*5* 転生初料理。


 ウルリックさんに訊ねてみたところ、この世界には“ちゃんと”というとおかしいけれど魔獣なるものが存在して、魔法や冒険者というファンタジーな技能や職業があるそうだ。


 ただ魔獣とは言っても、前世のゲームや漫画で見たドラゴンやハーピーのような有名なものではなくて、もっと身近な生き物の突然変異種のようなものがほとんどなのには、安心すると同時にちょっとだけ残念だった。


 でも普通に考えれば体長十メートル超のクマや、二十メートルはある大蛇だなんて、それだけでも人間には充分驚異的だと思う。一応スライムによく似たものもいたけれど、あれは粘菌の突然変異種だとウルリックさんが教えてくれた。


 何故そんな風に生き物が突然変異を起こしたのかは、何となく聞きそびれてしまったものの、前世でもそうだったけれど、やっぱり異世界でも害獣被害は多いのだそうだ。


 彼の普段のお仕事は大きくなりそうなそういう個体を狩ること。被害が出る前に手を打つのが最大の防御だとウルリックさんは言う。


 イノシシやシカ、時にはウサギなどにもそんなのがいるのだというから……何を食べて大きくなっているのか、あまり知りたくない。私をこの森で見つけてくれたのも、依頼を請けている最中のことだったというから、食べられる前だったにしろ飢え死にする前だったにしろ、本当に運が良かった。


 けれどそれとは別に右も左も分からないこの転生先で、戦闘に使えるわけでもない魔法を無闇に使えるというのは、危ないかもしれないと思い至る。


 そこでまずは自分の魔法の種類について知ろうと、魔法の種類についてウルリックさんに訊いてみたところ、どうやら私が使える魔法は“家政魔法”の亜種らしいとあたりをつけた。


 家政魔法は文字のままの魔法で、竈に火をおこしたり、洗濯機のように桶の中に渦を起こして洗濯物を洗ったり、それを即座に乾かしたりといった、いわば電気のない世界で家電の仕事ができる人材だ。


 この手の魔法が使える人は働き手として重宝されるのらしいけれど、私の場合はもっと使い道が少ない。だから当然働き口を探す上でも普通の家政魔法と違って有利にもならないのだ。


 でもやっぱり諦めないで話を掘り下げたら、調味料魔法は睨んでいた通りお金を稼ぐのにかなり有効そうだということも分かった。塩はともかく、砂糖はとても貴重、胡椒はとっても貴重らしい。


 神様に感謝しつつ熟練度を上げて、ゆくゆくはもっと出せる調味料の種類を増やせるように頑張るつもりだ。なのでそれまではもしもの時のへそくり代わりとして、地道に一日分の調味料を使う量以外の残りは小瓶に詰めておこうと思う。


「凄い……お肉が三日連続で食べられるなんて、夢みたいです。今日は鳥肉ですか」


「毎回持ち帰るたびに拝むのは止めろ。魚肉とウサギ肉と鳥肉で見られる夢とか安上がりすぎんだろ。第一オマエ、俺の仕事が何だか憶えてるか?」


「三日前に聞いたばかりなんですからちゃんと憶えてますよ。狩人ハンター兼冒険者さんですよね」


 しかもウルリックさんは狩るだけでなく調理もできる。


 彼に言ったら狩人なんだから当然だと言われそうだけれど、それでも昨日食べたウサギ肉の串焼きや、その前日に食べた魚の蒸し焼きは、単純な調理法と少ない調味料だったにもかかわらず、複雑な味でとても美味しかった。


 野生の香草にも精通しているらしく、それらを使用していると言っていたから、本当に今の私の魔法程度では役に立てない。


「ん、正解。だったら俺の弓矢が獲物に命中するのは当たり前なんだよ」


「でも獲物って動いてますよ。ウサギも鳥も魚も、あんなに早く動いてるものに当てられるなんて信じられません」


「相手は生きてるから動いて当然だろ。奴等が動いて人間に迷惑をかけてなかったら、俺の仕事はあがったりなんだよ。それにこっちは気付かれないように近付いて仕留めるんだ。分かったか?」


「ちょっと何を言ってるのか分からないですけど、ウルリックさんが凄いのは分かりました」


 止まっているウサギにすら当てられない自信がある私には、彼の言っていることが本気で分からない。たぶん、前世でも彼の言っていることが分かるのは、相当手練れの猟師さんだけだと思う。


「……そうかよ。ほら、無駄口叩いてないで今日はもう晩飯にすんぞ。肉の下準備は川の下流で済ませてきてるし、火は俺がやる。オマエはこの二日間散々やらせろってうるさかったから、今日は調理担当な」


「おまかせ下さい。今日は私が全力で美味しく調理します」


「オマエが張り切るとろくなことがなさそうだからほどほどで良い。ほどほどに美味く頼むわ。それでそっちの収穫はどうだ?」


 せっかく腕まくりをしてやる気を示したのに、彼はあっさりとその出鼻を挫く発言をしてくれた。けれど無理もない。この三日で私が彼の手助けになれたことなどただの一度もないのだから。


「ええと、パンノミを四つと、カシュアを二つ、それにロジュ草です」


 なので仕方なく名前を教えてもらった香草と、初日と二日目に私が食べた木の実の名前をあげる。ちなみにカシュアが林檎に似た木の実で、パンノミはそのままバターロールに似た木の実の方だ。


 夜はモンスターが襲ってこないようにほぼ夜通し火の番をしてくれて、明け方に少し眠るだけだから、きっと疲れが溜まっている。私がいなければそこまでしないはずだ。起き抜けすぐに走って逃げるなんて無理だと思われているのだろう。……実際無理だろうけど。


 だから、今夜の食事でちょっとは良いところを見せたい。自分の作った料理が誰かの地肉になって、それで、欲張りかもしれないけれど美味しいと言って欲しい。


「パンノミなんて味のない役立たずを四つも採ってどうすんだ。カシュアをそのぶん採れば良かっただろうに。あと、ロジュ草もそれっぽっち何に使うんだ?」


 そう言って広げた材料を覗き込む彼に向かい「まだ内緒です。出されたものを食べて下さい」と笑いかける。すると眉をつり上げたウルリックさんが「へぇ、いきなり強気だな?」と、少しだけおかしそうに言う。


「ええ、何と言っても久々の調理ですから。腕が鳴ります」


「待て待て、聞き捨てならない発言が聞こえたぞ。やっぱり俺が――」 


 うっかりやる気が先走って余計なことを口走ってしまったせいで、一瞬にして手にしたお肉を奪われそうになったところを、身体を捻って回避する。


 彼からは思い切り不信感の滲んだ眼差しを向けられたものの、そこはニッコリと微笑んで「大丈夫ですよ、ウルリックさんは武器のお手入れでもして待ってて下さい」と突っぱねた。


 手許の食材と私を交互に見やった彼は、溜息を一つ「食えるものを作れよ?」と言って、簡易の竈を造ってくれた。石を低く積み上げた竈の中で、赤い炎が燃え上がる。


「それじゃあ……いざ、転生初調理開始、かな」



◆◇◆


★使用する材料★ (※実際に作るなら)


 パンノミ    (※食パン。むしろ細かいパン粉)

 カシュア    (※オレンジ)

 ロジュ草    (※オレガノ。ドライでOK)

 山鳥      (※鳥のモモ肉、ムネ肉、ササミのどれでも可)

 ウサギの脂肪  (※オリーブオイル)

 砂糖、塩、胡椒を各適量分。


◆◇◆


 さて、何はともあれ料理と言えばまずは下拵え。


 まだ未熟で少し堅めのパンノミを二つ選んでスライスして、空焼きした小鍋に入れる。表面がパリッとしたらスプーンで粉々にして、細かくしたロジュ草と塩少々を加えてさらに炒めてサラサラに。これを一端別のお皿に移して冷ます。


 残りの熟れて色味の綺麗な方のパンノミは、好みの厚さにスライスして先に盛りつけておく。こっちは普通にパンの代用品だ。


 お腹の中までしっかり洗ってある鳥肉は、ウルリックさんに頼んでさらに使いやすい形に解体してもらった。それを火が通りやすいように削ぎ切りにして、加熱しても身が縮まないように表面に格子状の切り目を入れ、塩胡椒をふっておく。 


 その後は鳥肉にパンノミとロジュ草などを加えて粉状にしたものを、剥がれないようしっかり押しつける。つなぎになる卵がないからここは力業だ。


 ここからようやく調理に入る。


 さっきパンノミを炒めた小鍋に水少々と砂糖を入れて、フツフツいいだしたら、輪切りにしたカシュアを加える。焦がさないように注意しながら、砂糖が飴のようにカシュアに絡んだら取り出して、これは先のパンノミのお皿に一緒に盛りつけておく。


 甘酸っぱい香りが鼻腔をくすぐり、それだけで口の中に唾がわいた。今日作るのは四年前に妹と考えた……というよりは、色んなレシピのいいとこ取り。ちょうど果物系のソースに憧れのある頃だった。


 カシュアを煮た小鍋は洗わずに極少量の水を足し、ウサギの脂肪を入れて溶かす。サラダ油に比べて匂いがちょっと野趣溢れるけど仕方がない。


 そこに下拵えしておいた鳥肉を入れ、両面がこんがりキツネ色になるまで揚げ焼きにする。思った通り、香草を混ぜたパンノミ粉をまぶした鳥肉は香ばしくカラッと揚がった。


 最後はパンノミとカシュアの甘煮の盛りつけてあるお皿に一緒に載せて――……完成だ。


 ほとんどの下拵えをウルリックさんがやってくれていたお陰で、初めての野外調理にしてはそれほど時間を取らなかったと思う。すぐ傍で弓と大振りな解体用のナイフを手入れしていたウルリックさんに声をかけ、マグカップにお水を呼び出す。


 この魔法の道具はそれなりに高価なものだけれど、冒険者でも中級クラスの人は持っているそうで、ウルリックさんも持っている。本人はお酒を飲むこともあるから、普通にマグカップとして使うことも多いらしい。


「へぇ……発言が怪しかった割には意外にまともな料理になってるな」


「そうでしょう? これ、二歳下の妹と一緒に考えた料理なんですよ」


 私がそう言うと、向かいに座ったウルリックさんは無言で鳥肉を一切れ食べた。咀嚼する口許を見つめ、飲み込むまでの一連の動作を見届ける。実際に調理をしたのはもう四年も前のことだから、正直に言えば味の自信はなかった。


 ――だけど。


「調理中はカシュアの甘い匂いが気になったが……旨いもんだな。それに砂糖と胡椒がきいてる料理なんてのは、随分久し振りだ」


 そんな風にボソリと不器用にウルリックさんが褒めてくれたら、何故かお弁当箱に盛りつけた、美味しそうに湯気を立てている料理が歪んだ。


 一緒に考えて、一緒に作って、一緒に食べた家族が、ここにはいない。


 そんな当たり前のことに気付いてしまったら、もう涸れたと思っていた涙は次々と溢れて視界を乱した。ついには嗚咽まで漏らして泣き始めた私の耳に届いたのは、低くて不機嫌そうな「旨い」の言葉で。


 震える手で口に運んだ鳥肉は、ウサギの脂肪を使った獣臭さが衣に使ったロジュ草と、カシュアの甘煮の香りで上手く打ち消されて。お母さんのおにぎりにはまだ遠く及ばないまでも……とても、とても、美味しかった。




◆◆◆後書き◆◆◆

パン粉とオレガノは合わせて混ぜておけばこの手間の半分の労力で作れます。

フライパンは実際作るときは水を入れずにオイルを注いで残った砂糖を溶かすよ。

お肉料理に果物の甘さが移るのが嫌な方はフライパンを一度洗ってね(´ω`*)


鶏肉は衣をつける前にマヨネーズを塗るとよりビールに合う味になります◎

オススメのパンは全粒粉のパンかフランスパン。

チーズを添えたりすれば赤ワイン(安物)にも合います◎甘しょっぱいは正義。

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