第2章 蹂躙編
第7話 原子の焔
「魔獣の森は大きな半円を描くようにナカツクニを囲んでいます。他の自然林とは隔絶しており、南北に非常に細長く連なっているように見えます。普通の動植物もいますが、他では見られない特殊な生物が確認できました。特筆すべきは魔獣と呼ばれる8種類の特殊な動物です。
巨大な亀のような姿をした
水辺に棲むとされる
牛のような姿をした貪食の
眼が異様に発達した猛禽
馬の姿をした火や煙に強く反応する
体は痩せているが素早い
山犬のような姿で最も凶暴とされる
虎の姿をした最も膂力に優れる
この事業の最終目標は森の東西を横断する線路を敷設することです。よって、その障害となる建設予定地域周辺の魔獣の個体数を可能な限り減らすことが本作戦の目的となります。少なくとも挑発にのって森の外まで追ってくる好戦的な個体は殲滅する必要があります」
三脚に載った大きなカメラの前で、戦場には似合わない可憐な顔立ちをした髪の長い若い女性がハキハキと説明をしている。カメラが前方の森林に向けられ、拡大される。手前の荒地と見えない境界線がくっきりと引かれているかのように、鬱蒼と生い茂っている。
その境界線から約200mの地点に簡易的な天幕が数個設置され、その下に
戦闘団その他の一部の人員がいた。
魔獣討伐作戦結構の期日が迫る中、前線で最後の調査を行う学者達の護衛の任に就いている。
中央の天幕の隣に繋げられている小さな天幕は陸軍広報課のものだ。課の最年少である広告塔の女性を、ここ最近製造、運用できるようになったカメラに映し録画している。
調査艦隊を失った海軍やそもそも装備の乏しい空軍を尻目に、陸軍はさらなる増強と支持拡大のため広報の領域においても余念がない。
カメラはさらに、軍服を着ていない集団に視線を移した。民生用の白いヘルメットを被る彼らは、シオンから派遣された調査隊である。比較解剖学、動物行動学、森林生態学、植物学など主に生物学の領域をを中心とする学者で構成されている。魔獣討伐作戦に一枚噛もうと、陸軍と同行した形になる。軍としては改革以降シオンにおいて大きな存在感を発揮している学府の要求を無碍にすることはできないというのが実情である。軍内にも物理学、機関工学、材料学、数学などの分野で活躍する者達がいるが、基本的に軍籍であり、学府の者とは所属が異なる。
白いヘルメットを被った1人が興奮気味に話し、ガンマイクがそれを追いかける。
「これは魔獣の森に接近して採取したサンプルです。ご覧ください」
彼は1mほどの大きな枝を机の上に置き、手斧で樹皮を切り取るように傷付けた。すると傷口からエメラルドグリーンの樹液が浸み出し、てらてらと零れ落ちた。
「まだ調査段階ですが、この樹液は重金属を大量に含んでいます。この樹は恐らく、土壌の重金属を吸い上げながら成長するようです」
彼はさらに別のサンプルを見せる。
「ご覧ください。これは書庫のデータベースにも無い新種のようです。素晴らしい。非常に素晴らしい」
彼は分厚いの手袋をはめた手でその植物を持ち上げて見せた。2、3本の細い蔓が撚り合わさったものが、さらに他の蔓と絡みあうことで入り組んだ構造となり、隙間は小動物が通れそうな程度の大きさである。また蔓には細く鋭い棘が見受けられる。
助手がその蔓の一本にペンチの刃を当て力を込めると、バチンッ、と硬質な音を響かせて切れ落ちた。
「この新種の蔓植物は森の一番外側の草木にまとわりつき、まるで森全体を囲い込むかのように群生していました。また蔓は通常のそれと異なり非常に頑丈です。細胞の構造が特殊なのか、それとも金属やガラス質を含んでいるのか、現段階ではまだ分かりません。外側を小一時間調査しただけでこれだけの成果が得られたのです。魔獣の森は間違いなく、新種生物の宝庫です。これをみてください。軍関係者の皆さんなら分かるでしょう。まるで鉄条網のような形ではありませんか?」
学者は目を爛々と輝かせていた。
簡易天幕の中でその様子を横目で眺めていた戦闘団団長、クニヒラ大佐は小声で愚痴をこぼす。
「何故ここに学府の青瓢箪がわらわらといるんだ」
隣にいた副官のタカナミが答える。彼女の階級は団長の二つ下、少佐である。
「学者達は『書庫』の情報を咀嚼することが主な仕事です、彼らは『書庫』に無いもの、新発見をするという経験に飢えているのですよ。大抵のことはあれに書いてありますからね。我々の想像以上に、彼らにとって魔獣の森という存在は学術的価値が高いのでしょう」
「木っ端を抱えて騒いでいるのはそういう理由か」
天幕のさらに先、この作戦で便宜上、森の入口と呼称されている位置で、兵員と学者の10人ほどの集団が調査を行っている。
ボルトアクション式の小銃を携えた数人の歩兵が彼らを守るためについている。彼らをまとめる曹長、オオヤマは、這いつくばるように地面を覗き込んでいる若い女性の学者に忠告する。
偶然にも戦闘団に同行した調査隊の中には、鉱物学者となった彼の娘がいた。
「そんな体勢でいると魔獣に襲われたらひとたまりもないぞ。こんな見晴らしのいいとこで」
空軍機が事前に森を空撮した際、上空から見るとまるで錐で孔をあけようとしたようにも見える場所があった。川が流れているかのように、木々が一切生えていないのである。森の中途の位置から西側に向けて、又は完全に貫通している場所さえあった。
原因は不明であったが、軍は森を横断する線路建設にこの穿孔を利用しない手は無いと判断した。
貫通箇所の適当な位置にある一つを入口と呼称し、その周辺の魔獣を誘い出し殲滅するのである。
高い樹木が生えていない、異様な道のような地形が地平線の先まで広がっているおり、軍用トラック2台分ほどの横幅があるため、軍曹は魔獣に見つかることを畏れた。
「植物が無いだけじゃ無いよ。ここは地面も異常」
「は?」
オオヤマ曹長は周囲を警戒しながら彼に近づいて膝を折った。
その若い学者は指先程の大きさの小さな黒い石を拾い上げて見せる。
オオヤマ軍曹はそれを指で摘み、太陽の光が良く当たるようにして観察した。歪な水滴のような形状で、表面が泡立ったような跡があるものの、ただの石にしては滑らかな肌触りだと感じた。
「これがどうしたんだ」
「多分、テクタイトっていう天然ガラスだと思う」
興奮を隠せない表情をした娘を、オオヤマ軍曹は鼻で笑う。
「はっ。これがガラスだと? 透けていないじゃいか」
彼女はへそを曲げたように反論する。
「も~、ガラスなら全部透明ってわけじゃ無いの。これは要するに、石や砂が高熱で融けて、それから急速に冷やされて形成されたものと理解して」
「俺は学が無いからよく分からん。……だが、石を溶かすなんて山火事でも無理だろう。そんな物が何故ここにある?」
「分からない。確か、テクタイトは隕石が衝突した時の熱エネルギーで形成されることが多いはずだから。……ああでも、普通クレーターはこんな形にならない。地表に沿って進む隕石なんてありえない。まるで、熱エネルギーの塊が森を真っ直ぐ通り過ぎたかのような……」
彼女は穿孔の先を見つめながらぐるぐると頭を回した。
「どうした。顔が青いぞ。さっきまであんなに楽しそうだったのに」
彼女は俯きながらぽつりと言う。
「お父さん。私はこんな地形の専門化じゃないし、知識も足りない半端者だから、具体的なことは何も分からない。でもこの森には、何かとてつもないものがある気がする。学者としての私じゃなくて、もっと何か本能のようなものが訴えかけてるの。だから……」
気を付けて。とは言ったものの、彼女は父の飄々とした顔を見て口を噤んだ。彼女本人にすら判別のつかない恐怖の輪郭を、父に正確に伝えるのは不可能だと悟った。
オオヤマ曹長は娘の肩を軽く叩いて勇気づける。
「大丈夫、心配するな。魔獣が何千体来ようと新軍は負けない。俺達は科学の力を具現化した戦闘集団だからな。お前は科学者だろう? 何があろうと、お前が信じるものを、俺は信じる」
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