第63話 お礼


 なにか皇女様にちゃんとした贈り物をしたい。

 最近の僕はそれをずっと考えている。皇女様にはいつも助けてもらってるし。迷惑もかけてる気がするし。ちょっと前にはたくさんのお菓子を家へ送ってもらったし。お礼をしたいと思うのは当然のことだ。

 あと、少しだけプレゼントで好かれたいという下心もある。けどやっぱりプレゼントで喜ばせたいって気持ちなんだから、別によこしまなことはない。喜んでる皇女様が見たい。……やっぱ下心かも。

 ともかく、僕は一般科目の授業中、なにかいいアイディアはないものかと考えていた。

 本当は授業は真面目に受けたいが。度々入る遠足のせいで、授業はどう足掻いてももう追い付けなくなっている。それでも真剣に聞けば、なにか少しは理解できるかもしれないと頑張ってはみたのだ。でもすっかり授業を無駄と判じた頭の奴が、入ってくる授業内容を片っ端から理解する間もなく切って捨ててしまうようになったから、そうなると耳に入る言葉の意味さえ僕にはよく分からない。

 せめて板書をノートに写そうとしたけど、それも意味のない線の塊にしか見えなくなっていた。頭に理解を放棄されるとそんな感じだ。無理矢理写そうとぐじゃぐじゃやっていたら、手を動かすのが面倒臭くなった体にも仕事を拒否られて、もう僕にできることはない。だから真面目に授業を受けてなくても許して欲しい。

 まあ、それも悪いことばっかりではない。頭がクラスメートの雑談も無駄と切って捨ててくれてるから、どれほど陰口を叩かれても僕にはさっぱり分からなくなった。なんとも気軽だ。

 もはや認識できない教室のことはともかく。皇女様のプレゼントだ。

 僕の用意できそうなもの、というのがそもそもあんまりなくて、すぐに行き止まってしまう。逆に皇女様がもらって喜ぶもの、と考えてもなかなか難しい。だいたい彼女は物持ちだ。なまなかな物では特に珍しくもないに違いない。

 女の子ってなにをもらって喜ぶんだろう。分からない。じゃあ自分がもらって嬉しいものは。僕はむぎゅーって抱きしめたり、膝枕してもらったりしたら嬉しいけど。逆になった場合、それを皇女様が喜ぶとは思えない。というか、殴られそう。

 むぅむぅ考えていたら、突然肩を揺さぶられて僕はビックリする。頭と体もビックリして、慌てて何事かと働き始める。

「――オイ、アオイ」

 アルが名前を呼びながら僕の肩をゆさゆさしていた。うわあ、まずい。最近のアルは僕がボーッとしているのを見つけると叩いて直そうとしてくるので要注意だ。

「……なに?」

 平静を装って、さも黙考の邪魔をされたという顔で低く問うと、アルは盛大に呆れた顔をした。

「なにって。お前、授業終わってるの気づいてる?」

 おや。周囲を確認すると、教室の人が随分と減っている。これは、終わってるな。

「そんで、次は訓練だから早く移動しないとまずいって分かってる?」

 なんと。アルが親切に声を掛けてくれなかったら大変なことになるところだった。

 この後の訓練はローダー訓練じゃないやつで、不要な荷物をロッカーへぶちこんでからアルとグラウンドへ向かう。

「アオイさ、目を開けたまま寝てたのか?」

「違うよ。考え事に没頭してただけ」

 嘘ではない。

「ふうん。何をそんな考えてたん?」

 悩み事?と聞かれて僕はちょっと迷う。この場合、アルは相談相手として適当だろうか。微妙な気もするが、でもアルなら女の子のもらって喜ぶものを知っているかもしれない。

 話すのは気恥ずかしかったが、これ以上一人で考えても埒が明かないと話すことにする。

「殿下、皇女殿下に何かプレゼントをあげたいんだけど。何も思い付かなくて。なんかない?」

 アルは目をぱちくりさせた。

「皇女殿下様にプレゼント? アオイが?」

 そんな呆気に取られるようなことじゃないだろうに、僕はアルのその反応に憮然とする。

「別に僕がプレゼントして悪いことないだろ」

「いや、そりゃ、悪いなんて思ってないって。ただ、アオイが真剣にそんなこと考えてるとは、ちょっと思わなかったから」

 もっと深刻な相談でもされると思っていたらしい。いやでもこの相談も僕にとってはとても深刻で重要だ。真面目に聞いて欲しい。

 僕が睨んだらアルは一応うーんと考え始めた。

「っていうか、アルって彼女いるの?」

 アルの眉がぴりくと動く。

「……軍人は、恋にうつつを、抜かさない」

 お前の両親、軍人夫婦だろうが。

「ふうん。じゃ、学校入るまでに彼女いたことはあるの?」

 遠くを見る目でアルは頷いた。

「それはもちろん、ある」

 アルだけにってか。まあ、別に僕はアルの恋愛経験の有無とかどうでもいい。それより、皇女様を喜ばせるプレゼントだ。

「例えば、アルなら彼女には何をあげる?」

「……あー。例えば、うちの親とかだったら」

 お前自身の事例はないのな。

「ぶっ殺したスカイデーモンのパーツとか、持ち帰ってあげてたけど」

 最悪。どんな親だったの。

「……それ、殿下喜ばない。気がする」

「そうな」

 相談相手を間違ったかもしれない。

「なんかもっと、女の子……女の子が喜ぶものがいいんだけど。よく分からなくて」

「あー。定番なら、現金とか服とか、アクセサリーとか?」

 現金。はともかく、皇女様はきっとそういうのはもういっぱい持っている。そして僕が用意できる程度のものは、どう考えても彼女の持っているものより劣る。

「うん。まあ。でもほら、何をもらうかより、誰にもらうかだって言うだろ」

 なるほど。つまり、皇女殿下が僕からものをもらって喜ぶかどうかが問題だと? ……自信、失くなってきた。

 僕が目に見えて落ち込んだのだろう、隣でアルが慌てる気配がする。

「だから、ほら、なんでも喜ぶって」

「殿下が? 僕にプレゼントされて、喜ぶと思う?」

「そりゃ喜ぶよ。皇女殿下様はきっと喜ぶ。大丈夫だよ」

 なんの根拠があるのか分からないが、アルは大丈夫を繰り返す。

「だいたい、ほら、俺、いっこ思い付いたし、いいプレゼント」

 その一言に僕は顔を上げてアルを見た。アルはにやりと笑っている。

 ……もしこれで下ネタだったりしたら、僕は本気で許さないからな?

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