*2* 転生初日の準備。


《転生者の皆さん、まずは無事の転生おめでとうございます。このしおりでは、転生者の皆さんが新しい世界で生きる準備と、微力ながら少しの手助けをさせて頂くものであります》


 ――という怪しいアトラクションの説明書きか、サバイバルの手引書のような体で【人生のしおり】の書き出しは始まった。


 目次には色々と気になる項目がいくつも書いてあったけれど、やはりここはまず最初に《転生者として新しい地に降り立ったら》という一頁目から目を通すべきだろう。


 その頁には大ざっぱに転生の仕方や分類の説明がされており、私に当てはまったのは《前世設定流用型》。他には《転生特典神話型》や《内政知識保持特典型》、《逆境悪役令嬢特典型》、《最強勇者特典型》などなど、転生と一口に言っても色々と種類があるらしい。


 他の転生型にも興味はあるけれど、どうも固有の転生項目を詳しく調べられるのはそのように転生した人だけであるのか、私に読めるのはそこまでだった。


 気を取り直して項目に戻ると、まず最初に《前世で最後に食べたかった物を食し、英気を養いましょう》とあり、これはさっきのおにぎりに違いないと結論付ける。そこで次の行に視線を滑らせた。


 でも《まずは転生の際に持たされた荷物に、お手元のペンで自分の名前を記入しましょう》と書かれていた時には、ちょっとだけこのしおりに対する不信感が浮かんだ。それは果たして今やることなんだろうか、と。


 けれど確かに全く何も知らない土地にきたのなら、持ち物に名前を書き込むのは大切かもしれない。迷子になったところで帰る場所もないし、所持金らしきものもないのだ。お爺ちゃん神様が持たせてくれたこの荷物は、ここで私の唯一無二の物になるだろう。


 そこでまずは鞄を膝に抱え上げ、ネームペンのキャップを外して【本城ほんじょう あかね】と自分の名前を書き込んだ。


 何の迷いもなく書けたことで、お爺ちゃんが約束通り記憶を残しておいてくれたのだと分かって嬉しいけれど……おかしなことに書き込んだ文字は見たことのない形をしていて、なのにそれを普通に読める自分がいる。


「もしかしてこれがお爺ちゃんが足してくれた加護の一つ目かな?」


 前世で見たローマ字と複数の国の字体を混ぜたような文字は、なかなか華やかで可愛らしい。文字の複雑さだけならこの世界は結構文学なり、学問が発展していそうな気配がする。


 それから数少ない持ち物に次々と自分の名前を書き込んで、あっという間に最後となった分厚い本にまで記入し終えた次の瞬間、一斉に道具たちが輝き始めた。


 何事かと驚いて【人生のしおり】に手を伸ばせば、一頁目の最後の一文に目が留まる。そこには《全ての装備品への名入れができましたら、最初の準備は完了です。これでその道具達はどんなことがあっても、必ず転生者様の元へと戻るでしょう》とあった。


「これは……この名前の入ってる初期装備はなくさなくなる、っていう解釈でいいんだよね?」


 そうだとしたらなんと便利なことだろう。それなら何をおいてもペンはなくさないように鞄に入れようと思ったのに――……今まで膝の上に転がしておいたはずのペンは、いつの間にか跡形もなくなっていた。どこかに転がってしまったのかと周囲の草をかき分けてみたけれど見つからない。


 もしかすると最初の持ち物に名前を書き終えたら、自動的に消えてしまうアイテムだったのかもしれない。私はそれ以上ペンの捜索を続けるのを諦めて、しおりを読み進めることにした。


 けれど最初の項目以外は、昔お転婆な妹と読んだようなサバイバルやキャンプの知識で、確かにとても役にはたったけれど、特別この状況を転じさせるものではなさそうかなと思う。


 ただし鞄の性能や、鞄の中に納められていたアイテムの説明はなかなか面白くて、さっきまで感じていた空腹感を紛らわせることができた。


 特に鞄は転生者特典の中でも有用で、四次元に繋がるポケットになっているみたいだ。容量はこの鞄の製作元にしてみれば小さいようだけれど、私にしてみれば四畳分の部屋に匹敵する容量は充分すぎる。しかも容量ギリギリまで物を詰めても重さに反映しないらしい。


 次に木製のフォークとスプーンとマグカップだけれど、これは火の中に落としても燃えないという驚異の頑丈さを兼ね備えていて、特にマグカップは一日に三度だけ並々のお水を出せるのだとか。真水は貴重そうだから使う時はよく考えないといけない。


 他のアイテムの説明書きも気になったけれど、その部分は追々読んでいこうということで、ひとまずは最後の頁の【職業について】の項目に飛んだ。そこには余白をたっぷりとって、たった一行だけ《食材ハンター・習熟度0》とあった。


 余白が多いのは、きっと今の私が就ける仕事がそれだけしかないということなのだろう。仕事の内容は見ただけで分かる。


 食材を集めるだけだ。けれど見ず知らずの土地で何が食べられて、何が毒なのか。その見極め方を知らないのに、いきなりこの仕事は荷が勝ちすぎじゃないかな……と心配していたら、ちゃんとその方法の説明について触れてくれていた。


《食材ハンターはただ食材を集めるだけでなく、簡単な調理も視野に入れた職業です。最初の内は熟練度が低いので、手に余る食材や身の丈に合わない調理はできません。ひとまず周囲に食べられそうなものがあれば手を伸ばしてみて下さい》


 その一文を読んでから周囲を見回すと、まるで示し合わせたみたいに近くに赤い林檎に似た木の実と、崩れかけた柱の陰に橙色のマイタケに似たキノコを見つけた。私は取り敢えず木に近寄り、林檎に似た木の実に手を伸ばす。木の実は難なくもぎ取れて私の手に収まった。


 鼻を寄せて匂いを確認するも、見た目に反して柑橘系の香りがする他は大丈夫そう。意を決して表面に歯を立てると、オレンジの爽やかな味がする。私はおにぎりの時と同様、貪るように木の実を食べた。だけどお腹はまだまだ減っている。


 次は柱の陰に生えたキノコを採ろうと手を伸ばしたのだけれど……私の指先が触れる直前で、キノコが“ヒョイッ”と避けたのだ。最初は気のせいかと思って再挑戦したものの、結果は延々と伸ばした指先を躱され続けて。


 十回ほどそれを繰り返したところで、この見た目は何の変哲もないキノコが“採取不能食材”なのだと分かった。私は仕方なく鞄を持って、神殿跡から出てしまわない程度に周辺の食べられそうなものに、次々と手を伸ばす。


 幸い生食ができそうなものが多くあり、見つけた食材の半分ほどはキノコのように触れられなかったけれど、あとの半分ほどは無事胃袋に納めることができた。空腹がすっかりおさまるまで手に取った食材を食べ、残った物は無造作に鞄に放り込んでいく。


 中には酸味が強すぎたり味がぼやけているものもあって、咀嚼できることが楽しい私は気にならない違和感だったものの、人によっては美味しくないと感じる食材もあったかもしれなかった。


 周囲のめぼしい食材を全部鞄に納め、再度腰を地面に下ろしてマグカップに本日一度目の水を呼び出し、よく冷えた水で喉を潤しながらしおりを開く。すると【職業について】の次の頁に【魔法について】という記載があったので、次はそれに目を通すことにする。


 そして結論から言えば割と簡単な魔法……というか、私がもらえた加護は魔法と言ってもいいのかも怪しい。お爺ちゃんとのやり取りからしてやっぱりというか、ちょっと自信がなくなってしまうようなものだった。


 その名も《調味料錬成》。おまけに呼び出し方は利き手を肩の上まで上げて人差し指、親指、中指を擦りあわせて行う独特の姿勢。パッと見た感じだともの凄くお料理上手な雰囲気だけれど、実際はそうでもないからなおのこと恥ずかしい。


 これもまだ一日に三度だけしか使えないみたいだけれど、一応この不思議な魔法(?)にも熟練度はあるようで、将来的に出せる量や質も向上してはいくみたいだ。鞄に入っていた三本の小瓶は、おそらくこの魔法で出した調味料を保存しておくものだろう。


「ふふっ、何だか私っぽくて頼りない魔法だけど、さっき採取した味の足りない食材には有効そうかも」


 そう口に出してから、あまり難しく考えても仕方ないかと楽観的になってみる。だって私は健康で、時間の経過と共にきちんとお腹が空いて、ここにはまだ未知の食べ物が溢れているのだから。


 いつの間にか空は夕焼けの気配を含み始めて、はしゃぎすぎた身体は心地良い疲労感を覚えて重たくなってきた。


「目下の目標は動物性タンパク質を食べてみたいってところだけど……そこまでは我儘よね」


 明日はもっと遠くまで食材を探しに歩いてみようか?


 それとも先に人のいる場所を探しにこの森から抜け出す方が先?


 晩ご飯はもう入りそうにないけど、朝ご飯は何を食べよう?


 そんなことを考えながら閉ざす目蓋が、明日の朝も開くから。駆け出し転生者の私のお楽しみはまだまだ続く。

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