*6* お別れです?
転生してからもう五日目。
ウルリックさんと出逢ってから、すでに四日目の朝がきた。
彼の仕事が終わるまで野営をしている場所の近くの小川で顔を洗い、流れる水面に浮かぶぼんやりとした輪郭の自分を覗き込む。お父さんに似た眉、お母さんに似た垂れ目、妹は私と鼻や輪郭は似ているけれど、お父さんに似たつり目だったから羨ましかったっけ。
そんなことを考えながら少しだけジッと水面を見つめていたら、背後から「また朝から自分の顔に見惚れてるのか?」と、声にからかうような響きを含ませたウルリックさんがやってくる。
だけど四日も一緒にいるとこの人の憎まれ口っぽい言葉は、優しさだけでできている気がした。勘違いかもしれないけど、いつも悲しくなるギリギリの時に後ろから声をかけてくれる。それこそとても良い塩梅で。
立ち上がってそちらを振り返れば「これで朝飯を作ってくれ」と、カシュアの実と、ブルーベリーに似たコルの実に、大きめのパンノミを手渡された。それを目にしたら、さっきまでのぽっかりとした寂しさが少しだけ薄れ、空腹を思い出した口の中に唾が溜まる。
「じゃあ今朝はこれで簡単なジャムを作って食べましょうか」
「まぁ妥当だな」
そう相槌を打ってくれる彼と一緒に野営場所に戻る足取りは、顔を洗いにくる前よりもずっと軽かった。
◆◇◆
★使用する材料★
コル (※ブルーベリー)
カシュア (※オレンジ)
水 果物に思ったほど水気がない時用に少量。
砂糖 好みの甘さになるだけ。
◆◇◆
うんうん大切だよね、下拵え。まずはよく洗ったカシュアを半分に切って果汁を絞る。皮に残った果肉はスプーンで実だけ取り出しておく。薄皮と白い内側の皮は使用しない。これを入れると苦味が出てしまうから。
カシュアの果汁は赤いオレンジジュースみたい。少しだけ飲んでみたら、やっぱり似たような味がする。これならレモン果汁の役目も果たせるかな?
次にコルに向かって右手を掲げ、指先を擦りあわせて砂糖を錬成。本当はグラニュー糖の方がサラッと上品に仕上がるんだけど、熟練度が足りないから上白糖で我慢。それに上白糖で作るジャムはもったりと甘さが濃いから、これはこれで私的にはありだ。
モロモロの上白糖を全体にまぶして軽く混ぜておく。調味料は各種どれくらい一日に出せるかはまだ試していないので、調子に乗りすぎないように慎重に使わないとね。
そしてここに取っておいたカシュアの果肉も投入して混ぜる。ザクザク混ぜる合間にちょっとだけ生の状態を味見。コルもブルーベリー同様にこれだけだと味がしないみたい。瑞々しいけど甘みは砂糖の味だけだ。
あとは小鍋に砂糖をまぶして混ぜた状態のコルとカシュアを火にかける。焦げ付かないように混ぜながら、少し水気が出てきたところでカシュアの果汁を投入。水分が足りないようなら水を少量加える。
しばらくするとフワリと甘い香りが周辺に立ち込め、頬が期待にだらしなく緩む。疲れた身体に甘味は正義。味を見ながら砂糖を足して、好みの味と水気になったところで火を止める。
できたてのカシュアとコルのジャムを、軽く火で炙ったパンノミに塗っただけの簡単な朝食に「甘さが控えめで、これなら俺でも食えるな」と言ってくれたので、砂糖をもう少し加えたかったのを断念して良かった。
そんな軽めの朝食を終えたあと、ウルリックさんが「この周辺のバカデカくなりそうなイノシシは粗方駆除できた。今日中に町に戻れるぞ」と口を開いた。それはすなわち四日に及んだこの野営が終わるということで、私が散々お世話になった彼と別れなければならないということだ。
前世で病気になって入院してからは、ここまで長く誰かが傍にいたことはない。家族にも仕事や学校などの生活があり、私はそんな家族の持ってきてくれる話題が好きだった。
だから狩りの時以外ずっと一緒にいてくれたウルリックさんと離れるのは、自分でも意外なほど寂しく感じてしまった。せっかく元気な身体で転生したのに人に甘えるとは図々しい。町に着いたらウルリックさんとはひとまずお別れなんだから、しっかりしないと。
そのためにもまずは仕事を探して自分を養えるようになるんだ。それでコツコツと貯めた調味料が売れそうな量になったらそれを売って、ウルリックさんに受け取ってもらうんだ。頑張れ私。
「今日中に町に行けるなんて嬉しい。どんなところか今から楽しみです」
「オマエがどこから来たのか知らんが、ベナンはそんな期待するほど大した町じゃないぞ?」
「大した町じゃなくても人がいて、お仕事が探せて、ご飯を食べられるお店があれば良いんです。もしも仮にどこかで雇って頂けて、お金をちょっとずつでも貯められたら、ウルリックさんに受け取って欲しいんですが――」
そこまで口にしてからふと“ここで住所を聞いたりしたら、とても迷惑なのでは?”という疑問が浮かぶ。ちょっと面倒を見ただけの人間がいきなり住所を訊いてくるとか……怖いのではないだろうか。
もしかしなくても、前世だとストーカー疑惑を持たれてしまう案件では? グルグルと思考の迷宮に陥った私を、不思議そうな表情を浮かべて眺めていた彼が急に何か思いついたように頷き、こちらの迷いをバッサリと切り捨てる発言をした。
「面倒を見た世話代なら必要ないぞ。そもそも俺はベナンに住んでるわけでもない。仕事がある場所にその都度出向いて適当に暮らしているから、特に決まった住所もないしな」
彼のような生き方を私は知らない。そもそも前世だと身近にいた人達は、大抵自分の生まれた土地から離れたりしなかったのに。
この私にとっては衝撃的で、彼にとっては何気ない一言に、目下お礼をすることを転生初期の目標にしていた私は、ポッキリと今日一日分の心を挫かれてしまったのだった。
***
朝のウルリックさんの告白のショックから立ち直れず、あまり無駄口を叩かず黙々と歩いたお陰か、私達がベナンの町へと到着したのはまだ夜の始まりかけた頃だった。
ベナンの町は確かに全体的に素朴な石造りの建物が多いようで、これならたぶん明るい時間帯に見たとしても、そう彩りのある町ではなさそうだ。それでも人の活気がある酒場から聞こえる笑い声や、煮炊きをする湯気の香りが漂って、元酒屋の娘としてはうずうずしてしまう。
キョロキョロと周囲を見回す私とは違い、何度もこの町にきている彼は当たり前だけれど落ち着いている。
「初めての土地を歩いたにしてはまずまずの到着時間だ。よくやった。途中で弱音をはくかと思ったらほとんどはかなかったし、途中の休憩も俺がいつも取る時間に合わせたけど疲れてねぇか?」
ポンポンと軽く労うように頭を撫でられたことが嬉しくて、本当は限界が近いくせに「全然平気でしたよ」と強がりをはいた。前世でこんなに長時間歩いたことがなかったから膝はガクガクするし、頭もちょっとクラクラするけど……別れる前に格好悪いところなんて見せられないから。
これくらい健康体になったんだから平気だと、自分の身体に言い聞かせる。
すると私を見下ろしていた彼が僅かに目を細めて「ま、及第点だが合格だな」と苦笑した。思わず反射的に「何がですか?」と答えると、ウルリックさんは片方の三つ編みを結び直しながら種明かしをしてくれる。
「今日はここに来るまでの時間配分が結構厳しかったんだよ。実際途中で俺からちょっとずつ遅れだした頃からかなり辛かっただろ?」
「あ、はい。途中からは三歩以上遅れないように追いつくのがやっとでした。だけどウルリックさんも疲れるのに何でまたそんなことを……て、ひょっとしなくても早く私を切り離したかったんですね?」
「清々しい後ろ向きさだなオマエは。逆だ馬鹿。オマエが俺の移動速度についてこられるかを試したんだよ」
こちらが最悪の予想に打ちひしがれかけたところで、すかさず彼からの補足が加わってホッと息をついたものの、謎が解決していないと気づき「それは最後の試練というやつですか、師匠」と半ば本気で訊ねてしまう。私の妹は少年マンガも好きだったから。
もしもウルリックさんがそんな熱血系でも理解できなくはないと、そう意気込んだのだけれど――。
「あのな……俺は試練を与えなきゃ使い物にならない不出来なやつを、わざわざ鍛え直すほど暇じゃねぇよ。ここで俺が依頼の換金した後も一緒についてくるのか、来ねぇのかどっちだ」
全然違った、恥ずかしい。でもそれよりもその内容に驚いて「ついて行っても良いんですか」と詰め寄れば、うるさそうに押しのけられる。ついでに眉間に結構強めのデコピンをもらってしまった。
現役狩人のデコピンは骨に響くんだと初めて知ったけど、疲労の溜まった身には堪えるのですが。黙って眉間を押さえる私を無視し、彼はさらに言葉を続ける。
「最初はここで置いていこうかと思ってたんだが、オマエは傍目に頭が弱そうに見えるからな。小さい町で別れたら、翌日には仕事を斡旋してやるとか妙な奴に騙されて売り飛ばされそうだ」
「何というか割とひどい想像ですね、それ」
「行き倒れてるところを俺に餌付けされた奴が何を言ってもな。それに自分でもかなり容易に想像できるんじゃないか? それができる内は攫われるぞ」
至極尤もでぐうの音も出ない。拾われて、餌付けされて、懐いて。私の新しい転生は人生ではなく、犬生の間違いだったのでしょうか神様。
ウルリックさんの言葉で、色々な騙され方をして売り飛ばされる自分を想像してみる。一瞬考えただけでも四通りは余裕で想像できた。本当だ、想像の中の私ってあんまり賢くなさそう。
「もの凄く簡単に想像できるんですが……想像できなくなる日がくるんでしょうか」
「馬鹿か、攫われ方を想像するんじゃなくて自衛手段を想像しろ。でもまぁ、そういうとこが危なっかしいんだがな」
そんな風に多少乱暴な物言いなのに、頭を上から押さえつけてくるように乱暴に撫でてくれるその掌が頼もしくて。
まだ一人にならないで済むのだと思って安心した途端に“ギュルロロロォ!”と、モンスターの咆哮めいた音を立てて私のお腹の虫が鳴いたのだった。
◆◆◆後書き◆◆◆
クラッカー×焼いたマシュマロ×ジャムって禁断の味(*´ω`*)
クラッカー×クリームチーズ×ジャムはお酒が止まらない味。
甘いお酒よりブランデーとかウイスキーに合うかもです。
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