3話 科学の魔法

 魔術を上手く活用するには深い練りと威力の調節が必要らしい。力みすぎれば出し過ぎる。かとって出し惜しみすればせっかく練った魔力を持て余してしまう。難しいものだ。


それを教える魔導師は、どのようにして教え込んでいるのだろうか?


「とりゃっ!」

普段派手な魔法杖を振り回しているせいか演習用の杖を持った姿は随分と昔のほうきを振り回す魔女と似ていた。


「こういう風に軸をしっかりさせないと真っ直ぐには飛ばないの、大事なのは集中力。杖の先端に力を込めるようなイメージで魔力を集中させてみて」


「はい!」


「今日はここまで、また明日。」

今日までの段階を修了し、生徒がゾロゾロと列を作り退出する。


「ふぅっ、終わった。

後片付けしないとね!」


「生徒さんは片付けをしないんですね教わるだけ教わって知らん振りか。」


「学生さんは忙しいの!

こんな事後回しよ。..後から片付けに来た人見た事ないけど。」

あまり良くは思っていなかったが魔術講師というのはカリキュラムを教えた後は自由の時間が続く。肩の荷が降りた後はいつもより少しばかり寛容が広くなっているようだ。


「生徒さんはこれから帰宅ですか?」


「違うわ、別の魔術授業を受けにいくのよ。私の専門は杖魔法、以前のフレイムや他の遠距離型の攻撃魔法。エレメントを利用する術が多いわね」


「ほう。」

エレメントというのは魔力を有するものが心臓に宿す属性の事であり、分類によって得意とする魔術が異なる。


「今人気の授業はそうね..人体に影響を及ぼす科学魔術かしら?」


「科学魔術、ですか。」


「きゃあっ!」「何..!?」

甲高い女の悲鳴が外で響き、それはこちらへ向かって近付いてきた。


「先生..!」


「あなたさっき私の授業を受けてた学生さん。何があったの⁉︎」


「魔術実験場で..沢山、人が...。」


「その、魔術実験場というのは?」


「科学魔術が行われている教室よ。器具や薬品の多くある実験施設の様な部屋なの。」


「急いで向かいましょう、案内をして頂けますか?」

 血相をかいて助けを求めた彼女は魔術学校生徒のミル、講師バイラルによる杖魔術の講習を終え、科学魔術の講習に移ろうと少し遅れて教室へ入ったところ事態は騒然。


「部屋一帯に薬品が充満し、沢山の生徒達が倒れて気を失っていました。」


「息は?」


「わかりません。..だけど倒れてる人達の顔を見たら明らかに生気は薄くて死んでいると言われても納得が出来る程でした」


「それはなかなか興味深いですね。」


「心躍らせないの、危機的なんだからスリル味わってどうするの?」

死者が明確に現れていないのであれば不可解な謎というミステリーだけが残る。そこに付与されるのは小気味の良い探究心と好奇心だ。


「ここです、さぁ入って」


「失礼致します。」

 取手を掴み、白い扉をゆっくり開けるするとそこにあったのは、白衣を着た男がブラックボードに書いた文字を、複数の生徒が見つめ講義を聞いている文字通りの「授業」という光景。


「遅刻だぞエクゾ・ミル

早く席に着くんだ。」


「は、え⁉︎」「どうした、早くしろ」


「あ..は、はい!」

聞いていた凄惨な話と違う。

嘘を付いていたのか、彼女の虚言?

あからさまな違和感が部屋に広がる。


「すみませんバイラル先生

ご迷惑をおかけしましたね。」


「いえ、そんな」「そちらの方は?」

見慣れる男、教育者と呼ぶには格好が独特過ぎる。ロングコートに鹿撃ち帽は余りにも攻め過ぎだろう。


「探偵をやってる知り合いです。

..まぁ、自称の探偵なんですけどね」


「へぇ探偵さん。」


「初めまして、バリー・キャスリンです。自称ですがそこそこやります。」


「自分で言うな。」


「ですからそこそこです、そこそこ」


「その探偵さんが何故ここに?」

部外者は立ち去れといわんばかりにぴしゃりとした質問で振る舞う。


「少し科学魔術というものに興味がありまして、どういったものかと」


「科学魔術に?

そうでしたか、それは有り難い。」


「少し、見せて頂けますか?」


「丁度いい、これから授業をするので見学するといい。」


「恐れ入ります」


「バイラル先生も宜しければどうぞ」


「あ、はい。失礼します」


魔術の見学といえど方式は変わらず教室の後ろに用意された簡素な椅子に座り授業を眺める。そこに謎は無く、ただ静観な眼差しが前を向いている。


「ちょっと」「はい?」


「なんであんな事言うのよ、お陰で私まで見る羽目になったじゃないの」

嘘も方便と言うが彼にとって嘘では無く知識の回収、無駄な知識でも得ていれば解明に繋がる。その大概が主に要らない思い出に変わるのだが。


「今日は煙の魔術を披露しよう」

金属の器具に小型フラスコを横向きにセットし、中の液体が落ちるように真下に大型のフラスコをセットする。


「この中の液体がこのフラスコ内の液に混ざり満たされたとき、素晴らしいものが君達を待っている。」


「勿体ぶりますね」


「パフォーマーってそういうものでしょ、焦らして焦らして最後に落とす」

会話で注意を引き付け期待を煽り、視覚で魅せてエンターテインメントに昇華させる。


「さぁ見たまえ、これが新世界だ」

横向きのフラスコから液体が溢れると真下に満たされた液体と交わり白い煙を発生させる。煙が徐々に拡大し、気付けば部屋中を覆っていた。


「わわっ、何コレ⁉︎」


「実験の結果だそうですよ。」


視界を覆い、むせ返る程肥大化した煙は閉め切った部屋に充分満たされ、生徒達に息苦しさを感じさせていた。


「この匂い...。」


「どうしたのミル?

ケッホ、凄いねこの煙っ..!」


「いや..なんでもない、大丈夫?」


「いつまで煙焚いてるのよあの人!」


「僕に聞かないで下さい。」


「これで終わりだと思っているか?」

煙達が幾つかの小さな雲のような集合体となり生徒達頭上、天井近くにまで浮かび上がる。


「愉しいのはこれからだよ。」

白衣の男がパチリと指を鳴らすと集合体は次々と弾け花火の様に色鮮やかな光を放ち落ちては消えていく。


「わーキレイ。」「ですね」


「科学は足し算だ、拡げた煙を雲に変換し外の紫外線を反射させた光を加えて破裂させた。ま、私はあくまで科学者ではなく魔術師ではあるがな。」

雲が消滅すると、部屋のモヤは晴れ元の教室の姿を取り戻した。


「見事と言うべきですかね?」


「言うべきでしょ、聞かないでよ。」

見学を見越しての内容か

関係なく今日行う予定だった授業かで立場上の感想は変わってくる。


「このように科学魔術は様々な事に利用する事が出来る。だから..」


「きゃあっ!!」「..何だ?」

言葉を遮るような甲高い悲鳴が新たなる出来事を告げる。


「動かない、みんなっ..!」

バイラルの元を訪れたエクゾ・ミル、

彼女の座っていた席の周囲の生徒がこぞってその場へ倒れている。


「失礼、脈を測ります」

探偵は直ぐに首元に指をあてがい安否を探る


「息、していませんね。」「嘘..!」

脈は無く、生気もみられない。

確実な死が確認された。


「私の授業が死人が出たのか?」


「..残念ながら、そのようですね。」

魔術あるところに事件あり。

運悪くここにも黒い魔術が働いた。


「全員教室を出て下さい

只今よりクエストを開始します。」


「バリーちゃん、これって..!」


「貴方は生徒の話や一通りの資料を洗って下さい。」


「嘘でしょ?

職場で事件なんてごめんよ私。」


「嫌なら結構です、僕がやるので」


「そういう事言ってるんじゃないの!

協力するわよ私だって」


「そうですか、助かります。」

調査開始。

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