7話 魔術師事件ファイル 前編
何も無いところほど、意欲が掻き立てられるものだ。殺風景な部屋や喉かな街、集中を高めたいというときはそういった無給の場所を好む者も多い。
「気持ちい〜!
やっぱり田舎って自由だね、なんかこうスローライフって言うの?」
同時に、疲れを癒すべく無心で訪れる者もまた多い。
「今度こそバカンスするぞ、結局あのビーチくらげいて泳げなかったし。」
邪魔された挙句派手な島は合わないと判断し青空広がる田舎町へと一人足を運んだ大杖の魔女、名をバイラル。
「今日はバリーちゃんもいないし〜♪
自分で選んだ場所だから〜♪
楽しく過ごせるよ〜ね?」
海も無いデパートも無い小さな楽園だが、気の持ちよう一つでどうとでもなる。
彼女にとっては既にここは一端の大いなるリゾート地だ。
「あら旅のお方?
遠くからわざわざお越し頂いて、こんな何も無い街に。」
「いえいえ!
..元々物が有り過ぎて参ってたので」
「そうなの?
大変なのね、他所の人たちは。その杖魔法使いのかた?」
「はい、魔術講師ですけどね。」
普段人と話す機会が少ないからか良く弁が立つ、愛想が良いのは久し振りだ。
「泊まる場所はあるの?ご飯は?」
「いえ、それが何も当てが無くて..」
小さな場所は人海戦術がウリだ。余所者を毛嫌いする者もいるが親切に転がれば不自由はしない。あれよあれよと宿に飯、安定を手に入れる事が出来る。
「ここには小さいけど旅館があってね
天然の湧湯の温泉があって、一応は観光地としての顔もあるのよ。」
「へーそうなんだ、温泉かぁ〜♪」
「そこまではここからだと結構歩くんだけど、ごめんね。我慢して」
「大丈夫ですよ、私よりおばあちゃんが心配だな。歩ける?」
白髪の目立つおばあちゃんは笑顔で頷いた。優しい良心の顔だ。
「本当に何も無いんですね、道路の一歩道がずっと続いてる。偶に田んぼもあるけど、安心しますね」
「若いのに珍しい、余程嫌な事があったんですね。気の毒に」
「いえいえそんな!」
余暇を邪魔された腹いせで来たなど今更言える筈も無い。実質傷心旅行という意味合いで老婆に付いていく。
「あれ、これ何ですか?」
岩の井戸の様な空洞から水が溢れている。自然とあるものというよりは、誰かが掘り起こしたような。
「あれは湧水の穴ですよ、温泉に使っている自然の水を田んぼや畑にも流しているんです。お陰で町の作物は良く育つしとても美味しいですよ。」
温泉の水は町の恵みとなっている。それは実質、この地域の護り神と言っていい。
「魔法って本当に必要なのかな?」
小さい頃から魔力を持ち、魔術の才があった。特に苦労をする事も無く、講師になる程の腕になった。専門は杖で出来る事であり、得意も同じだが、それで何かを護った事は一度でもあっただろうか。
「……」
この町は、強い。物こそないが、人が田や畑を耕し、自力で生きている。共有しているのは水くらい。魔力の水では無く自然の湧き水、才能なんか必要ない、有るだけで豊かだ。
「どうかされました?」
「..いえ、行きましょう。」
そんな事を考えて歩いていると、気が付けば旅館に辿り着いていた。
「それじゃ、あとお願いしますね。」
「はい、ご苦労様です」
旅館の案内が終わると、おばあさんは軽くお辞儀をして来た道を歩いていく。
「おばあちゃん、ありがとね!」
「ゆっくりしていってね。」
立ち去る姿に大きく手を振った。
「親切な方ですよね、ユキさん」
「ええ、本当に助かった。」
「私はここの旅館の女将、さつきです
お部屋へご案内します。」
着物姿の品のある女性が、ゆるりとした口調で名を名乗る。
「余り客人が来ませんのでね、部屋が随分と少ないのですが。」
「武者の間..なんか怖っ!」
縦に並ぶ三つのふすまの奥の部屋、入口には「武者の間」の文字。
「バリーちゃん連れて来なくて良かった。絶対何か起きてたよ」
「思い人ですか?」
「いえいえ、疫病神です。」
「疫病神?
それは参られると困り物ですね。」
日常を事件現場に変える悪魔と旅館は余りにも相性が悪い、必ず死者を生む
「お食事は19時にお運びします。
それまでごゆっくりお待ち下さい」
晩食の時を伝え女将はふすまを閉めたここから完全に、余暇の時間が始まる
「お昼逃したか〜。
もうちょっと早く来れば良かったな」
田舎の代名詞現地食を一つ逃した事はかなり痛いが、それに代わる程の特典を知らない訳でも無い。
「温泉いっちゃおうかな♪」
律儀に部屋に風呂桶とタオルが用意されている。あからさまな〝入れ〟という意思表示に決まっている。
「湧き湯ちゃん、仲良くしよ〜...。」
「ホンット何にもないなここ。」
バイラルが部屋のふすまを開けた丁度そのタイミングで、隣の部屋のふすまが開く。中からは大きく高い女の声が響き渡る。
「あれ、あなた...」「ん、誰?」
初対面ではある。
しかし奴から話だけは聞いている。
「フォトン家の妹さん!」
「あんたもしかして、あの探偵の知り合いかなんかな訳?」
被害者の家族と同じ旅館になるとは、
つくづく邪魔の入る魔術師である。
➖➖➖➖➖
「かぽーん..。」
「口で言う人初めて見た」
水要らずとは誰が言ったのだろう。
湧いてさえいれば湯気と共に疲労など全て取り払われるというのに。
「何でこんなところに?」
「...殆ど同じ理由だと思うよ。」
「辛い事でもあったんだ」
「そりゃ、あんな事あればね。多少は心くらい痛むでしょ。」
敷居の高い家系に見られがちだったがフォント家は普通の家族としての振る舞いをしていた。裕福でなかったとは言えないがいたって普通、嫉妬や恨みなど無い筈の家だった。
「兄さんとは、仲はまぁまぁ良かったけど余り深く話す仲じゃなくてさ。モーリーがいれば満足なんだと思ってた。私はアイツ、そんなに好きじゃなかったけど」
「お兄さんの親友か。」
殺しの理由は単純な逆恨みだったようだ。出来の良い友人に嫉妬して、いなくなればいいと、犯行に及んだ。
「ここは刻が止まってるみたいだよね、少なく共あたしらの街よりはさ。」
「...うん、そうね。」
住めば都という言葉があるが、あれはおそらくどんな土地にも都と呼べる場所が存在するという事だろう。
「このお湯、誰が掘ったのかな?」
「さぁ、誰だろ。水の神様かもよ。」
「なんだよそれ、ある訳無いだろ」
「その通りです。」
「うわ..!」「女将さん?」
「お湯加減如何ですか。」
気配も無く現れた女将が、着物の袖をまくりつつ湯に腕をくぐらせ温度を測り問いかける。
「丁度いいですよ..」
「そう、良かった」「突然何さ?」
「何やら興味深いお話をされてたのでつい耳を傾けてしまいました。」
「話ってお湯の事?」
「女将さん、何か知ってるの?」
「お湯を張ったのは、一人の男です」
時代を測れないほど昔。水の心臓を持つ男が町に降り立ち、雨の降らない乾いた町に潤いを与えると豪語した。男は平らな地の音を聞いて水の鼓動を手繰り寄せ、土を掘り起こした。土の穴からは次々と水が湧き、湯川を上げて人々に潤いを与えた。
「それがこの湧き湯」「ホントかよ」
「話は続きます。」
町人達は礼を言いご馳走を振る舞った男はいらないと言ったがそれでは町人の気がおさまらない。渋々食事に手をつけ感謝を表すと、尚も町人は頭を下げ続けた。男の顔は暗く浮かない。
「何故そんな顔をする」
町人は聞く。すると男はこう言った。
「癒しと潤いをもたらした水はいずれ狂いを宿し、皆を襲うだろう。それでも皆は喜ばしい顔を作れるか?」
「……。」「マジかよ..」
「単なる噂ではありますが、その災いの現象を何やら〝リバイアサン〟と呼ぶそうなんですよ。」
「....刻が止まってて良かったわ。」
「本当だな、イカツ〜...。」
リバイアサンは大口を開け、町を呑み込み住処とするという。
「それではごゆっくり」
「おつかれ様です」
「言うだけいって帰っていった。」
「..ホントかな、あの話」
「噂だって言ってたよ。信じる方が変だって、平和な町だよ?」
「だといいけどさ、でも町の名前知ってるか、看板に書いてあったけど。」
「名前はしらないなぁ..」
「
「...イカツ〜。」
伝説を前提とした名前、さらに確実性に拍車をかけるのは宿の名前だ。
「泊まってた部屋、三つあったけど、一番右が『乱の間』、あたしが泊まってたのが『鬼の間』そしてあんたが泊まってた部屋の名は?」
「...武者の間。」「そう」
繋げて読むと
「それと多分、今の話聞くからにさ、町に災いをもたらすのはその〝リバイアサン〟ってやつじゃなくて、湯を掘った男の方だと思う。」
「水の心臓..ってことは、エレメントが水ってことなのかな?」
「だとすればマズいね、あたしフニャフニャにふやけちゃうかも。」
「まぁ噂だけど、このままお湯に浸かり続けたら結局そうなるかもね」
温泉は平気なのかと疑問はあるが、無防備に振る舞う程の安らぎなのだろう
「そろそろ出ようか、ご飯まで少し時間あるけど一緒に地酒でも飲む?」
「地酒ってあなた未成年じゃないの」
「あたしは飲まないよ、あんたに付き合ってやるって言ってんの。」
「あ、そう?」
「飯の前に潰れるなよ?」
酒は平気なのかと疑問はあるが、それ程羽を伸ばしたいのだろう。
「最高のリゾート地ね」
「どこがだ、ただの田舎町だよ。」
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