★7★ 雨、飴宿り。


 アカネが恐らく家政魔法の一種で錬成した胡椒の売却が無事に終わり、その打ち上げとしてレテプトの町を出立する日に祝杯を上げてから四日目。


 しかし実際は二日前から降り止まない雨に足止めされて、現在は洞窟というよりも、その浅さから岩場の窪みと呼んだ方が良いような場所で二日目の足止めを食らっている。


 岩場の奥まで大股でもたった十歩ほど、横幅に至っては六歩程度の広さだ。入口が少しだけ高くなっているから水が染みている気配もないが、くつろげるほどの広さでもない。


 そんな中に二日間もいるのは正直気詰まりだが、食糧の方はまだ余裕があるのでレテプトに続いての骨休めだと思うことにしたんだが――。


 火の側ではアカネが真剣に鍋の中身を煮詰めている真っ最中で、どちらかというとこの二日間はその匂いにややウンザリしている。


「オマエこの二日間食事の用意以外はほぼそれやってるけどよ、そんなに飴ばっか作って次の町でガキ相手に飴屋でもするのか?」


 岩場のヒビの中にまでこびりつきそうな甘ったるい砂糖の香り。


 甘いものが特別苦手ということはないが、ここまで濃厚に甘い香りでは少し堪える。だがアカネは僅かに小鍋から視線をこちらに向け、眉を下げて「ごめんなさい。でもどうしても砂糖の錬成魔法の熟練度を上げたいんです」と言った。


 本当にすまなさそうに眉根を下げてそう言われると、酒の味を教えたのが自分であるせいかちょっと責めにくくなる。それというのも、コイツがいきなり砂糖の熟練度を上げることに熱意を燃やし始めたのが、果実酒を漬けたいという一念からくることだからだ。


 あと童顔な見かけからは意外なことにアカネは恐らくかなり酒に強い。果実酒とはいえそこは酒。慣れないうちは一杯程度でへばる奴もいるものだが、アカネは一口飲んだあとに急に泣いたかと思うと、二口目からは含んだ酒を舌先で転がすように味わっているようだった。


 飲んだ果実酒についても熱心に店主へ話を聞き、最初のうちは簡単な受け答えしかしなかった店主も、アカネの食い気味な質問に段々と熱心に答え始め、店を出すまでの苦労や顧客の獲得、他店との差別化などまで丁寧に教えていた。


 真剣な表情で何かを口にしている姿を見たことがなかったせいもあるが、一種の凄みのようなものを感じた気がする。


 分厚いレシピ本の最後の頁に店主の話を書き留めていくアカネを見ていたら、出発時間を予定より遅らせてしまった。チビチビと後に残らないように飲む時間は何とも平和で。カウンターで楽しげに語り合う店主とアカネを見て店に入ってくる客もいたぐらいだ。


「上白糖は錬成し続けるとどうしてもかさばるので、こうして煮詰めて飴に加工した方が持ち運んだり調理の時に便利なんです。それに昨日からようやくグラニュー糖……えぇと、小さい結晶化したお砂糖が出せるようになったから、たぶん熟練度を上げたら氷砂糖も出せるようになるかなって」


 段々と気弱に萎んでいく言葉を紡ぎながらも、手許の小鍋にチラチラと注意深く視線を向けては、時折はねる飴に「熱っ」と声を上げる。一応断られると分かっていても「代わるか?」と聞けば、アカネは「ありがとうございます。でも大丈夫ですよ」と笑った。


 こうなるともう静かに飴作りを観察するくらいしかすることもない。鉄製の小鍋の色では色を見て引き上げ時を見極めにくいだろうに、アカネは匙で小鍋の飴を掬い上げ、それを落とした色で判断しながら火から下ろす。


 二日間で数回鍋を焦げ付かせる失敗をしたものの、何とかコツを掴んだらしい。


 火から小鍋を下ろしたアカネはカッティングボードの上に、出立直前に立ち寄った魔雑貨店で購入した呪文スクロールを書くための高級魔用紙を広げ、その上に匙で掬った飴を落とす。


 本来なら呪文を書いてから撥水の魔法をかけられるはずの紙に、何の呪文も書かないうちから撥水の魔法をかけてくれというアカネを見て、隣の俺に首を傾げて見せた店主の顔を思い出した。 


 俺もまさかこういう使われ方をするとは考えていなかったので、世の魔導師連中が見たら絶対に絶句するだろうなと愉快な気分になる。本来魔法嫌いな俺でも、コイツの人柄を表したような暢気な魔法は平和で面白いと感じた。


 黄金色の砂糖はジワジワと熱を失って固化し、数分のうちに飴へと変じる。小鍋の中身を全部使い切ったアカネが、小鍋に固まってこびりついた飴を溶かすために水を注いで再び火にかける。


 水が飴の溶けた白湯になったところで火から下ろし、自分のマグと俺のマグにそれを注いで「どうぞ」と差し出してきた。受け取ってから「せめて飯は辛いものにしてくれよ」とからかうと、アカネは「はい。私も同じ気分でした」と頭の緩そうな笑みを浮かべる。


 ――本当は、コイツの魔法はコイツが思っているほど価値のないものじゃない。


 それどころか下手に弱い攻撃魔法が使える下級冒険者よりもずっと価値がある。コイツは金の卵を産む鶏だ。


 何だってこんな面倒な世間知らずを拾ったんだかと思いつつ、そんなアカネの視線が何かに興味を引かれたように一点で止まった。気になって追えば、視線の先には俺の弓と矢筒が立てかけてあるだけだ。


「どうした、人の荷物をジッと見たりして」


「あぁ、いえ、前から気になっていたんですけど、その矢羽の付け根に結んであるのってウルリックさんの髪ですよね。それって何かのおまじないですか?」


 恐らく他の魔法使いを見たことがないアカネの指摘に、ふと「呪いと言えば呪いかもな」と答えた声が無意識に尖る。


 口にした直後に感じが悪かったかと「自分より強い奴に会った時に、どうか逃げられますようにってな」と続けたが、むしろ卑屈な感じになっただけの気がして溜息が出た。


 けれどアカネはそんな俺の発言を気にした風もなく、ただ「願掛けって大事ですよね。私も昔はよくしました」と笑い、マグカップの甘い白湯を飲み干す。そして口の周りをペロリと舐めとるや「次は辛いものですね」と、また笑った。


◆◇◆


 ★使用する材料★


 ジャガイモ  

 チーズ    (※ピザ用)

 チリの実   (※鷹の爪)  

 ニンニク

 ソース二種  (※ケチャップ4:ウスターソース1)

 塩、砂糖、胡椒を各少々。


◆◇◆


 独特な節回しの鼻歌を口ずさみながら、俺の小鍋で湯を沸かす。その間にジャガイモの皮を剥き、飴を煮ていた小鍋にレテプトで購入したソース類と、潰したニンニク、種を取ったチリの実を入れて調味料で味を整えたものを火にかけた。


 いつもは平地を歩いていてもトロクサい印象があるのに、狭い範囲でテキパキと動く姿に少し感心してしまう。


 湯が沸いたらジャガイモを茹でてくし切りにし、煮詰まったソースに投入したら、たっぷりめのチーズを加えて一煮立ちさせる。とろみがついたところで皿に盛りつけられ、今回は手持ちのパンノミがないので普通のライ麦パンを火で炙って添えた。


 パンにソースを乗せて一口齧ると僅かに辛味が舌に残る。ジャガイモを頬張っていたアカネに「酒が欲しくなる味だな」と言えば、感心したように「こういうのがお酒に合うんですね」と言う。


「いや、むしろオマエが今まで俺に食わせてきたもんの大半は酒に合うだろ。無自覚ならどういうつもりで作ってたんだよ」


「アハハ、だってそこは自覚があってもお酒を飲んだことがなかったもので。次の町では食事をしながらお酒を飲みましょうね。それでどんな食事にどんなお酒が合うのか教えて下さい。あとは自分の限界酒量を早めに知りたいです!」 


 拳を握りしめて熱弁を振るう目の前のコイツを見ていたら、色々と不安になってきた。馬鹿すぎて。確かに早めに酒量限界を知っておかないと、絶対いつか酒でやらかす。


 何だってこんな保護者みたいな真似をしなきゃならねぇんだと内心毒づきつつも、口から出たのは「良いんじゃねぇの」という苦笑混じりの声で。外の雨音と火のはぜる音と、目の前の暢気者の楽しげな笑い声が響く岩場の中は、存外居心地が悪くない。

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