第59話 バカンス

 戦術作戦室といえば、まさに軍の中枢であり頭脳である。中継基地の作戦室は、たぶん基地本部の出先機関ということになるのだろう。そこで室長を務めるのだから、この人とんでもないお偉いさんだ。

「室長と言っても、ここは一ヶ月程度の交代勤務だ。別に大した権限もない」

 戦術作戦本部派遣第二中継基地戦術作戦室長が言う。っていうか肩書き長い。ってツッコんだら負け。

 なお、ご本人は権限などないと言っていたが、後日目撃したところ、同じ将校である基地司令にめっちゃ頭下げられてたので、やっぱこの人ヤバい。

「もっとも、ここには小煩い政治家気取りのごっこ野郎共もいない。この任務は所謂バカンスというやつだな」

 バカンス……いや、僕は何も言わない。

「おい、子供に妙なことを吹き込むんじゃない」

 もう一人、幾分か若い男の人が近づいてきて苦言を呈してくれる。その人も軍服をきっちり着こんで襟に偉そうな階級章を付けていた。ここにはそんな人しかいないのか。いないんだろうな。

「それで室長殿、例の作戦はどうなった?」

「ああ、首尾は上々だ。が、少々しくじった。迂遠な手など打つまでもなかったかもしれん」

 いい大人の男二人がそろって悪巧みする顔でそんな言葉を交わす。それ絶対学兵の前でしていい会話じゃないよね。

「あの、質問よろしいでしょうか」

 隣の二年生が意を決した顔で手を上げた。

「ふむ。450333か。よろしい、発言を許可する。聞きたいことを聞け」

「あ、ありがとうございます。あの、将校以外入室禁止の作戦室へ、私たち一般学兵が付けられたのは、なんていうか、なぜなんでしょうか」

 今回の遠足班には班長含め何人か将校クラスのやつらも加わっていた。普通に考えれば、戦術作戦室へは将校クラスの学兵が配置されるべきだ。

 戦術作戦本部派遣第二中継基地戦術作戦室長(長い)はいい質問だと言いたげに頷いた。

「まず一つ。例え将校だとしても選ばれなければ作戦室へ入れることはない。よって将校クラスの学兵だとしても、それだけを理由に作戦室へ近づけることはしない」

 ……小難しい言い方だけど、要は戦術作戦室は将校の中でも選ばれたエリートだと言いたいんですかね?

 しかしそれなら余計にぺーぺーもぺーぺーの僕らがここにいる意味が分からない。

「二つ目。この作戦室は短期間の交代勤務であるがゆえ、誰一人真面目に掃除整頓をしようとしない。ゆえに汚い。いい加減我慢の限界だ。誰でもいいから掃除及び雑務を押し付けられる人間が欲しかった。のでお前らを借り受けた。以上」

 掃除かよ! 誰でもよかったのかよ! 言われてみれば確かにこの部屋随分汚いが。こき使える掃除要員欲しかっただけか。戦場に出たかったアルが隣でがっかりしてるよ。

「なお、戦術作戦室内で見聞きしたことは全て機密事項であり、守秘義務のあるものと心得ろ。汚部屋などと他で一言でも漏らせば懲罰だ。いいな」

 地味に面倒臭い掃除になりそうだった。なんなんだろう、この人たちと思う。機密なら掃除ぐらい自分たちでちゃんとしてくれ。

「では早速掃除、いや任務を与えよう」

 任務に言い直しても中身は掃除だろうが。

「まず460302。ここに山になっている資料を全て書架へ地域名昇順に戻して並べろ」

 よりによって指名されたのは番号460302、つまりはアルで、顔をひきつらせる。アルは潔いほどの勢いで頭を下げた。

「すみませんっ。俺、字が読めないので。順番分かりませんっ」

「は? 文字が読めない? 授業で習ったろうが。なぜ読めない?」

 戦術作戦本部派遣第二中継基地戦術作戦室長の声には疑念がありありとしていて、僕までハラハラドキドキする。だから文字ぐらい覚えろって言ったのに。

「すみません。授業は全部寝てましたっ」

 頭を下げたまま、馬鹿正直にアルが答える。戦術作戦本部派遣第二中継基地戦術作戦室長は眉を動かす。これもう絶対怒られるやつだ。

「……本当に全く読めないのか?」

「はい、全く。すみません」

「そうか。これはまた稀有な人材が来たな」

 怒るというか、なんか面白がられてるな。

 戦術(略)作戦室長はニヤリと笑ってアルの肩を掴むと連行し、隅の事務机へ座らせる。

「ちょうどいい。このノート一冊をこっちへ書き写せ」

 え?と聞き返すアルにノートを押し付ける。

「うっかりコーヒーをこぼして困ってたところだ。中身を知られると困る物でな、下士官にやらせるわけにもいかなかった」

 そんな重要なノートにコーヒーこぼしたのかよ。

「読めないならちょうどいい。絵だと思って、線一本残らずそっくりそのまま写せ。不出来なものを作ったら許さん」

 滅茶苦茶な命令にアルがなんとも情けない顔になる。そんな顔のアル、僕も初めて見るんだが。それでも命令を拒否できるわけもなく、アルは黙ってペンを手に取った。頑張れ、アル。

 僕らの前に戻ってきた戦術(略)作戦室長は、今度は二年と僕を交互に見比べ、ふうむと思案する。何を命じられるのかと僕らは息を詰めて待つ。

「450333、お前は二年だったな」

 先に目を付けられたのは二年だった。

「は。二年です」

「ならばコーヒーぐらい淹れられるな」

「は……は?」

 二年ならばコーヒーが淹れられるという謎理論が炸裂。二年は目を白黒させている。淹れたことなんてないんだろう。僕に関していえば、コーヒーなんて飲んだことがないどころか、名前でしか知らない。大抵の平民ビンボーにとってコーヒーってのはそういうものだ。

「二年だ、当然淹れられるはずだ。部屋を出て右手に給湯室がある。そこがまた惨状だ。然るべく片付けた後、人数分のコーヒーを淹れてこい。よし、行け」

 よし行けじゃねぇよ。二年生が泣きそうだよ。惨状ってなんだよ。

 やはり二年も命令に抗うとかツッコむとかするわけにはいかず、ほとほと困り果てた顔で部屋を追い出されていった。そうして一人残された僕の顔をもう一人の若い将校の人がじろじろと覗き込んでくる。

「ということは、まさかコレが例のアレなのか?」

「そうだ。まさにコレがアレだ」

 例のアレってなんだ。どういう意味だ。すごく、すごく不穏なものを感じる。

「というわけで。お前はこっちだ、460301」

 どういうわけだかさっぱり分からないまま、部屋の一角を占める大机へ連れていかれる。しかも部屋内で仕事をしていた将校たちがぞろぞろ集まってきて、思い思いに着席し始めた。そのピカピカの偉い人たちから一様に好奇の視線を投げられて、一人立たされた僕は縮み上がる。なんなんだ、これ。

 全員が揃ったところで戦術(略)作戦室長が言った。

「それでは第367戦術作戦小隊会議を始める。本日のスペシャルゲストは学兵460301、“英雄の孫”あるいは“白い悪魔”でお馴染みの、可愛い“アオイ君”だ。わざわざご足労頂いた点を鑑み、特別に本日はアオイ君と呼ぶことを許可する」

 あ、あああ、あ、あ。あ?

「さて、アオイ君。君のTGrSチグリスの能力について、洗いざらい話してもらおうか」

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