◆幕間◆酒場の女店主と食堂の親父の話。


 ――あら親父さん、まだ開店時間前なのにもうお客さんみたいよ。


 何だ兄ちゃん、ここいらじゃ見かけない顔だな観光か? だったらこんなシケた下町じゃなくてもっと中通り辺りに行った方がって、あぁ……確かに中通りの店で酔うまで飲もうってのは財布にやさしかないわな。


 そんな見た目によらず結構旅慣れてるのねお兄さん。そういうことならこの辺りのお店は皆お財布の味方よ。お酒もご飯も安くてそれなりに美味しくて、注文してから出てくるまでが早いの。せっかちな人には良いかもね。


 とは言ってもな、うちの営業時間まではもう一時間ほどあるぞ。今はこの嬢ちゃんの店から果実酒を納入してもらってるとこだ。兄ちゃんが手伝うってんならもう少し開店時間が早くなるかもだがな。


 親父さんったら、このあとお客さんになるかも知れない人相手にそんなこと言って。いつもこんな風にしてお客さんを顎で使ってるのよ。お兄さんも嫌なら他のお店で時間潰して待ってると良いわ。どうせわたしが卸してるお酒以外は料理だって変わり映えしないんだし。


 ハッハッハ、残念だったな。その情報はちょっと古いぞ。うちは少し前に新しいメニューのレシピをよそから買ったからな。これがうん十年も出してきた料理を出し抜いて、あっという間に目玉商品だ。


 あぁ、そういえば前うちに来たお客さんがそんなこと言ってたわね。新食感だったって。お兄さんもそれを食べにきたの……へぇ、わたしも自分の店があるしあんまり来られないから、簡単ですぐできるっていうなら食べてみたいわ。


 そりゃ構わんがな、その代わり今日の分の酒の卸し価格をちょっとだけどうにかしてくれ。


 何よそれ。普通そこは若い世代に優しくして懐の深さを見せるところでしょ。お兄さんもそう思うわよね?


 おっと兄ちゃん、頷いたら開店時間が二時間後になるかもしれんぞ。


 親父さんったら見た目通り性格が悪いのが丸わかりじゃない。もう、良いわよ。多少ならのんであげる。その代わりお兄さん、補填分にあとでうちのお店にも寄ってもらうわよ?


 決まりだな。適当にその辺の椅子に座って待ってろ。ああ、ただし開店前だからあんまり入口に近い席は止めてくれ。


 注文の多い店主よね。まぁ良いわ。お兄さんも私も今はお客さん同士なんだし、料理ができるまで旅のお話でも聞かせて欲しいわ。


***


 今日入ってる酒は麦酒か無濾過の赤ワイン、黒麦酒と果実酒だな。うちとしては麦酒を勧めるが、安く酔いたいなら火酒だ。少し高くてもいいってんなら、この嬢ちゃんの店の果実酒も旨いぞ。


 うふふ、流石うちのご贔屓さん。宣伝してくれてありがと。それにこれも確かに変わった食感で面白いわね。美味しいし、何個でも摘めちゃうわ。材料は何なのかしら、お兄さんも気になるわよね?


 材料か……材料な……悪いが教えられん。見たら食べる気をなくす客が多そうだから、採取を頼む冒険者にしか見せないことにしとるんだ。


 そんなこと言って、本当はよそのお店に真似されないように勿体つけるための方便じゃないの? 


 誰がそんなケチな真似するかってんだ。馬鹿なことを言うんじゃない。兄ちゃんもそう思うってのか。はん、そこまで言うなら見せてやるわ。その代わり見た後もこのツマミは残さず完食してもらうぞ?


***


 あれね……確かに見なくて良いものって世の中にはあるわね。少なくとも私は種明かしされても自分で作る気にはならないわ。食材の見た目よりも魔獣の見た目に近いんだもの。それに一般的には毒だと思われてる植物だし。親父さんもよくこれを使ったレシピを買い取ったわね。


 いや、それが旅をしながらレシピを書いてるっていう変わった冒険者の兄弟でな。一つの町で一つだけレシピを売って旅費を稼いでると言うから、少し面白くて気紛れに買ってみただけだ。


 もしかして親父さんが会ったその兄弟、あんまり似ていないちょっとチグハグな感じの二人組だったりした?


 おう、兄貴の方は弓を装備した冒険者だったが、弟の方はひょろっとしてて気弱そうな奴だ。まぁレシピを考えてるのはその弟の方で、売り込みは兄貴の方がかけてきたぞ。あれはボーッとした弟の将来が心配で面倒を見てるんじゃないか?


 やっぱり。その兄弟わたしも知ってるわ。うちにも一緒に飲みにきてくれたもの。それに不思議なんだけど、このお兄さんともさっきその話をしてたのよ。ちなみに彼はファルダンの町で居合わせた行商人から話を聞いたんですって。


 へぇ、そりゃあ奇遇だな。あの兄弟はこの界隈じゃそんなに有名なのか?


 さぁねぇ、それはまだ何ともいえないけど。でもこちらのお兄さんは、こっちにくる途中に立ち寄ったシルビィとエンバーで、また二人の噂を聞いたらしいから面白いわよね。弟君の方は将来お店が持ちたいらしくて、色々話を聞いてくるからつい教えてあげすぎちゃったわ。


 そりゃしっかり報酬をもらう嬢ちゃんにしちゃあ珍しい手落ちだ。将来の敵に塩を送ったことにならんと良いがな。


 ふふん、わたしはそんな小さなことに囚われない質なのよ。美味しいお酒を出す店が多ければ多いほど、張り合いが出るってものだわ。自分で漬けたお酒でお金を稼いで、そのお金で楽しいお酒が飲めるなら最高。


 若いからって油断して酒だけ飲んでると早めに身体を壊すぞ。


 はいはい、それよりも親父さんのところはそろそろ開店時間なんじゃない? 


 おっとそうだな、いつの間にかいい時間だ。俺は店を開けるが、兄ちゃんはそこでその跳ねっ返りな嬢ちゃんと飲んでな。お代はちゃんともらうから帰る時は声をかけてくれや。


 わたしの店はもう少し開店まで時間があるから、どうせならこのオツマミをあてにもう少し一緒に飲むでしょ? ……うふふ、そうよね。そうこなくっちゃ。

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