◆幕間◆ある行商人の話。


 最近どこも似たり寄ったりだったファルダンの食堂の中で、急に人気が出始めた初老の女性店主の店がある。元は旦那さんと切り盛りしていた古参の店だというものの、旦那さんが亡くなってからは子供がいなかったこともあり、店を小さくして常連客だけの商いをしていたそうだ。


 しかし少し前から出し始めた新しいメニューが旨いと評判を呼び、今では若い従業員を雇うほどの繁盛ぶりなんだとか。


 その評判となった料理は少ない材料ながらも従来の焼く、蒸かす、煮込むといった料理よりも一手間かかっているそうで、酒が進むとの噂だ。


 いつもは酒と店主が得意にしている、昔ながらのビスケットにチーズを頼むという常連客達に話を聞くと、七日間だけ店にいた不思議な雰囲気の子供のせいでメニューが変わったと言うんだよ。


 店主にその話をすると、おかしそうに『とっても大食らいなお手伝い妖精さんだったわね』と笑った。聞けば定休日にふらりと兄らしき人物と現れたその“妖精”は、自分が考えたレシピを買い取って欲しいと持ちかけてきたのだという。


 自分の考案したレシピを売りに現れた謎の“妖精”。


 これだけでも充分に酒のツマミとして楽しめそうなものだが、ほろ酔いのままに運ばれてきたメニューを口にすると、成程、酒に良く合う塩とバターが効いた味付けだ。


 しかし“妖精”と言えば通常は花の蜜を吸ったり、木の実や甘いお菓子を食べたりといった姿を想像してしまう。それがどうしてこんなにも行商の旅で疲れた男達の胃袋を掴む味を知っているのか?


 程良く食感を残したアスパラと、塩気の強いベーコン、ニンニクとチリの実がピリッと効くが、バターの濃厚さがそれを勝たせすぎない。おまけにそこに乗せられた半熟の玉子を割って絡めれば、味はさらに変化する。


 だがそこへ添えられているのは軽く焼いただけの味気ないパンノミ。旅の途中で食料が心許なくなった時には重宝するが、町の中で食べたいものでもない。しかしそのくせ食感だけなら下手なパンより良いという残念な食材だ。


 けれどこちらが渋る姿に気付いたのか、常連客達が『良いから乗せて食べてみろ』と勧めてくるので、付き合い程度に言われたようにして食べてみたところ、意外なほどに良くあった。


 しかし何故ここまで体裁を整えておきながら、最後の最後にパンノミなのか。思わず首を捻っていたところで、追加を持ってきた店主に『何でここにパンノミなのか不思議に思ったでしょう?』と問われ、素直に頷いた。


 すると店主は思い出し笑いを浮かべながら『パンノミは妖精さんがこの世界で初めて食べてから、お気に入りの食材だそうよ。それに最初の材料だと、もっと見映えの危険なものになっていたわ』と言う。


 興味を引かれて最初の材料を聞き出してみれば、その植物を見たことはあっても、まず口にしようとは思わないものだったよ。


 “妖精”が何をもってあれを使おうとしたのかは知れないが、店主の英断に感謝だ。まぁ、単に“妖精”らしく悪戯好きだった可能性も捨てきれないけど、食に関係するには悪質な悪戯だがな。


 興が乗ったのでさらに酒を注文して、何故そんな怪しい子供を“妖精”だと思ったのかも訊ねてみた。だって普通“妖精”と言うからには、美しい姿だったのかと思うだろう?


 ところが――。


『“妖精”って言っても、見た目が綺麗とかそう言うんじゃなかったなぁ?』


『そうそう、どっちかと言うと細っこい身体でちょこまか動き回るところがな、何か可愛い子だったよ』


『毎日バイトが終わるくらいに迎えにくる兄貴は、結構デカいわ威圧感があるわであんまり似てなかったけど、弟の方はえらく懐いてたぜ』


『ええ、最初はお兄さんの方が売り込みに訪ねてきてね。びっくりしていたら“うちのが書いたレシピを買い取ってくれ”って。仲が良さそうな兄弟だったわ。弟さんの“妖精”っぽさは浮き世離れっていうのかしらね? あんまり世慣れしてない感じだったのよ』


 だもんな。拍子抜けだと思っただろ? 正直そう思うのは仕方ないけどな、世の中そういうもんだ。何よりも飯を旨いと感じるのは久々だし、周りの客もテーブルの上に皿を何枚も重ねてるから、ついつられて食い過ぎたよ。


 そうそうそれと、朝食限定のビスケット。夜に出てくるビスケットのアレンジメニューなんだが、あれも旨かったなぁ……っと、これ以上は情報料を請求するぞ? 


 まだ聞き足りないなら今度の行商の途中に立ち寄って、客が減っている昼時過ぎを狙って来店してみたらどうだ。何かまた思い出して面白い話も聞かせてくれるかもしれないな。それじゃ、お互いに良い行商を!

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