。』
「え?」
空に浮かぶ雷を尾で掠め取り、我が身に宿す。全身に輝きを浮かべ自らが水を受ける盾と化す事で護神となりて町から災いを取り払う
『鵬翼雷神..といったところか。』
「すごい...ライトニングドラゴンよ」
伝説は水の心臓を持つらしいが、神は太陽という事は火のエレメントだろうか。どちらにせよ今は関係無い、現代の神は
「何だソレは!何者だお前は!」
『聞いているぞ、新しい術師よ』
「教えてあげる。現代にはね、こわいこわい魔王ってのがいるのよ!」
「魔王...か、なるほどな..。」
雷の光は水を乾かし、空に噴き上げる青色を取り戻しした空には太陽が浮かび、元の朗らかな町並みを取り戻す。
「明るっ..。
綺麗なんだね、太陽って。..あれ?」
鵬翼神の姿は無かったが、何処にいるかは直ぐにわかった。
「ありがとね、神さま♪」
「はっ、もうムリ..。」
芯まで湯を吸い上げ萎びた身体は、遂に関節に限界をきたした。
「もしかして木の心臓をお持ち?
無理をなさらず、お上がり下さい。」
「...もしかして..ここにいなくてもなんとかなってた?」
「何故ずっとそこにいるのかと疑問に感じておりました。」
「はぁ..早く言ってよ...」
言葉を残し、気を失った。エレメントは刺激を限界まで受けると、修復の為に身体の機能を停止させる。
「必死に気を張っていたので言い出せませんでした。..しかし、心底良くやってくれました。有難う御座います」
女将が笑う事は少ないが、笑顔だけが喜びの表現だと思いたくないからだ
「だからといって
涙はおかしいですよね、鵬翼様。」
雨は止み、老婆の存在は完全に消え失せた。不思議と湧き水が止まっても、田や畑に支障は無さそうだ。
「お世話になりました。」「どうも」
「酷い目に合わせてしまいましたね。その上で恐縮ですが、お気が向いたらまたいらして下さいます?」
「……別にあんたが悪い訳じゃないしこの町は嫌いじゃないよ。」
「また来ますよ、何度でも!」
「そうですか..有難う。」
女将の顔はどこか寂しそうで、それが別れを惜しむ顔なのか、何かを憂う顔なのかはわからなかった。もしかすれば、喜びの表現なのかもしれない。
「結局みやげ買えなかったな〜。」
「あれ、さっきの袋は?」
「カミサマに持っていかれたよ」
「神様ってああいうの好きなんだ..」
「みたいよ。」
駅まで一緒に歩いたら、その先は真っ直ぐ家に帰った。旅先で偶然遭遇しても、友達になるとは限らないらしい。
〜次の日〜
「ミネルヴァの羽ですか
珍しいですね、頂きます。」
「え、知ってるの?」
「知っていますよ、天ぷらにすると美味しいんですよね。」
「やっぱそうなんだぁ..私知らなくってさ、分かってるフリしちゃったよ」
「嘘はいけませんよ。」「だよね..」
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