第24話 nobodyknows

第二チームが拠点としている蕎麦屋の北方向を竹内と上田は捜索していた。


丹澤の指示通り見回ってみたが予想通り何の情報も得られなかったようだ。


「誰もいないですね、探し足りないかな」


「ざっくりとした情報だしな、何か分かれば儲けもんくらいに思ったほうがいい」


「確かにそうですね……」


これだけ探して何もなければ丹澤にも言い訳がたつだろう、2人は特に示し合わすこともなく、蕎麦屋方向に戻り始めた。



蕎麦屋まであと少しのところまできて上田に異変が起きた。


「うっ……!」


頭を抑え苦しんでいる。


「どうした? 具合でも悪いのか?」



「違います……だ、大丈夫です……」


上田には心当たりがあった。

(これは黒沢さんのスキルのせいだ、近くに来てる……)


上田は魅了スキルの影響で黒沢に一定距離近くと理性が薄れて黒沢の指示通りにしか動けなくなってしまう。

知能スキルを持ち、鋭敏な知能となった上田にとって、理性を支配され思考を抑制されることは普通の者に比べて苦痛をもたらすものだった。


だがそれが逆に幸いし、ストレスが黒沢が近くにいることを感じさせるセンサーの役目を果たしていた。



蕎麦屋に近付くほどにストレスが強くなっていく、これは間違いない。


奴がいる。


上田は黒沢と会っていたことを、遡っては金子と密会していたことも誰にも伝えていなかった。




(黒沢さんが拠点にいるようなら何か起きてるかもしれない……嫌な予感がする、この距離からなら聞き取れるか……?)


上田は金子を殺したことにより新たなスキルとして聴力を手にしていた。


(拠点までの距離はおよそ200メートル、耳を済ませば聞き取れない距離ではないはず……)


ノイズ混じりに聞こえてきたのは沖田と黒沢の話し声だった。

丹澤の声が聞こえない、そして黒沢の口からは沖田に向け「耕助」と上田の名を出しているのが耳に入った。


(黒沢さんに拠点が襲われた……と思うのが妥当だよな、断片的にしか話は聞き取れないが、黒沢さんは俺のことを待ってる、このまま戻れば下手したら竹内さんも魅了スキルにやられてしまう、全滅しかねないぞ……

どうする……いっそ竹内さんに全て話すか……? だめだ、そうすると愛を殺したことまで伝えなくてはならなくなる……)


竹内に勘付かれずに、拠点に近づかない手段はないか……



「誰かがスキルを使って上田ちゃんを攻撃してきてるのかもな」


上田の状態を案じ竹内が周囲を警戒する。




「そうなのかも……すいません……」


(このまま俺が待機して竹内さんひとりで拠点に戻られるのもまずい……)



「俺には攻撃してこないみたいだな……蕎麦屋の2人は大丈夫なのか? 心配だな」


「ひとりで行くのは危険です、ちょっと待ってください、この攻撃? みたいなものが何か分かる気がするんです」


苦し紛れの時間稼ぎだった……

このままの場所に待機しているだけでも魅力スキルの誘惑に頭が侵されそうで脳がキリキリと痛みが襲ってきいる。


(これ以上近づくのは本当に危険だ……理性を奪われてしまうかもしれない、頼む黒沢さん、早く拠点から離れてくれ!)


「そうは言ってもあの2人に何かあったら困るしなぁ」


竹内はひとりで拠点に戻ろうと、進もうとし始めた。


「竹内さん……お願いします、このまま行って竹内さんまで巻き込まれたら、チームどころか、みんな死んでしまうかもしれないです、ここは待ってください」


魅力スキルに苦しめられてる事実もあり上田の表情には説得力があった。


「そっか……なら少し待ってるか」


(伝わった……よし! このまま拠点に帰らないで済む理由は何かないか……、あっ!!)


集中していた上田の耳にある音が聞こえてきた。



(近くからドスドスと大きな足音を立てて歩いてる奴がいる、かなりの巨漢だ、そんな者はうちの部署にいない、ってことはここで食べて太った者、恐らく若井さん。

この事態を若井さんに押し付けることができれば……)


若井のいる位置は拠点から離れた場所だった、そちらに向かっていけば魅了スキルの影響下から外れることもできる。


「この攻撃、若井さんの新しいスキルじゃ……」


「若井さんの?」


「恐らくですけど、近くに若井さんがいるような気配がします」


上田は若井と思われる足音のする方向を眺めた。


竹内はそんな上田の表情を観察するようにじっと見ていた。


「上田ちゃん……」


名前を呼ばれただけだったが、上田は何かゾクっとする感覚がした。


「詳しいことは全然わからないけど、何か隠してるだろ?」


竹内は何かを感じ取っていた。

上田の振る舞いの違和感や、いつもと違う様子に。


「……信じて貰えないかもしれませんが、若井さんがいると感じてるのは事実です」


言い訳や取り繕うと返って怪しまれる、上田は今自分の感じている事実を強調する方法にでた。


「いや、別に疑ってるわけじゃないんだ、言いたくないことがあるなら無理に聴く気もない。

俺はこの部署の人を誰も死なせたくないだけだから、誰かが危険な目にあうのは防ぎたいだけなんだ」



上田は竹内のこういう部分に恐怖を感じていた。

言葉に偽りはないのだろうが、それ以上に見透かされている部分を敢えて隠して話をされているような、それを問いただしたところではぐらかされるだけだろうが奥の見えない不気味さに。

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