第12話 突撃! 若井の晩御飯

ういぃぃ〜……あああ結構飲んだなぁ……


って言っても缶ビール3本程度だけど。

少ない量でヘロヘロになれる俺は省エネないい酒飲みだ。


腹がいっぱいでツマミも入らないし、もう酒は満足だ、さてと……外は日が暮れてきてるみたいだけど、外の様子はどうなってるのかな。


金子が殺されてから見るのやめちゃったからなぁ……

黒沢は何してるんだろうな、まさか黒沢も上田にやられてないだろうな……



黒沢をイメージすると、壁に映像が映し出された。


よかった、まだ生きてるみたいだ……

ん? なんか品質評価チームで集まっているみたいだけど何かやってるのか?



小島がひとりで駅前にある料亭の前に立っている、それ以外のチーム員は小学校の屋上にいるみたいだ。



小島が小学校方向に目を向けた、この位置からでは小学校はかなり小さくしか見えない、屋上にぼんやり見える豆粒にも満たない杉原が腕で丸の様なサインをだしている。

杉原を確認して料亭の入口の前に立った。


妙な緊張感だ、ただ飯を食いに来ただけでこんなピリピリした空気にはならないよな……考えられるとしたら若井。


小島一人で話をするつもりか? 大丈夫かよ。



勢いよく料亭の引き戸を開いた。

料亭の中は電気もついてなく陽も落ちて視界が悪く若井が見当たらない。


この料亭は部内の飲み会やランチでも使っている、宴会好きな小島も個々の間取りは把握してるはず。


暗い店内を覗いた感じでは若井は見当たらない。


小島は大きく息を吸い込んだ。


「おーい若井さんいるんだろ!?」


うるせ……っ、バカでっかい声だ……

デバッグルーム内でも音が反響するほどで店の外にまで響き渡るようなボリュームだったが若井からの反応はなかった。


やはりカウンターや座席には誰もいないようだ、一席ずつ近づいて確認していったが、誰も見あたらない。


小島が調理場の方を見つめている、そっちの方で音がすることに気付いたみたいだ。

尻込みすることなく音の方へ進む途中で小島の足が止まった。


何かを確認するように顔を突き出しじっくりと一点を確認している、その先にいるのは若井だ。


「若井さんか……?」



一見では判断がつかなくなるほど体の膨れ上がった若井が、調理場であぐらをかき鍋や窯を抱えながら料理を貪り食っている。


服もはち切れほとんど全裸に近い状態だ、この姿を見ただけで逃げ出してもいいくらい異様な変わりようだ。



「若井さん!」


何度呼びかけても、若井は反応せず食事を続けている。


「おい! 返事をしろよ!」


抱えている鍋を取り上げこちらを自分に振り向かせた。

顔にも肉が付き人相も元の姿からは程遠くなった若井はふてぶてしく体をだらけさせた。


「ずいぶんな態度だな、お前自分が何をしたかわかっているのか!」


小島は威嚇するように顔を寄せ付けた。


ゲェェェェェ!


汚ね……こいつ、小島の顔に向けてゲップをしやがった……しかもこんな下品なゲップ聞いたことねぇ……

若井ってこんなやつだったか?

見た目の変化と共に性格まで変化してしまったか。


余りの態度に小島は顔をしかめたが、かえって冷静になったようで押さえつけようとしていた手を離し話しかけた。


「若井さん、こんなところで何をしているんだ、ルール違反だぞ」


ルール違反……小島がよく使う言葉だ、何かを注意するときに使っている口癖なんだろうけど、小島に言われると腹立つって言ってる人も多い。


「人の食事を邪魔するのはルール違反じゃないのかよ」


はじめて若井が口を開いた。

理性が残ってんだ……あまりに変わってしまっていて喋れないんじゃないかって思ってしまっていた。


「わかっているだろ? 若井さんがもっと重大なことを起こしてるからそれを伝えに来たんだ、食事なんてしてる場合じゃないだろ」


「腹が減るんだよ……食べても食べても腹が減っていくんだ」


若井がまだ食べ足りないといいたげに腹に手を当てている。


「だとしても今はメシを食べてる場合じゃない、犯罪を犯してしまったんだぞ、ちゃんと自分と向き合うんだ」


「犯罪? 警察でもくるのか? ずいぶん経ったけど誰も来ないじゃないか、俺はわかったんだよこれは夢だ、長い夢なんだよ」


気持ちは分からなくはないけど、今の若井を見てても現実逃避としか思えない、もう開き直るしかないんだ、きっと……


「これは夢なんかじゃない、何らかの形でみんなで一斉に変な環境に置かれてしまってるんだ、まだ間に合う、みんなでここを出る方法を考えるんだ」


若井は何かを返事をしようとしたが黙ったまま重そうに体を持ち上げ歩きだした。


調理場の流しに置かれていた刺身包丁を手に取り、小島に向けた。


こいつ、ついに小島に刃物を向けてきた、勢いでやってしまった渡辺の時とは違って今度ははっきりと敵意を表している。



「もうどうでもいいんだ、どうせ夢なんだし……俺は好きなようにやる」


若井の腹の虫が大きく唸りをあげている。



「夢じゃない! 現実なんだ、今いるこの現実をみろ!」


「人間って旨いのかな……」


ダメだ、話が噛み合わなくなってきてる。

包丁を向けられても物怖じせずに話ができるなんて、結構度胸あったんだな小島って……


あっ!


突然だった、なんの予告もなく小島に向けられた包丁は小島の腹に向かい突き刺さった。


「おぅ!」


あれ、刺されたにしては小島の声が軽いような……

でも大丈夫か? 誰か近くに助けに行けるやつはいないのか……


腹部を刺されくの字に体を曲げた小島が刺された場所を抑えながら体を起こす。


若井が目を見開きめちゃくちゃ驚いている。

包丁が全く刺さっていない、着ていたスーツは切れているが、皮膚にかすり傷すら付けられていなかった。


「俺は防御スキルだからな、その程度じゃ俺は殺せないぞ!」

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