第20話 迷い人オーバーラン


はぁ……はぁ……



よし、この場所なら誰も来ないか?


ダメだ油断できない……



あっちに行けば安全か……?

いや……向こうは向こうで妙な臭いがする……危険だ。



フナバシステムのオフィスから数百メートル北上した住宅地で大島は警戒しながら行動していた。



箕輪とともに会議室に最後まで残っていた大島はやる気がなさそうにひとりで外へ出て行ったが、本心では誰も信用できず誰ともつるんで行動ができなかったため、不安で心は押しつぶされそうになっていた。


同情されたくないプライドからか常に余裕を見せようと力の抜けた話し方をとっているせいで、やる気なく見られてしまうことも多く誤解している者も多い、むしろ大島のことを正しく理解できているものは職場内に存在ないのかもしれない。



味方が欲しい……でも誰も信用できない……




「んっ……?」


大島は立ち止り鼻をヒクヒクと動かし周囲を探りだした。



嗅覚スキルを持つ大島は動物以上に鼻が効くようになり、遠くにいる人の気配が嗅ぎ分けられるようになっていた。


距離にしておよそ10メートル、常に警戒しながら歩く大島は誰よりも先に相手の存在に気付くことができるため、不用意な接触をさせることができた。



(誰か近くにいる……この匂いは多分若井さんだ……いるのはおそらく別の通り道、まだ見つかっていないはず)


料亭の火災の件を隠れて覗いていたため、若井の危険性は理解していた大島は近づいてくる若井を極度に恐れていた。


(バレたら間違いなく殺される……若井さんのいない場所までいかないとまずい!)


足音を立てないように、限りなく速足で。


(ずいぶん歩いたはず……ここまでくればもう大丈夫なはず)


若井の進行方向とは別の方向に2、300メートルは進んでいた、大島の顔から汗がしたたり落ちる。


(ウソだろ……着いてきている……)


若井の匂いが離れていかない、立ち止まった大島の元に大島の匂いは徐々に近づいてきている。


目の前に迫る死の恐怖にパニックになっていた。

自分のスキルで若井に太刀打ちなんてとてもではないが敵わない、生き延びるには逃げるしかない。


次第に足音を気にして歩く余裕もなくなっていた、大急ぎで匂いから距離を離れようとするが、匂いが無くならない。



(助けて……誰か、誰でもいいから助けて……)


神に祈るような気持ちだった。


ある種諦めるかのようにしゃがみこみ身を縮め出した。





「大島、落ち着け! 諦めるな」


どこからか声が聞こえた……聞き覚えのある声だった。


諦めるなと言われても、どこまで行っても若井は近づいて来る、体力も限界だった。



「そこは危ない、駅方向に向かっていくんだ」


逃げ回った今の大島のいる場所は武蔵丸子の隣駅、蒲崎の近くまで来ていた。


声を信じて蒲崎駅まで行こうとしたが、すこし進んだところで見えない壁に遮られてしまった。


すでにゲームエリアの境目で進行を遮られてしまったようだ。


「なんでだよ……なんで先に進めないんだ」


「慌てるな、落ち着いて確認してみろ!」


大丈夫……


聞き覚えの声に励まされ、大島は恐る恐る匂いを探る。



(若井の動きが止まった……)



慌てていて自分のいる場所もわからなくなるほど動揺していたが、少し落ち着いてようやく今いる場所を認識できた。



若井は街の中華料理屋に入っていった、どうやら食料を求めて探し歩いているだけだったようだ。



力が抜け、その場に座り込み大きく息を吐き出した。


「死ぬかと思った……」


目が潤んでいた、身体中の力が緩み立てそうにない。



(そういえばさっきの声……)


大島を励ましてきた者、聞き覚えのある声だった。


(匂いもそうだ、間違いない!)



「そこにいるんですよね、井上マネージャー!」


姿は見えないが間違いない、大島は確信していた。



一番信頼のできる相手が来てくれた。


井上は見た目はヤンキー漫画のようなリーゼントに派手目のワイシャツとツッパった服装をし、客先などの用がないときは室内でもサングラスをかけ一見では近寄り難い雰囲気を醸し出しているが、話し口は優しく、誰が相手でも立場の枠を超えて正対して目をしっかりと見て話を聞く。


仕事に対するやる気と情熱も誰よりも高く「マネージャーは趣味が仕事だ、そんなだから結婚できない」等と金子を中心とした社員達にもからかわれる程の仕事人間で、それを言われても笑って受け入れ、あえてみんなにいじらせていい雰囲気を演習する、和を大切にするリーダーでありムードメイカーでもあった。


竹内や小島も影響を受け、似せている部分があるほど、自社開発部においては大きな存在感のある人間で大島もその井上の影響を受けているひとりだった。


(マネージャーならこの状況をなんとかしてくれる!)


大島は疲れも忘れ、井上に近寄ろうと歩き出した。


「来るな!」


井上らしくない迫真な声で浮かれる大島を遮った。


「どうしたんですか? もう嫌だなぁ井上さん、人が悪いなぁ」


命の危機を乗り越えたばかりの大島は浮かれていたため、井上の本気の制止を真に受けることができなかった。



「いたいた、井上さ……」


角の先にいた井上を大島が覗き込んだ時に、とてつもなく大きな力が大島に降りかかってきた。


巨大な鉄球がかなりの高さから落ちたような破壊音にも近い音が鳴り響いた。



誰が見てもわかるほど、逆に原型をまるで留めてないほどの即死で、一瞬で骨すら粉々に粉砕になり平らに潰されミンチになった大島が地面にこびりついていた。



見た目だけでは大島と認識することはまず不可能な肉片を見て、井上は顔を曇らせた。


「来るなって言ったじゃないか……ごめんな大島……」



死亡者

大島 伸明

圧殺(井上 洋一)


残り14名

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