番外 さようなら
これは、僕が第二中継基地戦術作戦室に留め置かれていた時の出来事、である。
戦いで壊れたギアローダーからは使えるパーツだけでなく、ログや映像、データなど破損しなかった全てが吸いだされる。
とはいえ、破損の影響を受けたデータの多くはだいたい断片的で、情報としては限りなく頼りないのだと、室長は言う。だから津波と真っ向戦闘をして、壊れず帰ったチグリスのデータはとても貴重なのだと。
チグリスの情報と他の断片情報を組み合わせて、ようやく彼ら後方の作戦室は最前線の戦場の実態を見る。
誰がいつどこでどれほどの敵を相手にどう立ち回り、そして果てたか。それらが細かく描き出されていく。そうすることにどれほど意味があるのか僕にはピンと来ないのだけれど、彼らにとってはとても重要らしい。議論と検討を重ねて慎重に定めていく。僕は聞かれたことに答えればいいだけで、それ以外は大人しくしているぐらいしか出来ることもない。
小さな画面の中で、チグリスの記録した映像が再生される。時に凄惨なそれは、しかし僕にとってはもう見慣れてしまった光景で、痛みも苦しみも悲しみも特になく、だからやっぱりぼんやり見るぐらいしかすることは、ない。
僕の目の前で映像の確認をしていた将校が一度再生を止め、小さく息をつく。一旦休憩、らしい。
「あの」
僕はそっと声をかけた。本当は僕なんかが声をかけていい相手ではない。それは分かっていたが、僕は意を決して声をかけてみた。
急に僕から声をかけられたその人は驚いたが、でも怒らず何かと用件を聞いてくれる。ぼんやり会議を見ていた僕がただ一つだけ気を引かれたこと。僕はそれを口に出す。
「それの、他のギアローダーの映像、少しだけ見せてもらえないですか?」
将校は困惑顔になる。こういう映像や情報は本来僕みたいな一兵卒が見られるものではないのだろう。突っぱねられるか、あるいは融通を利かせてもらえるか。でも僕は後者に賭けていた。
やはり彼は即座には突っぱねず、上官に確認をとる。室長と目が合う。お願いします。少しだけ。見せて。僕の目での懸命な願いは、室長の興味を引いたらしい。
「許可する」
「ありがとうございます」
「で。何を再生すればいい?」
操作パネルを手にした将校にそう聞かれて、僕はどう説明するか考える。ええと、僕は名前も兵籍番号も知らないから。
「あの戦場にいた、
「
「じゃあ。一番最後」
頷いて、それからほんの数分の映像を再生してくれた。小さな画面にノイズの混じった不鮮明な映像が映る。取り囲むスカイデーモンの中を激しく動き回るその視界は酔いそうなほど揺れている。時折入ってくる悪態は間違いなく“先輩”の肉声で、僕は画面から伝わる全てを洩らすまいと食い入った。
大地を埋め尽くすような敵。迫る爪を回避。反撃。荒くなる息遣いが、ノイズの合間にもはっきり聞こえる。苦しいのか。悪態さえも途絶え、動きは徐々に悪くなっていく。
これが、先輩の見てた光景。
急に視界が大きくブレて、遠く背後にある陣地が映る。ハッと短く吐かれた息の音で、僕には先輩が笑ったのだとはっきり分かった。
また大きく動く視界。息苦しそうでありながら、アピスは止まることなく戦い続ける。ただそれも、時間にして数十秒。急に視界が傾げた。アピスが地に倒れた。倒された。取りついたであろう敵の姿は映像になく、アピスは死角から襲われていた。
『くっそ』
小さな悪態を最後に映像は途切れた。
暗くなった画面を見つめたまま、身動ぎもできずに僕は固まる。先輩の戦闘も最期も、僕は陣地の上から見て知っていた。でも。そうか。先輩はこうやって戦って、そうして死んだのか。
腹の底から込み上げた何かが、目から涙になってぼろぼろと溢れていく。止められそうもない、止めたいとも思わない、涙。いまさら、ようやく、流れ出た悲しみの涙だった。
僕は戦場から戻って初めて、心も体も頭も一緒くたになって、ただひたすら悲しくて泣きたくて、泣いた。
恥も外聞もなく泣きじゃくる僕の背中に誰かがそっと手を添えてくれたから、案外将校にも優しい人がいるものだな、なんて思いながら僕は思う存分悲しみの枯れるまで泣いた。
こうしてやっと
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます