第42話 ほころび
人目のつかない住宅地で上田は様子を伺っていた。
聴力スキルを全開に使用し人の動きは誰一人逃さないように注意を払って行動しているが、今のところ大きな動きは感じられない。
残り少なくなったチームメイトで一番警戒しているのは黒沢だった。
どれだけ思い通りことを進められたとしても魅了スキルに惑わされて全て台無しになる可能性もある、なにより近寄られるだけで脳へのストレスがすごい、なんとかして黒沢を始末できないか。
どこかでチャンスを探っていた。
黒沢と寺田は動きこそないが、若井を殺して以降口喧嘩ばかりしている、マネージャーを魅了して殺そうとする作戦がどうしても寺田は気に入らないようでそこでの話がいつまで経ってもまとまらないようだ。
寺田のストーカー気質な性格の前では黒沢がどれだけで拒絶しても響かず話が進まない。
とはいえ、ひとりでいるのは危険だと黒沢自身も自覚していたため、戦力としては申し分のない寺田を完全に切る訳にはいかなかった。
このまま何も進まずにマネージャーに狙われて殺されるのを待つのは不本意だ。
ずっと口喧嘩を続けていて周りを気にする様子もない。
「いつまでつまらない話を続けてるんだよ……」
これだけ話が止まらないなら相性いいんじゃないか?
あきれ顔で話を盗み聞いていた上田は2人の元に近付き隙を探ることにした。
◆
「言っとくけどね、私はアンタのことなんて好きじゃないの! 利用してるだけだってわかってよ!」
「知ってるぞ、そう言って俺を振り回そうとしてるだけなんだよな、素直じゃないな! とにかく俺以外の相手を誘惑するなんて許さないからな!」
「話聞いてる? 素直じゃないとかじゃなくて利用してるだけなの、私の邪魔しないでよ!」
「俺がいないと困るって言ってたろ? わかってるって!」
黒沢と寺田はこんな不毛なやりとりを今日だけで何十回と繰り返していた。
ポジティブなのかわざとなのか黒沢がいくら寺田に自分の気持ちを伝えても無理やり好意的な解釈にねじ曲げられ思うように伝わらない、かと言ってここで切り離したら自分の身に危険が迫るため思い切ったこともできない、うまく立ち回れないジレンマに黒沢の感情は限界寸前だった。
ひとつだけわかっていることは寺田は黒沢のために命を捧げる気があるということ。
もしマネージャーが襲ってきて黒沢に命の危機が迫ったのなら迷わず寺田は黒沢のことを命をかけて守るだろう。
寺田もその気持ちに嘘偽りはなく、黒沢としてもそこは間違い無いと確信があった。
「とにかく、何かあったら私のために死んでもらうから……」
不毛な会話の最後は黒沢の言い捨てたこの言葉で終わる。
「もちろんだ」
自信満々に寺田は返事する、これもいつも通りの流れとなっていた。
会話が途切れた直後、黒沢が動きを止めた。
誰かを探すように周囲を見渡しうれしそうに口が緩んだ。
「耕助? こっちに来てるの?」
魅了スキルを使い続けることで黒沢は魅了した相手が近くに来たときに察知できるようになっていた。
はじめて感じた魅了した相手の気配だったが間違いなく上田であると直感で感じ取った。
「耕助……? 誰だよそいつ?」
寺田が露骨に不快そうな表情で黒沢に問いかける。
「上田耕助! なんで知らないのよ」
まったく悪びれる様子もなく黒沢は答えた。
上田と黒沢の関係を知らなかった寺田は軽く混乱状態になっていた。
ずっと名前で呼ばれることを拒否していた黒沢が名前で呼ぶ相手、普通の関係ではない……
だが上田は既婚者だ、そんな相手と愛する黒沢に何が特別な関係があるということがわからない。
人と接することが苦手で、交際経験のほとんどない寺田にとって不倫など、ドラマなどでしかありえない架空のものだと思っていた。
「香耶……上田と何があった………?」
骨格が歪むほど歯を食いしばり怒っている、これまで見たことのない表情を黒沢も感じ取っていた。
「別に……アンタには関係ないでしょ、あとずっと言ってるけど香夜って呼ばないで!」
それでも言葉を選ぼうとはしない、それだけ黒沢にとって寺田はそれくらいどうでもいい相手だった。
「関係ないことない! 俺の香耶に寄ってくる虫がいたら絶対に殺してやる!」
「はぁ? アンタなんて虫以下じゃない……耕助のこと殺したりしたら許さないから」
他の男と比較され寺田ははじめて動揺した。
寺田から見て上田はただの優男で自分の求める理想の男像からは遠く離れたお人好しなだけの人間だった、そんな奴のことを黒沢が慕っていることに納得がいかなかった。
「何が違うんだよあいつと俺で」
「全部」
「あいつ結婚してるんだぞ! そんな奴がいいのかよ!?」
「全然いい、耕助は優しいしカッコいいもん」
少しずつ寺田の自信が崩れてきていた。
上田は職場で男女問わず慕われている、寺田にはよくわからないが、女性好みの見た目なのかイケメンと言われることも耳にする、それでも寺田は黒沢だけは自分を見てくれていると信じたかった。
「俺は香耶のことを好きなんだ、他の男のことなんて口にするな!」
「バカみたい……アンタなんて私のことを守る壁でしかないの、これ以上絡んでこないでくれる?」
「なんで……なんでだよ……」
ちょっと前なら軽く流せていたことが流せなくなってきている、寺田の心は壊れはじめていた。
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