6話 獄楽ホテル

 南の島を墓場に選んだ場合、他の場所より成仏するのは早いのだろうか。それとも居心地が良いと、長引くのか


「ドーベルマン、ですか。」


「ワン!」「元気ですねぇ..」

少なからず魔力があれば、と考えた事も無くはない。例えば言葉の通じない相手に思いを伝達できれば流れるような捜査が出来る。


「扉を警戒していてくれますか?」

ダメ元で頼んでみると入り口に座り、閉めきった扉を眺め始めた。


「忠実ですね、良い子だ

..僕は猫派ですが。」


部屋で目立つのは犬の姿だけ、見渡せば見渡す程物の無い殺風景な空間での違和感は、僅かに残る血の匂い程度。


「本の一つも置いてない、ミニマリストというやつですかね。僕も一時期憧れていました」

 本どころか収納棚も無く、あるのは膝を置くテーブルと回転椅子、ただいるだけの部屋といっても過言では無い。


「この椅子の背もたれ、少し冷えている。遺体が冷たかったからか?」

掌にひやりとした温度が伝う。死後の椅子だと、はっきり認識ができた。


「難しいです

これは時間が掛かりそうですね。」

ただでさえ情報の少ない捜査を上手く長引かせ解決に導くには、外部からの時間稼ぎが必要になる。

そう例えば、魔女の聞き込みなど...。


「はい、え〜集まってもらいました。

これからお話しを聞かせて頂きます」


「何かの司会か?」


「ビンゴ大会でも始まるんじゃない」


「講師なのに纏めるの向いてない..」

 別荘横の給湯室にて客室共にロックズー家を一斉に集め聞き込みを始める。目的が「魔術を習いたい」では無いので興味を持つものは皆無。寧ろ悲惨な事態に伴い早く帰りたいものばかり。


「あの、宜しければ代わりましょうか

顔見知りも多いので。」


「いえ、いいです!

私講師なので、教えるの得意なので」

関係無い、とは言えなかった。


「では先ず客室の方から

えっと..金髪のあなたです!」


「ん、オレか?

オレはミズリ、休暇で来てんだ。」


「殺されたペイルム・ロックズーさんとの面識はおありですか?」


「ああ、あるぜ。

..ていうかここにいる殆どの客が彼の関係者だ。ていうか全員か」


「え、そうなの?」


「そうだぜ。関係無いのはアンタと、探偵さんくらいのもんだろ」

偶然ではなく招かれた客人、用意された休暇。壮大なパーティーという事だ

「どういう関係ですか?」


「オレはいわゆる作業員よ、このマジックアイランドの創設に関わった。」


「一人でいらしたんですか」


「今日は代表で来た。

実はまだ経過途中でな、施設も環境も整っちゃいるが人を招いていいもんなのか、取り敢えずオレで試そうって訳だ。他の奴も似たようなもんだと思うぜ?」


「人を招くテスト..。」


用意周到に段階を踏み、展開させるつもりだったようだが経過を見届けずに当人が死亡してしまうとは。不可解な出来事で喜ぶのは一人だけである。少なくともこの島の中では。


「ありがとうございました

続いてあなた、どういった関係?」


「私は主にシステム管理と環境整備をセキュリティなどの機械的な事です」


「島に着いてから、事件が起きるまでの動向を教えて下さい。」


「私は早めに島に着いたの。殆ど人がいなくて、一番乗りだったんじゃないかしら?

嬉しくて浮かれちゃって海で遊んだりショッピングをして楽しんでいたわ、本当に楽しかった!」


「私がやりたかった事全部してる。」

本当の娯楽の意味を久々に知った。本来ならば聞き込みなどせず明るい陽の元口角を存分に上げていた筈だ。


「でも不思議ね、二時間もしたら飽きてきて、部屋に戻ってくつろいでたのそしたら彼が死んだって。」

天と地の差の感情の起伏を味わったようだ。嵐の前の静けさというが、静寂と呼ぶには笑顔が多すぎる。


「そうですか、あなたは?」

横で座って作業をしていた眼鏡姿の細身の男に声を掛ける。

何か急を要するのだろうか、電子機器のキーボードを素早く指で弾いている。


「...え、あ僕?

僕は記者兼ライターで、この島の取材をよくしてたんだ。今日も招待されたけど観光に興味は無いからカスミさんさっきの派手な格好の女の人に施設や海の写真だけ撮って送って貰って今それを纏めてるとこだよ。」

一つの小さな質問で洗いざらいに答えてくれた。面倒事が嫌なのだろう。少し苛々した口調で早口で話した。


「という事は島に着いてからはずっと部屋で作業ですか?」


「そういう事になるね。

もういいかな、忙しいんだ」


「感じ悪っ..。」


冷めた男には慣れている筈だがやはり気は合わないようだ。客は思っていたより少なく作業員代表のミズリ、システムセキュリティサポーターのカスミ島を取材し記事を書くライターのジョルノ、そして探偵と魔女の計五人。


「無駄に広い給湯室を持て余しているわね、ていうか何でこんな広いの?」


「ここは私たちメイドだけでなくご家族様方もご使用になる休憩室の役割も果たしております。」


「丁寧に説明ありがとう、なら早速そのご家族様方に話を聞かせて貰うわ」

ロックズー家は主のペイルス、妻のクリザナ、息子のエアリスの三家族。大財閥の割に所帯が少なく、資産を持て余している為島を短期間で盛大に開拓する事が出来た。


「奥さん、ご主人が誰かに恨みを買っていた心当たりはありませんか?」


「..主人は目立つ事がお好きでしたけど、人と接するのは余り好みではありませんでしたし。お金を事業以外に使用する事は殆どありませんでした。」

真面目な成功者、それが生前のペイルスの印象らしい。


「そう、ですか。

うん..推理小説やなんかではこういうとき、会社を牛耳りたい息子の犯行だったりするのですが、どうですか?

恨み買ってたりしませんか?」


「酷い言い掛かりですね!

僕は父を恨んでない、寧ろ尊敬してた殺す理由なんてある訳無い!」


「くそぉ..ハズレかぁ!」


「クイズじゃないんですから..。」

金字塔的展開を否定されメイドに愚かさを諭された。推理マインドを持たなければ聞き込みなんてこの程度だ。


「父は元々、子供達に絵本を作っていたんです。夢の国が広がるような、そんなお話しを幾つも書いて。」


その数ある作品の中の一つ、代表作ともいえる「島の中の遊園地」を実現化させたのがこのマジック・アイランド


「父は喜んでいました。

〝漸く長年の夢が実現する〟と。」

短期間といえど無人島を開拓するのは容易では無かった。しかし絵本を読んだ子供の為、何より自分の夢の為、なんとしてでも理想郷を創り上げようと。


「〝思想を形にする事が現実〟

ご主人がよく仰っていた言葉です。」


「この役回り

私がやって良かったかもね。」

探偵ならばそんな言葉、見向きもせずにゴミ箱に打ち捨てるだろう。


「最後になったけど、あなたは?」

犬を除いた第一発見者であり一家に使える雑用兼召使い。


「私はミクリです、ロックズー家のメイドをしています。」

ミクリも名乗るメイドは徐にメモを取り出し書かれた無いようを口に出して読み始めた。


「ミズリ・アイミック午前9時島到着

直ぐにホテルにチェックインし荷物を纏め9時30分頃お食事を摂りにホテルの外へ。」


「全部書かれてるの?」


「信用して頂く為にメイドのお仕事をお見せしようかと。」


「..いいわ、続けて」「はい。」


カスミ・シードン午前7時頃島に到着

7:10 ホテルチェックイン

7:20分ホテルの外へ

9:25分荷物を抱え部屋に戻り休息


ジョルノ・イースター7:15頃島に到着

7:30道中で遭遇したカスミに撮影用のカメラを渡しその後チェックイン

その後、部屋に篭り事件発生までの間作業を続行する。


バリー・キャスリン

バイラル・シュー 10:00島へ到着。

10:15 ホテルチェックイン。


「その後、私が現場へお連れしました

現在の時刻は11時丁度です。」


「私たちギリギリだったのね..」


「はい、因みに私はご主人様やご家族と共に午前6:00頃に島へ到着し、その後6:05分頃別荘に到着し朝食を済ませ奥様はショッピング、エアリス様は自室にて休息、私はご主人の身の周りのお世話をしつつお客様がいらっしゃるのをお待ちしておりました。」


「人が来た後は別荘とホテルを行き来して案内や引き続き家の事をしてた」


「その通りです。」

 隙がなく、無駄が無い。優秀なのはロックズーではなくメイドなのではないか、そう思わせる程の仕事量だ。


「これで一通り聞けた、かな?

一旦バリーちゃんに報告してくるわ」

「お待ちしております。」


「それは助かります、情報は大いに越した事はないですからね。」


「そうでしょ、だから今から...え?」

給湯室の扉を開き、犬を連れた男が一人こちらを見ている。


「いきなり現れないでよ!」


「僕は入り口を開けただけです。それにやる事は終えましたしね」


「え、捜査終わったの?」


「はい、あとは解決だけです。」

聞き込みは上手く、時間稼ぎの役割を果たしてくれたようだ。


「さぁ

魔王を倒しに向かいましょう。」

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