第23話 愛のままにわがままに

第2チームの拠点の蕎麦屋に残された沖田と丹澤はリーダーが外出し、不安のためか口数が減り、物音に過剰に敏感になっていた。


竹内達がいなくなり、数十分過ぎたところだったが、残された2人にはこの時間が何時間にも感じるほどの長い待機だった。


「いざとなれば丹澤さんのスキルで危険がわかっちゃうしな、逃げれば大丈夫だろ、ニヒヒヒヒ」


楽観的に話す沖田だったが表情に余裕は感じられない、自分に言い聞かせているようにもみえる。


残された不安か、スキルで感じ取った脅威によるものなのか、丹澤は過剰にソワソワしていた。


「なんだろう……怖い……何かが起こりそうな気がするんです……」


「もしかして、竹内さん達に何かあったんじゃ……そ、そんなことないか……」


じっと拠点に待機してるよりも、外で動き回っているほうが危険なことは間違いない、沖田は見えない恐怖に苦しめられることを嫌った。


「来る……」


丹澤の言葉の直後、蕎麦屋の扉が開きひょこりと黒沢が顔を出した。


「え……っ、黒沢さん?」


街中を歩いてるところに偶然通りかかったのだろうか?

予期せぬ来訪者に沖田と丹澤は目を丸くしていた。


そんな2人をよそに黒沢はひょうひょうとあたりを見渡す。


「あれ……いないんだ」


「いない?」


黒沢が第2チームと誰かを単独で探しに来るほどの仲いいものがいたのか? 沖田は不思議に感じた。


「ううん、なんでも無いんです、私のチーム大変な事になっちゃって……ひとりで不安で……」


料亭での件。

詳しい状況を知っているわけではないが、その中で品質評価チームの小島と山田が死んでいたことを竹内が確認している。


黒沢も巻き込まれていたことを沖田と丹澤は初めて理解した。


「やっぱりあれは若井さんが?」


「そう……なんです、こんなことになるなんて……」


黒沢の反応を丹澤はじっと確認していた。


「その後はチームのみんなはバラバラになっちゃったの?」


「はい……だから私ずっとひとりで……」


丹澤は黒沢の様子を見ながらしばらくの間黙り込んだ。



「丹澤ちゃんどうしちゃったの?」


いつもと様子が違う丹澤に沖田が心配し声をかけるが返事をしない。


「な……なんですか? 私何かしました?」


「上田さん?」


不意に呟いた丹澤の言葉に黒沢はビクッと体を震わせた。


「えっ…………? う、上田さんがどうかしたんですか……? 私なんのことだか……」


明らかに様子がおかしい、沖田は丹澤を守るような形で黒沢との間に入った。


「黒沢ちゃん、何か隠してる? 上田ちゃんを探しに来ただけなの?」


「もう! 違いますってぇ! やめてくださいよぉ」


普段から猫をかぶっている黒沢がここぞとばかりに鼻にかかる声で、その場をやり過ごそうと振舞っている中、丹澤は冷静に呟いた。



「そっか、上田さんのこと好きなんだ」


黒沢の動きが止まった。


ついさっきまでのあるふざけのような態度から一変し冷ややかな目で髪をかきあげながら丹澤を睨みつける。


「私じゃなくて、耕助が私のことを愛してるの」


歪んだ愛情だった。

魅了スキルで上田を誘惑し、求められたことで黒沢は上田に好意を持ってしまった。

ただ黒沢自身は魅了をし続けている故に上田が自分に近寄ってくると確信していた。


「耕助? 黒沢さんと上田さんってそんな関係だったの!?」


黒沢は微笑みながらまた髪をかきあげた。


「フフ、一方的に愛されてるだけだけどね」


「そうは見えないけど……」


丹澤の言葉に黒沢は苛立ち睨みつけた。



「ちょっとさ、それくらいにしとけって!」


女同士の火花の間に挟まれ、沖田は戸惑っていた。


「なんで私も悪い事になるのよ……」


ボソッと黒沢が呟いた。




「ねえ沖田さんどうする? 上田さんこのまま帰ってきたらまずいんじゃ……」


隙を見て丹澤が沖田に話しかけるが、沖田の返事がない。


「沖田さん?」


大きめの声で沖田を呼びかけるが丹澤に背を向けたまま反応がない。


「効いてきたみたいね」


黒沢は沖田の耳元まで近付き、耳打ちをした。



「沖田さんに何をしたの?」


丹澤の問いかけを黒沢はしたり顔で流した。


「ねえ沖田さん! 逃げよ、黒沢さん変だよ! ここを出ようよ!」


沖田は首をひねり丹澤に顔を向けた。


「ひっ!!!?」


沖田の目が、充血し、視点が合ってない。



次の瞬間、沖田は丹澤の腹に拳をねじ込んだ。


ゴキゴキゴキゴキと骨が砕ける音とともに、丹澤は倒れ込んだ。


小さな頃から現在に至るまで極真空手を続けていた沖田は筋力スキルにより更に破壊力のある攻撃を放てるようになった。


下腹部にその強力な一撃が直撃した丹澤は即死しなかっただけでも奇跡だったと言えるほどの惨状で全身の骨が砕け、内臓も破裂してしまっていた。


「シュー……シュー…… いたぃ…… いた い よぉ…………」



丹澤がもうろうとしながら苦しむ中、黒沢が近づいてきた。



「フフフ、いい力加減ね『殺さないでやって』って言ってみるものね」


「二……ヒヒヒ……」


沖田は目を血走らせ、身体中の血液が浮かび上がっていながら、無理やり普段の軽く嘘くさい笑い方を絞り出していた。


黒沢が丹澤の首に手を掛ける。


「こうしないと私にスキルが増えないのよね」


「シュ、シュー…………シュー……」


息が漏れるだけで声が出せず丹澤は抵抗すらできなかった。


黒沢の指先に力が入る。



「変に探ろうとするからこういう事になるの! 死んでから後悔して!」



時間はかからなかった。

丹澤はそのまま動かなくなったが、黒沢はそれでもしばらく丹澤の首を締め続けていた。





(あれ? 私、丹澤さんの首を絞めていたはずじゃ?)


黒沢は急に真っ白な空間に立っていた。


(ここは……確か前にも来た)


目の前に金色の大きな扉が現れた。


(やっぱりそうだ! 魅了スキルを覚えた時の扉、私丹澤さんを殺したから新しいスキルが貰えるんだ)


金色の扉が開き、眩しい光が入り込んでくる。



(さあ、早くちょうだい! 私にあたらしい力を!)


『毒』


黒沢は首をかしげる。


(毒? うーん……まぁ攻めにも守りにも使えるし、悪くはないのかな)



気付くと、息絶えた丹澤の首に手をかけたままの元の場所に戻っていた。


「こういう感じなんだ、ふ〜ん……」


新たなスキルを得た実感を感じていた。



「黒沢ちゃん、俺は?」


沖田が黒沢に問いかけ、悦に浸っていた黒沢は我に帰る。


「うーん、そうね沖田さんは強いからいいボディガードになるかも、耕助に会うまで私を守ってくれる?」


「ニヒヒ……もちろんだ」


死亡者

丹澤 春香

絞殺(黒沢 香耶)


残り12名

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