2.

 落ちぶれた紳士そのものといった格好がジェイコブの普段着である。シャツの裾がだらしなくはみ出ていて、ネクタイは緩く結ばれている。頬ひげが大いに生い茂っている。


 姪が来るというので、別荘に逃げ込むことにした。まことに残念ながら折り悪く出かけていたということにしようと思っている。彼女が来るからには面倒事が舞い込むに違いないのだ。こういう場合は何だかんだと理由を付けて煙に巻くのが一番である。


「旦那様」

「うん?」


 書斎でまどろんでいたところ、メイドロボットに声をかけられた。

 本来メイド用のロボットではないが、無理にメイド服を着せてメイドロボットということにしている。女性型だが顔に切り傷がある。何で付いた傷かは知らない。元々何用のロボットだったのか、商人が何か言っていた気がするが憶えていない。


「姪御様がいらしました」

「え」


 跳ね起きた。


「叔父様。ごきげんよう」

「何故ここが……」

「彼女が教えてくれました」


 ジェイコブは自分のメイドロボットに目を向けた。


「出かけていることにしろと言ったな?」

「はい」

「どうして居場所をバラした?」

「姪御様がお尋ねでしたので」

「…………なるほど」


 会話をよそに姪はふらふらと歩き回り、本棚を眺めている。貴族のお嬢にはあまり見せたくない類の蔵書もあるので、椅子を示して座らせることにした。姪はしぶしぶ座ってくれた。


「ダメでしたか?」


 メイドロボットが問う。


「いや。ダメだと言っていなかった僕が悪い」

「はい」

「…………うん」


 彼女の理解力に期待し過ぎた。命令の意図ぐらい、今どきのロボットなら読み取ってくれるものだが、安かったから機能が低いのかも知れない。

 いずれにせよ、姪は来てしまったというわけだ。

 できるだけ早く帰ってほしいものである。


「で、何の御用かな」


 居直った盗人のような不遜な態度である。

 姪の方は氷の女王みたいな冷たい表情をしている。


「ロボット三原則の件です」

「またそれか」

「ファウラー家は撤廃反対派になりました。叔父様は?」

「であればジェイコブ・ファウラーも反対ということになる」

「そのはずです」

「反対に投じろって?」

「意思の確認です」

「ふん」


 ジェイコブは椅子の肘置きに何もかも委ねるように寄り掛かった。

 生真面目な姪は放蕩な叔父にも家の方針に従ってほしいのだろう。何しろ彼女の父親は早逝しているので今や彼女が貴族院議席を世襲している。叔父が撤廃運動に加担などすれば名誉に関わる。

 三原則などどうでもよいのだが、家の言いなりになって投票を行うのは業腹である。でも敢えて賛成票を投じるほどの気概は湧かない。


「投票には行かないよ」

「つまりどちらにも投じない?」

「うん。僕は政治に無関心なのだ」

「そうですか」


 姪は表情を変えない。昔はもう少し表情豊かだったと思う。どういうわけかいつからか感情表現が薄くなってしまった。

 目が合うと嫌な気持ちになるので、ジェイコブは帽子を顔に被せて寝ているフリをした。これ以上話しても無駄だと思ってほしいものだ。


「叔父様は、家に戻る気はないのですか?」


 姪が問う。ジェイコブは無視をした。


「ちょっとぐらい……手伝ってくれてもいいじゃないですか」


 姪が続ける。彼女は成人していたかいなかったか忘れたが、貴族の家を管理する立場としてはまだ若いと言っていい。貴族院議員としての仕事もある。当然大変だろう。

 ジェイコブの視界は帽子に遮られているので、姪の表情は見えない。たぶんいつも通り冷たい表情をしているはずである。であるが、何だかどことなく拗ねているような口ぶりではある。


「大変かね?」


 ジェイコブが問い返す。


「大変ですよ。もちろん」

「では辞めてしまえばいいのだ」


 そのように提案した。義務感にばかり追われていると頭がおかしくなってしまうものだ。彼なりの思いやりである。

 貴族の家に生まれたからって、貴族をやらなきゃいけないわけではない。せっかく受け継いだ遺産を存分に使って好きに暮らせばいいだけである。現に彼女の叔父はそうしている。


「……できるわけない」


 床に叩き付けるような声音である。今度は何か怒っているらしい。

 そのあととくに会話はない。歩き去る足音が聞こえてから充分に間を置いて、ジェイコブはこっそりと帽子を持ち上げた。姪はいなくなっている。よろしい。これにて我が世の平和が戻った。


「ふん。何にこだわっているんだ?」


 ジェイコブは虚空に問いかける。

 いなくなる前の姪の様子が脳裏に引っ掛かっている。

 

「すみません。聞き取れませんでした」


 メイドロボットが応じた。自分への質問と思ったのだろう。


「君に言ったんじゃないよ」

「わかりました」


 メイドロボットは姪を見送って戻ったところらしい。彼女から何か聞いただろうか。改めて問えばもしかしたら、ジェイコブの疑問に答えられるのかも知れない。


 いや、無理だろうな。所詮は安物のロボットである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る