第2話 疑似産業革命

 ガタガタと揺れる音が夢の中で木霊する。ハルは鉛のように重い瞼を開けると、馬車のような乗物で仰向けになっていることに気付いた。どうやら周囲にも同じような乗物が並走しており、車列を組んでいるようだった、頭を右に傾けると、見知った顔が見えた。

「シウ」

 シウも傍らに座りながら眠っていたようだが、少しして目を開いた。穏やかな、安心したような表情をハルに向ける。

「体はどうだ? ハル」

 ハルは上体を起こした。既に体の各所の痛みは弱まり、熱も引いている。

「治った……」

「そうか。よかった。本当に」

 そう囁くとシウはまた静かに瞼を閉じた。

「君のお兄さん、だったかな。感謝するといい。一日中傍で看ていてくれていたからね」

 反対側を向くと、あの医者の男が立っていた。

「あ……」

「自己紹介が遅れたね、私の名前はミヤイリ。軍の医者だ。薬が効いたようでよかった。栄養を摂って安静にしていれば、脚もじきに治るだろう」

 あの夜抱いていた死という恐怖感がすっかり払拭していた。胸の奥が、安心感でじんわりと温かくなる。

「あの、ありがとうございます。助けてくれて」

「いいんだ、仕事だからね。それに、人助けは僕の使命だ」

「これは、何ですか? どこに向かっているんですか? 何故、助けてくれるんですか?」

 ミヤイリは少し困ったような顔をした。

「う~ん。さて、どこから説明したらいいものかな。……ハル君。君は都についてどこまで知っている?」

「えっと、王様がいて、街がずいぶん様変わりしていて、変な物をたくさん作っていて、そこにいけばいくらでも働き口がある。という噂程度で」

「ふむふむ。辺境までいくとやはり解像度が低いが、まあ間違ってはいないな」

「ミヤイリ、間もなくシオンにつくぞ」

 すぐそばにもう一人男が座っていた。黒服の集団の一人、リーと呼ばれていた男だった。表情の硬い短髪の男だった。

「少年、君の治療の最中に拝見したが……、腕と腹、そして太もも、はずっとそうなのか? いつからだ?」

 彼の言っている意味を理解して、ハルはすぐに心が冷えていくのを感じた。咄嗟に掛けられていた布で腕と脚を隠した。

「物心ついた時からあるようです。ですが他人にうつったりはしません。私が証拠です。信じてください」

 いつの間にか起きていたシウが懇願した。

「分かっている。この男は医者だ。それくらいの分別はつく」

「やっぱり先天性か、少なくとも幼少期からの皮膚病だったか。体表の各所が黒い爬虫類の鱗のようになっているけど、患者の栄養状態からして、ああでも実際に症例を見るのは初めてだし、比較対象が少なすぎるし……」

「ミヤイリ」

 リーがブツブツと呟くミヤイリを諫めた。

「少年、そしてシウさん。この車は君達を助けた後、まっすぐ皇都おうとシオンに向かっている。既に都市区域内だ。説明は放送を聞けば分かる」

「ホウソウ、とは?」

 シウは自分の語彙に無い単語に戸惑った。

「まあ聞けばわかる。あの廃城で君達も見ただろう。我々の扱う武器を。ここにはああいう、訳のわからんものがたくさんある。むしろ、街全体がそれでできている」

 その時、事務的な口調だが鈴の鳴るような女性の声が周辺に響き渡り木霊する。

「こちらは皇都シオン電気管理部定時放送です。午後7時をお知らせします。都市全域の街灯の点灯をお願いします」

 周囲が一気に人工的な光に満たされた。ハルは吃驚した。

「では続いて、総統閣下の臨時放送に繋ぎます」

 しばし小さな雑音が混じる。

 鋭い警笛が響いた。

 街を貫通する線路に装甲列車が停車する。車体には「皇都高速度交通営団」「甲武1号」の文字。

 ハルは困惑の表情を浮かべた。

「あれは」

「街の外からあらゆる資源を運び入れ、あらゆる加工品をのせてまたどっかに運んでくのさ。電気で動いてる。雷だよ、雷。あれ、ミヤイリ。似たような形でアホみたいに煙吐いてるのがあったが、あれはどうなったんだ」

「甲武型の方が性能が良いですからね。蒸気機関で動くものはみんな遠方に回されるらしいですよ。線路の延伸に電気設備の敷設が間に合ってないとかで」

「それはいい。煙たいのは嫌いだからな」

 ハルが四つん這いでトラックから顔を出して見回す。建物の正面の壁や屋上の看板などに様々な文字があった。

「ヨツイ海運」

「12区硝子製造所」

「第一銀行」

「皇国郵便」

「ヤナギ紡績」

「(官)セメント集積所」

「ユソン化学」

「国営電信公社」

「皇国繊維」

「カミハラ造船事務所」

「特区麦酒醸造所」

「ハク興産」

「郡製作所」

「南北無線」

「東洋航空計器」

「ワン製作所」

 ハルが読んだことのない字面が次々と大通りの両面に現れ後方に消えていく。彼の見慣れない服を着た人々が歩道を歩いており、何やら小さな人だかりができていた。

 若者が道行く人々に号外を配っている。

「号外!号外!北方国境の馬賊に続き、西方辺境にて奴隷カルテルを殲滅!少年少女らを救出!」

「すごいな。連戦連勝じゃないか」

「さすが新軍だ」

「まさに敵無しだな。ワッハッハ」

 ハルの乗った車輌に2人乗りのバイクが近付く。後ろに乗った女性が片手で大きな写真機を持ち、こちらに手を振る。

「もし〜、そこのトラックのお方。曙新聞です〜。凱旋祝いに何枚かよろしいですか〜」

「最後尾だからって軍の車列に近付かないでくれ。危険だ」

「そんなこといわずに、ちょっとだけですから」

 リーは軽く舌打ちをしたが、それほど険悪な表情は見せていない。

「ブンヤはこれだから困る」

「イメージアップも仕事のうちですよ。ほら笑って笑って」

「俺達は広報課じゃない」

「そこにいる子供も、顔見せて。……はい、撮れました。では、明日の朝刊に載るかもなので、よろしく~」

 写真を何枚か撮り終えると、バイクは軽快な機動で去っていった。

 ミヤイリが説明する。

「あれは写真機という。目で見たものと同じ光景を一瞬で紙に移すもの。絵画に近いが違う」

 短い雑音が街全体に響く。

「こんばんは諸君、総統のトキマサだ。先日、我が軍の編成部隊が西方辺境にて、人身売買に手を染め、さらに未成年を違法に動員し魔獣を狩る犯罪組織に対する奇襲に成功。捕らわれていた者達を全員保護した。部隊が中心部に到着する予定なので、丁重に迎えるように。そして廃城から保護された諸君。事情がよく分からず混乱しているだろうが無理はない。だが若く頭の柔らかい君達であれば必ず適応できると信じている」

 声の主は一呼吸置いた。

「救出された諸君、そして最近新しくこの街に入った者達にも改めて説明したい。……このような伝説を一度くらいは聞いたことがあるはずだ。かつて、神代と呼ばれる時代があった。誰もが魔法を使うことができ、夜は昼のように明るく、飽きるほどの食物が溢れ、あらゆる病が治ったという……」

 ハルは自身の心臓が強く脈打つのを感じた。

「ただの御伽噺だと思っていただろう。しかし、

「あはは、少々語弊がありますよ閣下」

 ミヤイリが虚空に向かってぼやいた。

「正確過ぎる言葉選びをしたら伝わらんだろう。放送が聞こえなくなるから静かにしろ」

「はいはい」

 放送は続く。

「かつて我々人類は今とは比べ物にならぬほど隆盛を極めた。畑からは数十倍の作物を収穫し、絶大な発電量をもって夜を照らし、誰もが80年以上生きながらえることができた。一万倍の人口を擁し、全ての大陸に大都市を築き、陸と海と空を制し、世界の外にまで手を伸ばした。だがある時突然滅んだ。数百年以上前のことだ。全てが一掃され、貧しい生活を強いられてきた。しかし、我々は先人が遺した知を蓄積した書庫を発見した。それはいわば文明復活のための指南書。それに従い我々は非効率な生産方式を飛び越え、数十年数百年を経るはずの技術を使用している。改めてようこそ諸君、此処なるは皇王陛下の御膝元にして、神代しんだいに辿り着くための街、『実証実験都市シオン』!」

 ハルは息を呑んだ。すると一際明るい広場のような場所に車列が到着し、次々と停車する。

「では私はここで」

 ミヤイリがそそくさと車から降りた。

「諸君、それでは具体的な話をしよう。灰色の服を着ているのが私だ。だが怪我をしている者は無理に降りなくともいい、その場で聞いてくれ」

「ハル、どうする」

「俺は……見たい。どんな奴なのか。どんなことを言うのか」

「分かった。肩を貸そう」

 ハルはシウに掴まりながら車を降りた。そこで初めて乗っていたのが馬車などではないことに気付いた。奇妙で大きな車輪が八つもあるがっしりとした鉄の車。

 光を背に、トキマサと名乗る男が立っていた。こざっぱりとした服を着こなし、右手に何かを持って口元にあてている。顔は若いがいくらか皺が刻まれ、逆光で分かりづらいが目の下に隈も見て取れる。しかしその双眸に熱いものを感じることもまた確かだった。

「簡潔に言おう。君達は規定の年齢に満たないものはここで保護を受け、衣食住と教育を保障される。規定を満たすものはそれに加えてここシオンで働くか、または別の場所に行くか、どちらかを選ぶ自由がある。シオンでは日々新しい技術が再現されている。この街の街灯ひかりや、今私の声を拡大している機器、そして君達を救った者達が使った武器がその証拠だ。我々はとにかく人手を必要としている。農業、工業、公務、軍……それぞれに適正のある仕事を必ず用意しよう。だが世界一の街での生活を望まないのであれば、ここを出ていくのも自由だ。手を挙げたまえ。軍が責任を持って送り出そう」

 広場はしんと静まり返った。当然、それに応じる者などいなかった。トキマサの発するが、少年達にもうつったかのようだった。

 一人の男が横からトキマサに駆け寄った。よく見るとそれはミヤイリだった。彼が耳打ちをすると、トキマサがこちらを向き目が合ったような気がして、ハルは疑問に思ったが、すぐに拡大された声にかき消された。

「それではここにいる者は全員私の提案に同意したものとみなす。ありがとう諸君。明日から君達はこの街で生活し、働くことになる。……かつて最も幸せな時代があった。そこに至る道も見つけた。あとは走るだけだ。を吸収しよう。物を作り続けよう。ここで再現された技術が、作られた物が、この街の外にも順次拡大し。そのために力を尽くそう!」

 熱い何かが、その場を完全に支配していた。トキマサの眼が燃えていた。

「我々は、最短で、神代しんだいに追いつく!」

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