*5* ようやくです。
「おい坊主、その実は本当に食えるんだろうな?」
「はい。見た目はこんな風ですけど、この種の皮を剥けば中身は真っ白で綺麗なものですよ。粘り気が気になるようなら水にお酢を少し入れたもので洗って下さい。多少変色しにくくなって、ヌメリもマシになります」
厳ついスキンヘッドのおじさんに手許を覗き込まれ、説明をしながら手早く掌大の福々しい種の皮に少し傷を入れて、あとはブドウのように押し出せば種の持つヌメリで簡単に皮を剥ける。
臓物を思わせる赤から、真っ白の大福みたいな姿になったミプカの種を見たおじさんが、その瞬間ホッと息をつくのが分かった。見た目の厳つさに比べて感性は細やかな人みたいだ。
おじさんの言葉に今日は同席してくれていたウルリックさんが、視線で“ほら見ろ”と訴えてくる。見た目があれなのも、食用でないと思われているのも百も承知ですってば。
今回突撃レシピ押し売りに訪れた場所は、レテプトの町にある下町風の酒場。頑固そうなこのおじさんが一人で切り盛りしているお店で、常連層は近所の石材店や木工所の職人さん達。
一回目のお店とは違い提供までの時間の短さと、汗を大量にかくお仕事なので味の濃さが要求された。そこで選んだレシピは――。
◆◇◆
★使用する材料★
ミプカの種 (※山芋)
小麦粉 (※できれば片栗粉が○)
チーズ (※ピザ用)
ベーコン (※スライス)
牛乳か水 (※お湯に溶かした濃いめのコンソメ◎)
ニンニク
塩、胡椒を各適量分。
◆◇◆
ミプカの種は湯がいてからしっかり潰して粘りを出し、チーズは粗めにすり下ろして、ベーコンを小さく切る。それらを他の材料全部と加えてしっかりと混ぜ合わせ、だいたいスプーンで掬った形がちょっとの時間保つ程度の固さにする。
深めのフライパンにやや多めの油を熱し、薄切りにしたニンニクを入れて香り付けをしたら、そこにミプカを混ぜて作ったタネを落とす。膨らんでキツネ色になったら裏返し、もう一方も同じように揚げ焼きにする。
焼き上がったものはしっかりと油を切り、トマトのスライスを周りに飾ったお皿に盛り付ければ完成。ミプカを潰しておく下拵えをしておけば、一気にそれなりの量を作ることができるので、忙しい時間帯も大丈夫だと思う。
味見をしてくれるおじさんの動向を見守る中、二つ目に手を伸ばしたおじさんが頷き、それを見たウルリックさんが値段の交渉に入る。
二人は指を増やしたり減らしたり忙しなく動かしていたけれど、私にはさっぱり分からない。何となく両者が握手を交わしたことで、交渉が成立したのが分かったくらいだ。
熟したミプカの実を取り出した時のおじさんの顔にヒヤリとしたけれど、帰り際には「坊主のレシピ旨かったぞ。兄貴の言うことちゃんと聞いて頑張れよ」という優しい言葉と、調理中にやっぱり鳴いたお腹を満たせるようにと、大きなソーセージを三本もご馳走してもらった。
店を出て少し歩いた辺りで、ウルリックさんが受け取った報酬の入った袋を開けて中を見せてくれ、まだこちらの世界の硬貨計算が怪しい私でも、それなり以上の値段をつけてくれたのだと分かって嬉しい。
「今日のお店はウルリックさんの見立て通り、思ったよりずっと良い金額でレシピを買ってくれましたね。ソーセージもご馳走してもらえましたし、とっても得した気分です」
「馬鹿、あれは毒性が抜けた状態の見極めも一緒に教えたからだ。それと比較的群生地が近いからだな。食材の種類はどの町も大抵決まってて、おまけに供給も少ない。だから高値だったわけで、いつも今日みたいな金額だと思うなよ?」
お気楽な私の発言に、現実的なウルリックさんの発言がかぶる。きちんと話を聞いて考えてから言葉をくれるから、彼の発言はすんなりと心に馴染む。
「分かりましたウルリック先生。じゃあ次からは毒性の見極めも視野に入れて採取すれば良いってことですね」
「あのな、わざわざ危ない真似してまで狙ってやる必要はねぇよ」
「でも料理に使える食材が増えるのは楽しいですし、美味しいものは世の中にいっぱいあった方が良いじゃないですか」
「それはそうだが、今日はやけに機嫌が良いなオマエ」
自分でもさっきから浮かれている自覚はあったけれど、いざ同行人に指摘されると急に恥ずかしくなる心理状態は何だろう。しかも相手が冷静なのにそこまで歳上ではない場合。
もしかすると、私は前世でそこまでお姉ちゃんらしくなかったのかもしれない。実際元気な頃は、どこに行っても私より背が高くてしっかり者の妹の方が姉だと間違えられていた。
一瞬しんみりしかけた内心に蓋をして、笑いながら「今日は実演の時に一緒にいてくれましたから」と言えば、彼は呆れたように笑う。
「そこかよ。今回は毒性があるってのが通説のやつを使ったからな。オマエみたいにボヤッとした奴がいくら安全だって言っても、相手が信じないだろ」
「うーん、反論できないのが悔しい」
今回訪れたこのレテプトの町は、今まで立ち寄った町の中でも大きくて活気がある。そして何よりも重要なのは、四方を森に囲まれた立地条件からか、あるお店が他の土地よりも目につくのだ。
「それにこの町ってお肉屋さんが多いじゃないですか。通りのどっちを向いてもお肉屋さんがありますよ。ほぼ毎日ウルリックさんがお肉を持って帰ってきてくれても、見てるだけで幸せな気分になります」
右を見ても左を見ても、軒先にソーセージを吊しているお肉屋さんがある。気分は海外旅行のちょっと現地の人目線。異世界転生しているとはいえ、海外だってきっと異世界みたいなものだろう。
勿論見どころはそれだけではなく、他にも可愛い布や糸を扱っている雑貨屋さんや、蔓で編まれたカゴをいっぱい重ねてあるカゴ屋さん、冒険者向けの服を売っている洋品店、素朴な形の椅子を並べる家具屋さんなど、とにかく退屈しない。
しかも今日は出発したのが早かったからまだお昼時だ。明るい時間帯でないと開いていないお店も多かったに違いないから、ここまで活気はなかっただろう。
「この町は色んなお店があって楽しいですね。連れてきて下さってありがとうございます」
そう思ったままにお礼を言うとウルリックさんは急に歩みを止める。私も彼が歩みを止めたのに合わせて止まると、ウルリックさんは少しだけ考える素振りを見せてから「この町には五日滞在する」と言い出した。
三日の滞在期間が二日も長くなったことに驚く私に向かい、居心地悪そうに彼が「はしゃぐのは良いが、はぐれたら置いてくぞ」とぶっきらぼうに言うものだから、思わず笑ってしまった。
この人の不器用な優しさは癖になる。そんなことを考えながら、ふとそういえば自分にも返せるものができたことを思い出した。そこで「ちょっとお渡ししたいものがあったんでした」と前置きし、訝しむ彼の手に鞄の中から取り出した小瓶を握らせる。
案の定不思議そうな表情を浮かべたウルリックさんが「改まって何かと思ったらいつもの調味料入れか。これがどうした?」と言うけれど、驚かせたくて「開けてみて下さい!」とだけ口にした。
けれどコルク栓を開けたウルリックさんは眉間に皺を刻んで小首を傾げる。あれ、思っていた反応と違う。もしかしていつの間にか胡椒は時代遅れな品物になってしまったのだろうか。
たった一ヶ月ちょっとで胡椒の市場価格が暴落した? だとしたら私はどうやって彼にお金や恩を返せばいいのだろうと青ざめるが――。
「自信満々なところ悪いが、至って普通にオマエがいつも使ってる塩だぞ」
「あ……間違えました。こっちですね。今のはなしってことで、気を取り直して開けてみて下さい」
せっかくの決めどころだったのに思いっきり滑ってしまった。格好がつかない恥ずかしさに急激に体温が上がるものの、もう勢いで乗り切ろうとサッと彼の手に胡椒が入った小瓶を握らせる。
再びコルク栓を開ける彼を固唾を飲んで見守ると、今度こそ暗緑色の瞳が驚いたように見開かれて。私はようやく彼にこの微妙な魔法が使えると、告げることができそうだ。
◆◆◆後書き◆◆◆
もっと簡単にオツマミにするなら、
塩と砂糖を溶かしたお酢に鷹の爪の種を抜いたものを二本入れ、
そこに皮を剥いて短冊切りにした山芋を投入して冷蔵庫で1~2晩置く。
ピリ辛山芋に変身して美味しいです。キュウリを一緒に漬けても◎
(´ω`*)<ヘルシーで美味しいよ。
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