第16話 副島くんは譲らない

完全に酒が抜けてしまった。


若井はもう仲間とは思えない、あいつも俺らのこと仲間とは思ってないだろうけど……


若井を倒すことなんて誰もできないんじゃないか?

あまりにも強すぎる、絶対に関わったらいけない相手だ……若井の動きだけは細かくチェックしておこう。


あの後から若井は近くの喫茶店へ入っていって調理場にある食材をむさぼっている。

自分がこのゲームをクリアするなんて宣言してはいたけど、基本は食欲が優先みたいだ、その分強くなってしまうんで危険ではあるけど。




やっぱりみんなの動向なんて見なきゃよかった……

見るたびにチームメンバーが死んでいくのを見なきゃいけないような気がしてしまう。



もう嫌だ……寝よう……












ゲームに参加している者だけが存在する空間での夜は驚くほど暗く静かだった。


どこまでも音が響きそうで、まとわりつく暗闇は不安を倍増させた。



誰も信用することはできない、生き残るためにはいずれ仲間を殺さなくてはいけなくなるのかもしれない……




覚めることのない悪夢に徐々に心が蝕まれつつある者が出始めていた。









静かな夜が終わりを告げ、朝日が差し込み始めた。


動物もいないこの場所では鳥のさえずりなどの朝らしい旋律は聞こえてこない。

無機質に光が差し込み、若干の風の対流する音が響き渡る程度の物悲しい1日の始まりだ。



まだ精力的に活動をするような時間ではない、気が抜けない状態とはいえ、各々がなんらかの手段で身を休めている中、すでに活動をしている2人組がいた。



「こんな時だからこそ情報が必要なんです、今は休んでる場合じゃない」


第1チームの副島が朝とは思えないほどハキハキとしゃべる。


それを聞かされている、同チームに所属する河合は目にクマを作り受け流すように返事をしていた。


このゲームが始まってかれこれ20時間近くはたっただろうか、副島の張り切りに付き合わされこの2人は一睡も、むしろ一度も休むことなくゲームエリアの事を調べていた。


飲食店以外の家屋は開けることができないことや、エリア外には見えない壁に遮られ進むことはできないことは前日の時点で第2チームが調べていたがそれを知らない副島はより詳細に隈なく調べようとしていた。


どこか空いている民家はないか、見えない壁に抜け道はないか、一つずつを丁寧に回っていくため時間がかかる、それに付き合わされる河合の体力はすでに限界を越えていた。



「副島さん、もうそろそろ休みませんか?」


食事すら取っていない、真面目な副島は人がいないコンビニなどに置かれている食料を勝手に食べる事を許さなかった。


「不思議な場所だ、でも絶対に脱出するためのロジックがあるはずなんです」


無視されたのか、自分の世界に入り込みすぎて河合の言葉が届かなかったのかは不明だが副島はこの状況を楽しんでいるように河合には思えた。



河合の気持ちもつゆ知らず、副島の探索は続いていった。


副島の求めるロジックとやらは一体なんなのだろうか、河合はすでに自分は死んで地獄の罰を受けているのではないかと思い始めていた。


「ファントムはどこに行ったと思いますか?」


副島が急に河合に問いかけた。


「さぁ、言うだけ言っていなくなっちゃいましたけど、どこいったんでしょうね」


「あの人がこの空間から出たとしたら出口がどこかにあるはずです、逆にいるとするなら隠れる場所があるはず」


なるほど……必要に民家の扉を開いたり、ゲームエリアの見えない壁を細かく調べていたのはそう言う事だったのか。

河合はようやく副島のやっていることの意味がわかった。


「なぜそれをしているとはじめに言ってくれなかったんですか?」


副島は眼鏡をクイっと指で持ち上げ自信あり気に答える。


「フフ、河合さんのことを信用してなかったわけではないんですが、いきなり言っていいものかと悩んでいたのでこのタイミングになってしまいました、ここまで付き合ってくれたんですから一緒にこの空間から抜け出しましょう!」


こんな意味不明な空間に放り込まれて、当てもなく副島のやることに付き合わされていた河合はファントムを見つければいいという目標が見えたことで少しやる気を取り戻していた。


殺し合いに参加する気なんてない、この2人はあえて示し合わせてもいないがその事は共通していた。

それ以外にこのゲームから脱出する方法、ファントムがその糸口になる可能性は大いにあるはずだ。


「絶対に見つけましょう!」


乗り気になってきた、河合の姿を見て副島は嬉しそうに頷いた。



モチベーションが上がり、2人の探索に熱が入ってきたものの、結果は変わらず何の情報も得られることのないまま時間が過ぎていった。



「まさかですけど、仲間同士で殺し合いをしている者なんて出てきてないですよね」


副島がボソリと呟く。


「いやまさか、若井さんの昨日のあれも事故だろうしそれ以外に人殺しをしようとする人なんて……」


いくら探しても成果のでないことで不安がよぎるようになってきていた。


副島と河合が熱心に捜索をしているのは、武蔵丸子駅を北上し多摩川に突き当たる手前あたりの住宅密集エリアだった。


迷路のように住宅が立ち並ぶこの場所は仕事で通っている者でもひとつ道を誤れば出れなくなるほど入り組んでいる。

隠れるとしたらここ、副島はそう確信して重点的に捜索を行っていた。



何度も同じ道を通り、隈なく捜索を続けるうちにこの道を見慣れてきたはずの2人の前に倒れた人影が見えた。



昨日までに何度も通ったはずの場所のはず、それまでは誰もいなかったのに……


「確かここを最後に通ったのは真夜中のときだったはずですが」


「見落とすような位置じゃないですよね」


道路のど真ん中で倒れている、前に通った時は確実にいない者だった。


倒れた者の下は血の海になっている。


「これってもしかして……」


死体……この倒れている者は誰かに殺された。



自分の職場の者ではないような……この空間には、別の参加者もいるのだろうか?


嫌な予感がよぎりながら倒れている者に近づいていく中、河合が思い出し気がついた。


「こいつ、ファントムだ……」

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