第37話 津波
「運がないな、白チビ。あるいはお前の班、日頃の行いの超悪いヤツが混ざってんだろ」
若干の呆れ口調で先輩は言うが、初対面の班員の日頃の行いなど僕が知るわけもない。
連絡してほどなく隊長がローダーで飛び込んできた。
「どうした!?」
「津波だ。こっちへ向かってる。じき8キロ地点通過」
隊長のローダーは一瞬動きが止まって黙った。その僅かな時、彼女がどんな顔でなにを思っていたのか、見ることはできなかった。
「全員即時三番台へ集合」
隊回線で呼び掛ける。ついで先輩へ言った。
「あたしは後ろの陣地へ状況を送る。お前は左右と連絡を」
能力というよりは権限の問題なのだろうが、ギアローダーが通信できる範囲は案外広くない。だから連絡は伝言を繋げるしかなく、早く正確に伝えるのは難しいのだが。
僕は「あの」と隊長の話へ割って入った。
「
くしくも昼間にテストしているので確かだ。
「は……?」
ぺーぺーの新人に口を挟まれ、しかもあり得ないことを言い出されたのだ。そんな反応にもなるだろう。駄目かな。
「分かった。すぐやれ」
隊長は信じてくれた。
一帯は蜂の巣をつついた騒ぎになった。
が、夜中であったわりに反応は早かった。というのも、昼間に妙な通信事故が発生、その対応と原因調査のため普段以上に大勢が残業を余儀なくされていたのだ。……怪我の功名ですね。
僕が即席通信手として本部と隊長、各陣地を繋げている間、陣地内では着々と迎撃準備が進められている。工兵によって出入り口は塞がれ、エネルギーポットを交換し、見張り台へ必要な物資を引き上げる。
本部からの指示を各陣地へ送り返し終えた僕は、台の上で狙撃体勢を取る先輩の横へ配置された。人間の目では見ることの叶わない薄暗がりのむこう、チグリスの眼は大地に拡がって攻め寄せる敵の姿を捉える。僕が初めて直接視るスカイデーモンだ。全力で移動するときは四つ足、戦闘では立つこともできる。鋭利な爪に砕く顎と鋸状の牙。強靱な全身は細かい鱗に覆われ、引き締まったフォルムはある種の虫を思わせる。人類の敵、脅威のエイリアン。
時折先輩がライフルを撃ち、敵の幾らかを吹き飛ばす。けれど押し寄せる大地を止められる気配は微塵もない。
「お前の白ピカ、なかなかやるじゃねぇか」
撃ちながら先輩は言った。
「ちゃんと仕込んでやれなくてごめんな、白チビ」
なんだか不吉な言い方だった。
「……すぐに本隊が出て、迎撃に来てくれますよ」
それまでここで持ち堪えるのが、僕らの仕事だ。
「察しの悪いヤツだな、お前」
どうやら先輩はいつものニヤニヤ笑いを浮かべているらしかった。
「残念だが、俺らはここまでだ。ここで
時間。僕らが死ぬまでの時間ではなくて。僕らが死ぬことで稼ぐ、人間にとっての
敵の轟きが近づいてくる。僕は狼狽えた。
「でも。僕は、死にたくない」
「そりゃあ困ったこっちゃだな。そんなら」
先輩のライフルから光が放たれる。
「大人しく聞き分けるか、ダッシュで後ろへ逃げるか、どっちかにしろ」
「総員出撃!」
隊長の号令で、それぞれローダーたちが外へ飛び降りていく。陣地の中に残るのは、僕ら学兵の支援班だけだ。隣の見張り台に二年生が四人。この見張り台に一年生と僕らのために残ってくれる副隊長の三人。先輩も狙撃が意味をなさない距離になれば、外へ行く。
「ま、俺も真っ正面から津波喰らうのは初めてで正直びびってんだが」
またライフルが光る。
「でも初っ端でこんな目に遭う運の悪いお前を思えば、焦る無様な姿を見せるわけにもいかないしな」
そこまでだった。アピスは立ち上がり、ライフル装備を切り離した。
「最後に先輩からお役立ちアドバイス。しっかり最期まで格好良く戦いたきゃ、恥ずかしがらずにちんこへ挿管しとけ」
……いや。え。最後でそれ?
あは、と明るい笑い声を残して先輩も飛び降りて消えた。
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