第14話 紅にそまったこの俺を慰める奴はいない

燃え広がる料亭を前に山田は不安そうに小島と若井の身をを案じていた。


「小島さん、本当にこれでよかったんですか……?」


山田の握りしめた拳の隙間から煙混じりの火がくすぶっている。


火スキル、これを手に入れた山田は小島の合図で料亭に火をつけるよう言い渡されていた。


料亭を飲み込んだ炎は今もなお煌々と燃え続け、陽が落ちたにもかかわらずあたりは昼間のように明るく照らされている。


いくら防御スキルとはいえ、この中で生きていられるわけがない……


こんな作戦乗り気ではなかった、初めは断っていたはずなのに作戦を依頼してきた小島の顔はあまりにも迫真だった。

憎まれ口の多い小島だが、チームをさらには部署を守る気持ちは本気で命懸けで会社を守ろうとしたのだろう。


合図を出したということは若井とは話ができない、もしくはこじれてしまっということ……



燃える建物が崩れ始めた。


山田は手を合わせて、祈りながら料亭から出てくるのを待っていた。


「小島さん、ここまで本気だったんだ……」


燃え盛る料亭を眺めながら黒沢が呟いた。


「小島さんは何も嘘をついていませんでした、いざとなったら若井さんと火をつけた料亭の中で留まるつもりだったみたいです」


菅原の読心術スキル、菅原は小島の本音をわかっていたが、使い慣れないスキルで察した小島の本音を周りに伝えることを躊躇し、言えずにいた。



「あれ……ちょっと待って、あそこ」


杉原が炎の中を凝視し、一点を指差した。


炎の中から影が見えた。



徐々に影が大きくなり杉原達のいる方向へ向かってくる。


その場にいた、品質評価チームの者達顔から笑みが浮れた。



「小島さん!」



炎の中から出てきたのは、身体中に灰や火傷のような焦げがついた小島だった。


「ぶへえぇぇぇぇ!」


わざとらしく大きく息を吐き出した。


「あ〜しんどかった、防御スキル様々だ……」


「よかった……どうなるかと思った……」


杉原の目が潤んでいる、女性が殆どのこのチーム内で数少ない男だが、杉原は誰よりも涙もろい。


「若井さん暴れなかったんですか?」


そんな杉原とは対照的に山田は冷静に小島に尋ねる。


「暴れた暴れた、料亭が燃えてからはジタバタよ、まぁラグビーで鍛えた俺のボディで押さえつけてやったけどね」


一瞬若井は小島を吹き飛ばすほどの力を発揮したが、火を見て慌てて外に出ようとする若井を転ばせ倒れ込ませ、炎の中に押さえつけていた。

単純な力の差なら若井の方が上だったが、咄嗟の時の精神状態の差で小島は若井を抑え込むことができたのだった。



「若井さん、説得できなかったんですね」


菅原の問いに小島の表情が強張った。


「これでよかったんですよね……」


ほんの数時間前まで同じ職場で一緒に働いていた者を手にかけてしまったことに何も感じない者はいなかった。


「このまま放っておいたら全員犠牲になってしまったかもしれない……俺達の知っている若井さんは俺が会った時点でもういなかった」


小島は自分に言い聞かせるように呟いた。


未だ料亭を飲み込んだ炎は収まることなくあたりを照らし続けていた。


「骨くらいは埋めてやるか……」


この火が収まるのにはどれくらいかかるのだろうか。


複雑な気持ちを表すように炎は延々と燃え続く。


「あの……」


中村が小さな声でボソリと言った。


「あの火の奥に何か見えませんか……?」




全員の背筋が凍るように冷たくなった。


まさか……生きてるのか……?



「あ……あああぁ……」


杉原が初めに視認してしまった。



炎の中なか這いつくばり身を引きづりながらこちらに向かってくる影がある。


「うぅ……ううぅ……」


苦しそうに呻きながら必死にこちらに向かってくる者がいる。




火にあぶられ皮膚がただれ、只でさえ脂肪がまとわりつき、人間と認識するのも難しいほどのただれた肉の塊が近づいてきている。


「……うぅぅ……うぁぁぁ……」



意識してこちらに近づいてきているようには見えない、火から逃げるために必死になって這いつくばってきたのだろう。


ただれて一部は焼け焦げ、肉が削げ落ちそうになっている腕を必死に前に伸ばして若井は前に進もうとする。


その先には小島が立っていた。


若井が伸ばした指の先が小島の足に触れる。



「もういい……若井さん、よく頑張ったよ……」


胸に来るものがあった、必死に生きようとする仲間をこのまま生き絶えるまで見ていることに。



若井が伸ばしていた手が地面に落ち動きを止めた。



小島は口を噛み締め、しゃがみこみ若井の顔を覗き込んだ。



「こうなってしまったのは若井さんだけのせいじゃない、みんな少しでも若井さんのことを理解しようとするべきだったんだ」



崩れ始めている若井の体を小島は抱きしめようとしたときだった。



「ダメ! 小島さん離れて!」



菅原が叫び声を上げた。




「えっ?」


手遅れだった、小島の背中から刃物が突き抜けた。




「ヒヒヒヒ……油断したな、やっと刺さった……」


若井が顔を上げ小島を見て笑みを浮かべた。

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