答え合わせ。

「やはり大勢で来ると狭いですね」

 ミニマリストのオーナーに感謝すべきところだ。銅像や宝石でも飾ってあれば、全員は入りきらなかった。


「メイドさんやご家族に質問です。被害者の部屋は常にこれ程までに物の少ない部屋でしたか、後から物を動かした形跡などはありませんか?」


「ええ」「無かった。」


「私は家具の配置や収納を任される事がありますが、ご主人は元々部屋に物を極力置かない主義でした。」


「そうですか、わかりました。ドーベルマンくんは常にここに?」


「はい。

クラリンスは特別で、人と仲良くしたがらない父が唯一心を開く存在なのです。下手をすれば僕よりも...。」


「そうですか、貴方への愛情の有無はわかりませんが犬を溺愛していたようですね。ではだれがここに客人を?」


「僕が厳選して、電話を掛けました」

クラリンスを甘やかし、息子には電話を掛けさせる。やはり愛情は隔たりがあったのだろうか。亡くなった今、確認する手立ては無い。


「事件が発生するまでの間、部屋ではお一人で何を?」


「僕を疑っているんですか!?」


「はい。

推理小説ではこういうとき、父親に恨みを持った息子の犯行である事が多いので」


「言い掛かりだ!」「そうですか?」


時間を遅れて気がついた、推理マインドなど初めから無かったのだ。


「冗談です、貴方は殺していません。

犯人は貴方ですよね、ミクリさん」


「え?」「何、ミクリさんが?」


「また唐突に発表する〜...。」

発見者であり報告者、メイドのミクリを疑いではなく明確に指差す。


「私が犯人?何故?

凶器は?動機は?根拠がありません」


「貴方が犯人、理由は知りません。

凶器はこれからお話しします。動機など興味もありません。根拠はこれからお話しします。」


「いっぺんに全部答えてる、律儀。」

丁寧な質問を投げかけた事で自然と話す順序が出来た。探偵としては非常にありがたく効率の良い事だ。


「まず凶器ですが、恐らくフロストでしょう。氷系統の魔法です、応用すれば氷柱状に加工して胸に突き刺す事も容易です。」


「確かにそれなら、証拠は残らない」


「ええ、遺体の座っていた座椅子の背もたれが少し冷えていました。」


「それだけで決めつけますか!」


「..本当は、刑事さんで試そうと思っていたのですが。バイラルさん」


「私?」


「簡単な分身体を作れますか。」


「少しなら、出来るけど..」

杖の魔術は主に直接的な攻撃呪文ばかりだが、要素として化学魔術や補助魔術を使用する事がある。


「それでは

分身体を座椅子の上に座らせて下さい。」


「こう..かな?」

話さない笑わない。

粗悪なゴム人形のようだが〝座っている〟という事実さえ作れればそれでいい。


「それではこの分身体の胸を、フロストを加工した氷柱で貫いて下さい。」


「え?」「お願いします」

実質己を殺してくれと言われているようなものだがそんな経験をするのはそう無い事だ。だとしても気分は進まぬもので、中々腕が振るえない。


「……」「ダメですか。」


「だってさ、自分の身体だよ?

いくら分身だっていってもさ。」


「貸して下さい」「え?」

手に握っていたフロストの氷柱を取り上げて偽バイラルの胸に突き立てた。氷柱は身体に穴を開け、先端から崩れ落ち、座椅子に飛び散り溶け消える。


「あぁ!」


「このように血液や死後硬直では無く直接的に冷やされていたのです」


「部屋の鍵は閉まっていたんです、どうやって私がご主人を貫いたと言うんですか?」


「もう人方目撃者がいますよね。」


「もう一方って...」


「正式にはもう一匹というべきでしょうか?」


誰よりも先に遺体を発見し、誰よりも早く報せた目撃者。


「クラリンスは、貴方の共犯者です」


「は?」


「何言ってるんだ探偵さん」


「正気ですよ、クラリンスは殺しの手伝いをしている。そうですよね?」


「やはりあなたは、正気ではありません。犬が共犯なんて..。」


「犬ではありません、召喚された獣です。冥府の番犬..ですかね?」


「犬じゃん。」


「私が召喚したって言うんですか?」


「はい、そうです。

貴方はメイドであり召喚師でもある」


フロストやフレイムといった攻撃呪文は杖を用いて発動させる場合持ち前のエレメントを使用する事になる。エレメントは一人一つ心臓に宿る色の付いた紋章のようなもので、基本的には一つのみ刻まれる。


「犬というものは、氷のエレメントを嫌うものなのです。貴方がクラリンスの前でフロストを使えばたちまち吠え猛り犯行どころではありません。なのでエレメントの弱点を持たない冥府の獣を召喚し犯行に及んだ。」


冥府の獣ケルベロスはあの世とこの世を行き交うと言われている。契約を交わした召喚師ならば、外部からでも口を介して室内に移動できる。


「口の中出入りしたんだ、大胆。」


「これは他の用途にも使われており、客室の皆さんの事件までの動向を書き記したメモですが、ミズリさん。」


「おう、何だ?」


「9:30分頃に食事を摂りに外へとありますが、誰かにそれを言いました?」


「いや言ってない。」


「おかしいですね、それではジョルノさん。道中でカスミさんにカメラを渡した事は?」


「..聞き込みのときに魔術師さんには言ったけど、普通聞かれなきゃ言わないだろ。」


「そうです。それらの情報は、外で直接又は近い距離でみなければ分からない情報。クラリンスは、外にも幾つかいたのです。」


「本体は何処、嗚呼クラリンス..。」


生憎外には人はいない。招かれた客のみが歩く貸し切りの島では、不自然は常識となり日常になる。


「密室はどうやって作り出したんだ」


「..ここに、少しだけ踏みしめたような若干の減り込みがあります。」

遺体の寝ていた座椅子の手前、扉の手前に一つずつ、合計二つ、床に少しばかり凹んだ箇所が存在する。


「大きな脚が踏ん張った形跡です、おそらくガーゴイルか何かでしょう。」

魔界に住む屈強な鬼のような巨体を持つ魔物ガーゴイルを召喚し、扉をがっしりと押さえ固定させた。


「そうすれば外からはノブを回しても開かず、密室を生み出せる」


「..ならガーゴイルでご主人殺せばよかったのに、手間を掛けてまぁ..。」


「外傷が目立ち過ぎます、まるで原型を留めませんからね。」


「怖っ..ガーゴイル」「ええ。」


部屋の内側に飼い犬に見立てたワープホールをつくり扉は巨人で固定する。証拠の残らない氷で仕留めれば無機質殺人の完成だ。


「まぁ正直、貴方が犯人である事は初めからわかっていました。貴方僕に事態を知らせるときに〝ご主人が殺害された〟と仰いましたよね、死んでいるだけで、まだ明確でない筈なのに。」


「...あ、確かに!」

被害者に穴を開ける前から、自らの身体には既に穴が開いていたようだ。


「貴方が犯人ですよね、ミクリさん」


「……。」「何故、ミクリさん?」

メイドはお仕えする相手を決めるが、それがいなくなったときどうなるのだろうか。

結論はこうだ。


「やっと死んだね、あのジジイ..!」


「何だって?

今何て言ったんだミクリさん!」

目を血走らせにんまりと笑うその顔はまさに凶器、氷のように冷たく温度は氷点下に近い。


「クソ犬を殺しても全く気付かなかったんだよあのオヤジ、唯一の友達だってのにさ!」


「なんで、何でこんな事するんだ!」


「もうウンザリなのよ、アイツのワガママに付き合わされるのは!

夢の実現、自分で何をしたっての!?

面倒事は全部私、その癖礼も無し‼︎」


機会を伺い、常に首をつけ狙っていた暗殺者アサシンのように、最後の仕事が主の始末になろうとは。


「ヒステリックですねぇ。」


「どうするの?」


「後は警察に任せましょう。

行きますよ、僕の夢は叶いましたし」


「行くって何処によ?」


「..さぁ、どうしましょうかね。ホテルはこんな感じですし。気晴らしに、ビーチにでも行きましょうか。」


「....うん!」

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