第15話 燃えて花散る儚き二輪
這いつくばって外まで逃げてきた若井は刃渡り30センチくらいはある包丁を隠し持っていた。
気を許してしまった小島の腹に向けられたその刃は胴を抜け背中から飛び出した。
「逃げろ、みんな」
腹を刺され大きい声が出せなくなっていた小島が振り絞るように指示をだす。
「包丁が刺さったままでチームメイトを気にするなんて流石リーダー! ご立派ですねぇ」
若井が立ち上がっている。
焼けただれていたはずの体には傷が一つ残らず消え、過剰に付いていた脂肪もほぼなくなり、筋肉で覆われていた。
炎に煽られ、服は全て焼け落ち全裸になっていた。
この場には大勢の女性もいるにもかかわらず若井はそれを気にするそぶりは見せなかった。
小島はその場でうずくまっていた、腹に穴が空き口の中は血で充満し息もまともにできなくなっていた。
若井は苦しそうにうずくまる小島を勝ち誇ったように見下ろしていた。
「苦しいだろ? 僕は死にたくありませんって言ってみろよハーハッハッハ!」
ゲスな発言に品質評価チームの面々は不快感を覚えながらも後ずさりしながら見ていることしかできなかった。
一名を除いては……
若井の体が発火し、全身が炎に包まれた。
突然の炎に若井は叫び声をあげる、その先で山田が手をかざしていていた。
「どこまで最低な奴なの……」
汚物を見るような目で炎の中の若井を睨みつけている。
単純なダメージだけなら火のついた料亭の中にいるよりも直接火で包まれる今の方が高いだろう。
しかし、若井は炎に包まれ、屈み込んではいるが苦しむようなそぶりが見えない、むしろ少しずつ山田に近付いて来ているようだった。
山田は若井の様子をうかがっていた。
初めて人に向けて使ったスキルでそれを受けたものがどのような反応になるのかを山田も理解していなかった。
確実に炎には飲まれている、若井が何かしてくるようには見えない。
山田はそう誤認してしまっていたため、至近距離まで若井が来ても警戒をしていなかった。
油断する山田の至近距離まで若井は近づいていた。
炎の中から手が伸び、山田の襟を掴んできた。
偶然か? 全身はまだ炎に包まれている、伸びて来た手が藁をも掴むような気持ちで掴んできただけかもしれない……
予想外の事態にも山田は冷静に徹していたが手を払いのけようとしたときだった。
予想してない強い力で襟を引っ張られ山田は地面に倒れこんだ。
「……っう……」
若井はまだ炎の中でこちらを狙ってきている。
地面に叩きつけられ頭を打ち、意識が朦朧とする中、慌てて体勢を立て直す。
「案外いい胸してるじゃないか」
服の前側が引きちぎられ胸がさらけ出してしまっていた。
「きゃあ!」
慌ててさらけ出ていた素肌を隠し立ち上がろうとしたとき、目の前に若井が立ちふさがった。
包み込んでいた炎は消えていた、全裸姿の若井を見て山田は顔をそらす。
「そそるなぁ! そんな生娘のような声を出されたら興奮しちゃうじゃないか!」
若井はムクムクと起き上がり、よだれを垂らしだした。
もはや側からの視線なんて何も気にしてないようだ、欲望のままに動いている。
「なんで効かないの……」
炎は確実に若井を捉えていた、それにもかかわらず効いていないのは食欲スキルだけでは説明がつかないはず。
「ファントムが言ってたろ? ここにいる仲間を殺せばスキルが手に入るって」
会議室にいきなり現れたファントムが去り際に投げ捨てるように言っていた言葉だ。
若井は渡辺を殺している、それによって食欲スキル以外にもう一つスキルを手に入れていた。
「そのもう一つのスキルで私のスキルから身を守っ……」
話終わる前に若井に抱きかかえられた。
「そんなことどうでもいいんだよ!」
興奮したような声で若井は山田を抱えたまま、未だ燃える料亭の中に飛び込んでいった。
残された者達は唖然としていた。
「ちょっと! やめて! 何するのよ!」
燃え広がる炎の中から山田叫び声が聞こえる。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 誰か、誰か! 助けてぇぇぇぇぇぇ!!」
「ハーハッハッハッハ! そうそうそういう声がいいんだよ!」
「イヤっ! やめて、やめてよ! ねえお願い、助けてぇぇぇぇ!」
「だぁーいじょうぶだよ、痛くしたりはしねぇからよ」
「やだ! それだけはやめて、やめてぇぇぇぇ、いやぁぁぁ、いやだぁぁぁぁぁぁ」
燃え続ける料亭の中で山田の悲鳴は数十分間は続いていたが、次第に声はかすれていき、やがて聞こえなくなった。
『食欲スキル』
言葉通り食欲に関わるスキルで、保持した者の食欲を増加させる。
食事を取ることにより、エネルギーを溜め込むことができ、必要な時にエネルギーを使用できるようになる。
突然若井が小島よりも強い力を得たのは、過剰に溜め込んだエネルギーを小島に勝ちたい一心で全て筋力に費やした為であった。
欲望に直結するスキルのため、自尊心が強く、欲深い若井との相性は良く、ここまでの力を発揮するに至ったのであった。
またこのスキルの副作用的なもので若井の欲はさらに増加させられていた、食欲だけでなく、地位欲、性欲なども増幅したせいで羞恥心をこえた異常な行動がでるようになってしまったのだった。
また、若井は第2のスキルとして『治癒スキル』を手に入れていた。
燃え盛る炎の中、無事でいたのは治癒スキルによるものであった。
このスキルも治療にエネルギーを使用するが、食欲スキルで貯めたエネルギーを流用すれば即死さえさなければほぼ回復することができてしまう。
この二つのスキルを用いて、若井はこのゲームを攻略することに決めたのだった。
しばらくして、若井が一人で燃える料亭から出てきた頃には、残された品質評価チームの者達は逃げていなくなっていた。
料亭の側には冷たくなった小島が横たわっている。
「てめぇらのために命を張ったリーダーを置き去りかよ」
小島を燃える料亭の中に乱暴に投げ込み料亭に背を向け、空に向かって叫びだした。
「お前ら! 全員俺のスキルの糧にしてやるからな! このゲームが俺がクリアする!」
この宣言を誰が耳にしていたからは不明だが、この一連の騒動で残された品質評価チームの者達に与えた影響は絶大だった。
死亡者
小島 豪
刺殺(若井 祐希)
山田 瑠璃
絞殺(若井 祐希)
残り15名
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