*11* さ、召し上がれ。


 あの割と何の説明もないまま、一方的に衝撃的な出会いを果たした一日目は、私とガーランドさんでお互いに泊まっている宿屋の名前を交換し、翌日にまた同じ場所で待ち合わせをすることを約束して別れた。


 二日目は早速二人を連れて漁港の市場に顔を出した。ロブスター、ホタテ、ウニ、カニ、イカ、様々な種類の魚、魚、魚。目の前に広がる海の幸に圧倒される。


 色んなお店の先で魚や貝を吟味し、イドニアさん達のお金で購入。漁を終えて余った魚や貝を焼いて酒盛りしている漁師さん達に、隣で火を使う許可をもらって野営をしている時のように準備をする。


 ウルリックさんが食べられそうな魚料理を見極めるため、ギリギリを攻めた魚料理を順番に食べさせてみることにした。まぁ、最初は料理と言っても生から始まるんだけど。


 最初は普通に生の鯛に似たピトラという魚のお刺身っぽいもの。オリーブオイルに塩とお酢と胡椒を溶かしたものにつけて食べる。残念なのはこっちの世界に片刃の包丁がないので、あまり薄切りにはできないことだ。


 新鮮なピトラの身は白身魚なのに、極薄い桜色をしていた。やや分厚くなってしまった身はモチモチとしている。逃げ出さないから大丈夫だとは思うけど、毒がないか手で摘んでまずは自分で味見。思った通りほんのり鯛に似た淡白ながらも上品な甘みと、弾力のある噛み心地。


 ……と、何だか隣の漁師さん達だけでなく、通行人や他のお店の人達からまで視線を感じる。横に座るウルリックさんの方を見れば、彼は「本当に生で食うのか」と感心し、視線を前に向ければ引きつった表情を浮かべるイドニアさんとガーランドさん。


 こんなに美味しいのに、やっぱり生には抵抗があるみたいだ。ちなみにイドニアさんに勧めたら無言で拒否されたので、彼女の代わりにガーランドさんに犠牲になってもらう。


 ただ彼も食べることを断りはしなかったけど、ギュウッと眉間に皺を刻んで目蓋を閉ざして食べる姿から、味わっているというよりも単に苦行に耐えている表情だった。下手したら息を止めて食べてるかな、これは。


 次にイカの卵巣を輪切りにしたものをさっと湯がいて、イドニアさんに「イカの卵です。火は通したので、ピトラと同じ合わせ調味料につけてどうぞ」と勧めたら、嫌々ほんの端っこをちょっとだけ齧って、歯応えに涙目になっていた。


 成程卵巣も駄目かと頷きつつ、残りを自分で食べながら一緒に購入しておいた白ワインを飲む。プチプチ弾ける食感はおせちの数の子のようで、懐かしさを感じた。筋子も売っていたのだけど奴には逃げられてしまったし、イクラの形にするまでの手間とこの反応では骨折り損だろう。


 お次は大きなホタテ貝。良い形で肉厚で真っ白でプリプリで絶対美味しい。生きている状態でレモン汁と胡椒をまぶされ、のたうち回るホタテ貝をお皿に載せて、イドニアさん達に「さ、新鮮な内にどうぞ召し上がって下さい」と差し出す。けれどイドニアさんは怯えた様子で「ひっ」と引きつった声を上げた。


 別にスライスしてからでもよかったんだけど、ウルリックさんに嫌な言葉を吐いた仕返し込みなので。試金石の彼女達に材料費を出してもらっている手前、素材はどれも一級品の鮮度と質を保っているものばかりだ。


 一度拒否したから何とか耐えて食べようと手を伸ばしてくれているので、こちらもその心意気に応えようと「少し切りましょうか」と声をかけて、暴れるホタテをブツッとやったらまた「ひっ」と声があがる。食文化の違いは思ったよりも根深いらしい。


 でも前世はどれも大喜びで受け入れられるご馳走だから、私としては彼女達が残したところで美味しい目しかない。テレビで“スタッフが美味しく食べました”というやつは、きっとこういう時に使うんだな。


 一応小さい欠片を一口食べてくれたけど、後はほぼ手つかずで戻ってきてしまった。まぁ、良いや。白ワインと念願の海の幸。ほくほくしながら摘んで、飲んで、調理して。段々と楽しくなってきて笑いながら作業をしていたら、ウルリックさんに「飲みすぎだ」とワインを取り上げられてしまった。


 いつの間にか周囲には人集りができていて、珍獣でも見るかのような視線を私に向けている。ウルリックさんの方を見ると、彼は肩を竦めて笑った。どうやらそろそろ切り上げないといけないみたいだ。


 目の前には「口の中が……もう無理……」とブツブツ言うイドニアさんと、彼女の背をさすりながら「これに懲りたら、次からは無闇につっかかるな」と苦々しくお説教をするガーランドさん。


 ウルリックさんを見やればニヤリとする。その表情にこちらもニヤリと笑い返し、それではそろそろお開きということで真打ちにご登場頂くことにしたのだけれど――。


 私が取り出したそれ・・を見た瞬間、イドニアさんが悲鳴をあげた。その悲鳴に何事かとさらに私達を取り囲む人集りが膨らんだ。皆さん野次馬でいらっしゃる。


 私が取り出したのはモトト貝と呼ばれるマテ貝に似た貝。マテ貝同様、このモトト貝もパッと見は絶対に食べる気のおこらない細長い貝だ。何に似てるかと問われたら、ずばりスリムで小さなミスジ。要するにナメクジ。


 本来は釣り餌として漁師さん達が採っていた物を分けてもらったのだ。


◆◇◆


 ★使用する材料★


 モトト貝   (※トリ貝、マテ貝)  

 バター

 塩、胡椒を各少々。


◆◇◆


 叫ぶ彼女を無視して細長い殻をバンバン割り、細長い身を取り出したら貝ヒモと身を分ける。身の方はスパッと真ん中をナイフで開き、内臓を綺麗に取り出したら塩揉みし、中を軽く水で洗う。


 あとは熱した小鍋にバターを溶かし、モトト貝を投入して炒め、塩と胡椒をまぶして完成。何度も言うけれど見た目はナメクジである。


 だからパッと見はナメクジのバターソテー。しかしこのモトト貝のお味はマテ貝と同じで非常に美味しい。海釣りが好きだった祖父が、何にも釣れない時に浜で採ってきてくれた思い出の品だ。見た目を裏切る旨味が不気味な細長い身にギュッと凝縮されている。


 ガーランドさんの横で悲鳴を上げることすら止め、凍りつくイドニアさんに「半生なところもあるかもですけど、大体火は通ってますからどうぞ」と差し出したところで、ついに彼女が倒れた。気を失ったようだ。


「あらら……残念ですね。見た目はこんなですけど、美味しいんですよこれ」


 彼女が無理ならとガーランドさんに差し出したら、彼は緩く首を横に振って「すまない、もう満腹だ」と言う。


 ご馳走するつもりがほとんどスタッフが美味しく頂いているけど、まぁ良いか。私が二人に拒絶されたモトト貝をモグモグやっていると、隣からウルリックさんの手が伸びてきた。


 信じられないことに、彼は一番見た目のあれ・・なモトト貝を口に放り込み、直後に「確かに味は悪くはないな」と笑ってくれる。彼が口にしたことで勇気のある漁師さん達がバターソテーを食べたいと言い出し、一人、二人とお皿のモトト貝を口に運ぶ。


 やっぱり加熱した方が抵抗感が下がり、火を通した事実さえあれば多少半生でも大丈夫との確認が取れたので、一応当初の目的は達成されたかな?


 モトト貝のソテーをお気に召してくれた漁師さん達から「やるな、坊主」「こりゃ良いアテだ」と褒められ、ちょっぴりお小遣いまでもらえた。ご機嫌で飲み始めた漁師さん達に場所を貸してくれたお礼を言い、気絶したイドニアさんを連れて宿に戻るガーランドさんと別れたものの――。


 二人っきりになったことを確認してから、隣を歩くウルリックさんに「結局イドニアさんに直接謝ってもらえませんでしたね?」と言えば、彼は「あれだけやってやったんだ。アカネのおかげで気も済んだ」と笑う。


「それなら良かったですけど。だけど私も今回のことで、ウルリックさんが食べられそうな一線が分かりました。それに伴い普通のレシピも思いついたので、出発前にまたあそこでお魚買って行きましょうね」


「それは構わねぇけどな、今回みたいな突飛なのは止めろよ?」


「大丈夫ですよ。次は普通のにしますから」


「へぇ……“次は”な?」


「ええ、勿論“次は”です。それよりこの後どこかで飲み直しませんか? 今日は何だかすごく調子が良いんです。このままだったら、夜には熟練度が上がってるかもしれませんよー」


「上等だ。途中で潰れたら背負って宿まで連れ帰ってやるよ」


 そんな風に二人して次はを連呼して笑い合いながら歩くポートベルの港沿いは、海に注ぐ陽の光のせいで地平線がキラキラと輝いて。まだ夕方にもなっていないうちから飲むお酒は、とても回りやすくて楽しいと学んだ。


 その浮かれた気分が功を奏したらしく、結局宿に帰ってから魔法を使ってみたら本当に塩の熟練度が次の段階に進んでいた。これが新たな可能性を生むかどうかの検証は……眠気に負けて翌日に持ち越しになったのだ。



◆◆◆後書き◆◆◆

トリ貝のバターソテーはサッと炒める程度で。

ほんの少し醤油を入れるとより美味しいです(*´ω`*)

マテ貝を使える選ばれし強者は是非そちらでもどうぞ♪

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