ロボティクス・カロル
紺野 明(コンノ アキラ)
1.
その少女型ロボットを裸にしてみたところ、まるで痩せた子どもみたいにあばら骨が浮き出ていた。脚も悪いのか常にふらふらと揺れている。視覚機能も破損しているとのことで、まぶたを閉じている。
「これは何用のロボットなんだ?」
ジェイコブが尋ねた。
この家の主人であり、ロボット商人にとっては客の一人である。
「お掃除ロボットですよ」
「つまり、こういうデザインなのかな?」
「前の所有者に改造されています」
「ああ。なるほど」
商人の魂胆は明白である。またぞろ売れ残りのロボットを引き取らせに来たのだろう。前に持ってきたものも殆どの機能がイカレていた。直して使ってはいるが、家事の能力は極めて低い。
つまりはお掃除ロボットがあれば便利ではある。まったく偶然ではあるが、丁度欲しかったところだ。これも何かの縁であるから多少の傷には目をつむってもよい。
「買うよ」
「まいど!」
「脚と目は直してくれ」
追加費用を請求されるだろうが、当然ながら必要な費用は払うしかない。これだけ小さければ維持費はさしてかからないはずだ。ジェイコブは資産には余裕がある。
「今のままでも使えますよ」
「脚はともかく、目は困るだろう」
「ぶつかったら方向を変える機能があります」
「非効率じゃないか」
「そこが可愛いと評判です」
ジェイコブは彼女が自分にぶつかる様子を想像した。
意味は分かる。たしかに可愛い。
「ともあれ直してくれ」
「うけたまわります」
「よろしく頼む」
ロボットを裸のままにしていたことに気づき、ジェイコブは服を着せることにした。布に穴を開けただけみたいな簡素な服である。上からかぶせてやったところ、彼女は反応して両手を挙げた。そこからは自分でもぞもぞと動いて着ようとしている。
自分で着られるのなら別に手を貸す必要もなかろう。しかし足が慌ただしく動いて転びそうである。ジェイコブはいつでも受け止められるように近くで待った。心配は御無用だったようで、彼女は転ぶことなく服を着た。
「旦那さま。ありがとうございます」
「うん」
ロボットは感謝の言葉を発した。何に反応したのかは不明である。
「旦那」
「うん?」
ロボット商人に呼ばれた。彼は清算処理の途中である。
「実は折り入ってご相談が」
「相談? 僕に?」
「ええ。旦那の予想は当たるので」
友達のいないジェイコブは、政治情勢の雑談などをこの商人とすることがある。営業のために相手をしてくれているものと思っていたが、彼の方から持ち掛けてくるとは意外であった。
「あまりアテにされても困るが……」
「ロボット三原則の件でして」
「撤廃の話かな」
「ええ。まあ。我々としては一大事です」
ロボット三原則は、施行された最初のロボット関係法である。アシモフの『われはロボット』という物語に登場する文面がそのまま法となっている。元来はロボットにプログラムとして組み込むことを想定していたものだったが、運用上の困難から法律として成立した。条文は要約すれば、「第一条、人間を傷つけないこと。第二条、人間の命令に従うこと。第三条、自分の身を守ること」といったところである。
運用上の困難とはつまり、人間を明確に定義できないという点である。肉体を機械化する人間も増えている時代では、ロボットから見て人間か否かを判断できない場合もある。よってそのあたりは司法機関で人間が判断することになった。
というのは当時の話であり、現代のロボットには充分な判断能力がある。加えてロボット人権団体の啓蒙活動により、ロボットに同情的な人間も増えていると聞く。法律としての三原則は撤廃する方向で世論は動いている。
三原則撤廃の是非を問う国民投票が明日には行われる。
「されると思うよ。撤廃」
「やはりそうですか」
「されても大して変わらないと思う」
「へぇ?」
「ロボット契約法があるからね」
ロボット契約法はやたらと細かく条文が多いことでお馴染みである。ロボットと人間との契約についてはこちらの方がよほど詳しい。
第一条について言えばそもそも、ロボットが人間に危害を加えれば他の製造物同様、製造会社が罪を問われることになる。第二条についても、ロボットが使用者の命令に従うよう個々の契約で取り決めを行うのは当然である。第三条についても、自分の身を守る機能があるのは機械全般に言える話である。
あえて三原則を根拠にする理由はないのだ。
「だから、撤廃に反対する圧力団体が存在しない」
「言われてみればそうですな」
「反対しているのは一部のSFオタクと、貴族院ぐらいのものだ」
貴族院は貴族によって構成される議院である。選挙で国民に選ばれてはいない。ロボットの人権すら主張される世の中で、この国には未だに人間の身分制度が残っている。
大衆の顔色をうかがう必要のない貴族院には、冷静な意見を述べるという役割がある。三原則の撤廃反対は世論に反した意見ではあるが、役割には沿っているわけだ。
「すると、旦那も反対派ですか」
商人にそう尋ねられて、ジェイコブは少し顔をしかめた。
たしかに少なくとも彼は貴族の息子であり、貴族の弟である。親の遺産と兄のおこぼれのおかげで、マトモな職に就かず高等遊民のような生活をしている。
「僕は貴族ではないが……」
商人は曖昧に笑っている。顧客がなんで気を悪くしているのかは不明だが、これ以上藪をつつかない方針といったところだろう。正しい判断である。
「実際反対ではある。ロボットが殺意を持つとしたら、壊れかけの少女ロボットを奴隷にする中年男が最初だろうからね。恐ろしくて眠れなくなる」
「はは。それを言うなら奴隷商人が最初でしょう」
「ふっ」
二人は悪者の表情で笑った。
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