答え合わせ。
広い机が六つ、四人一組の班。
科学魔法の講義や実験は、基本的にこの形式で取り行われる。
「今回も、この方式でしたね?」
「やり方を変える事は無い。
私の授業はいつも変わらずそれだ」
「そうですか、わかりました。ならば僕の言いたい事がわかりますね」
「なんだ?」
首を傾げ知らないふりをしたつもりかそれは最早白々しいというもの。
「キュレフさん、貴方が犯人です。」
「……」「先生が犯人⁉︎」
「また肝心なトコを簡単に言う。」
重きを置くのはあくまで仕組み、誰がやったかなど二の次だ。
「確かに私がやったと言えるかもしれないな、まさかあれ程の被害を被るとは。悲惨な事だ」
「違いますよ?
貴方が手を施して自ら行ったのです」
煙を巻き上げた不慮の事故、そう思えるが頑なに殺害だと唱える。
「根拠はあるのか?」
「無ければ言いません。まずあの煙ですが、実際には発生していません」
「え?」「いや、確かに見たけど..」
「言い方を変えましょう。発生はしましたが、時系列が異なります」
「一体何を言っている?」
「フラスコですよ。」「フラスコ?」
「実験に使ったガラス製のフラスコは丁寧に洗った跡がある。しかし残っているのは跡だけで、水分は既に乾いていました。」
「煙で蒸発したんだろ」
「そういう風に、都合よく解釈させるという目的もあります。」
予め使った実験器具をよく洗い、目立つところにおいておく事であたかも実験後の影響を受けた状態に見せる。
「ミルさん
貴方は遅れて教室に入りましたが何か違和感を感じませんでしたか?」
「違和感..ですか。」
「例えば、おかしな匂いがしたとか」
「あっ!」
「そういえば言ってた。」
「それはおそらく、部屋に入る前に焚かれた煙の香りでしょう」
視覚は騙せても、他の角度で別の感覚を使えば見え方は異なる。
「馬鹿馬鹿しい、何故事前に煙を焚く必要がある。意味が無いだろう」
「本来は、一度目で良かったんです。しかし貴方はミスを犯した」
「私が科学でミスだと?
正気か君は、ありえない。」
「いえ、貴方はミスをしました。
科学ではありません、個人的な感情によるものです。」
「...何?」
授業開始時に全体に煙を焚く事で、目的を誤魔化し狙いを定めていた。しかしその標的が、その場所には偶々いなかった。
「貴方が殺めようとしていたのはただ一人、エクゾ・ミルさんです。」
「私..ですか?」
「なんでミルちゃんを。」
「詳しくはわかりませんし興味もありませんが、おそらくなんらかの強い感情をお持ちなのでしょう。」
感情は肥大化すると、物や言葉に現れる。それは既にミルの手元に、大事な書物として残っている。
「煙如きで人が殺せるのか?」
「ご自分で仰いましたよね
科学は足し算だと、貴方の魔術も同じです。」
フラスコや器具はカムフラージュに過ぎない。単純に魔術により煙を発生させ、範囲を教室中に拡げた後は狙いの箇所の酸素を薄くする。その後煙の濃度を高め息の根を止めたところで煙を雲に昇華させ紫外線の光を幻想的に照らつかせる。
「しかしそんな事をすれば必ず誰かが気付く筈、そう思いますか?」
「..その通りだ。」
「そうです、なので貴方はそこに引き算を織り交ぜた。」
「引き算?」「廊下をご覧下さい。」
賑やかな声が消えている。
纏まりの無い生徒たちは、廊下でぐったりとし寝息をかいて鎮まっていた。
「寝ている、いつの間に。」
「最初からです。一度目の煙を焚いた時点で既に皆さんは眠っていました」
「でも普通に授業を受けてたし..」
「二つ目のカムフラージュです。
不備を確認させないように全員を眠らせ、上から楽しげに授業を受けている映像を被せたんです。」
ムービー・フェイク、録画のように視覚で得た映像を他の景色に掛ける魔術煙のニ波も同様の方法で行った。
「更に貴方はミスにより、本来ミルさんのいる四人の班にのみ空気を抜いた強い圧を掛けた煙を直接発生させた」
「引き算にまた足し算を加えたのね」
「しかしそれが仇となり、貴方はミルさんがいない事に気付かないまま他の三名を殺してしまった。」
煙の中話していた友人は、とうに死んでいる亡骸だった。しかし作られた映像でも無い。
「死体には、ムービー・フェイクは使えませんので。別の魔術...」
「ネクロ・リバース。」
「ミルちゃん..」
「頂いた本に書いてありました。
死者に自分の血を混ぜて、一定の間蘇生させる。」
「その通りです。
稼働時間が血液量なのか身体的な運動量なのかは分かりませんが、数分間でも稼働させれば殺しのステージは出来上がりますからね。ま、本来はそのような事をしなくても仕留めるつもりだったのですが。」
実験体は生徒であり、試作を同時に済ませ更なる結果を得るために新たな実験台を作り出す。彼は己であくまで魔術師だといっていたが間違いだ、彼は紛う事なき科学者だ。
「でもおかしくないか?」
「そうですかね。」
「直接煙を発生させたのに、何故彼女は死んでない。目的は彼女なんだろ」
「ああ、それは事故ですね。」
「事故だと?」
「ええ、バイラルさんならご存知だと思いますが、彼女にはたった一人友人がいたのです。」
煙に巻き込まれ息絶えた唯一の友人、同じ班でよく授業を受けていた。
「ミルさん、ネクロ・リバースと感情に相関性はありますか?」
「...少ないけど、事例はあるみたい。仲の良かった夫婦の奥さんが蘇生後、旦那にだけ優しく微笑みかけたとか」
「そうですか。」
ネクロ・リバースが蘇生させるのはあくまで身体だけ、本来感情は生前のものが録音のように再利用されるが、関係性が強く思い入れが深いと稀に蘇生後も感情が残る事があるようだ。
「友人は一度目の煙を受けていますから、脅威は既に知っています。なら後は気をつけて防ぐだけですよね?」
「友達が、ミルちゃんを庇ったんだ」
「そんな..チノちゃん...!」
「学者が情報不足とは、実験の失敗よりいたたまれませんね」
「……!」
「改めて、貴方が犯人ですよね?」
逃れる術は無く、最早映像を上に被せる事すらままならなかった。
「キュレフさんなんでこんな事を?」
「...先生というのは、特殊な存在だ。
バイラル君もそう感じた事は無いか」
「ん、まぁ..思わなくは無いけど」
「初めは私も純粋に、科学魔術の素晴らしさを皆に教えていた。驚く顔、感心する素振り、何より嬉しかった。」
「なら何故それを殺しなんかに!」
「断ち切りたかったんだよ。
それによって生じた別の感覚を」
「あなたもしかして。
ミルさんに恋心を...?」
「いくら潰してもダメだった。
ならいっそ存在を消してしまおうと」
「そんな..私に恋を...。
そんな事の為に、皆を..?」
恋は盲目というが、自ら視界を潰す羽目になるとは絶望的である。
「どんな理由であろうと殺しは赦されません。魔術はそんな事の為にある訳では決して無い!」
「ああ、その通りだ。」
「そんな人に魔力なんていらない」
「..確かに、そんなものが元より無ければこんな事にはならなかったかもしれないな。」
「そうよ!
魔力が無くても解決できる事がある。そうでしょバリーちゃん」
声は無く、静寂が冷笑する。
「あれバリーちゃん?」
「探偵さんなら、さっき出ていかれましたけど..。」
「え、いつ頃?」
「謎を解いて直ぐにいなかったぞ。」
「あの野郎!
何勝手に帰ってんだオイッ!」
魔力を持たない、故に魔術に興味は無い。そこに探究心はまるで無い。
「さて、うどんでも食べよ。」
只今昼食を満喫中。
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