第17話 ポケット
アルのやつは僕の首を片手でホールドして自分の結果を僕の目の前に突き付けてきた。
「見てくれよ、これ! いっこ80パーのやつあった。いやぁ、俺、すげぇだろ!」
声がでかい。耳元で叫ばれて僕は硬直する。
「おいおい、いくらなんでも驚きすぎだろ。ま、俺もちょっとびっくりするぐらいの結果だったけどさ」
上機嫌に笑いながらぐいぐい首を絞めてくる。
「で、アオイはどうだったよー?」
絶対に知られたくない。またクラス中に喧伝されたら堪ったもんじゃない。僕はアルを振り払って拒絶しようとしたが、アルの拘束は意外なほど強かった。焦っているうちに、アルがすばやく僕のポケットへ手を突っ込んだ。
「あ、ちょっと」
阻止する間もなく、アルは勝手に結果の紙を引っ張り出す。その強引なやり口に腹が立つ。
「いいだろ、結果ぐらい。それとも見られて困るほど悪かったのかよ」
アルは僕から取り上げた紙へ目を走らせた。
「ふうん。なんだ、アオイもまぁまぁじゃん。俺ほどじゃないけど」
よく通る声でそう言い放ち、アルは紙を元通り折り畳んで僕のポケットへ突っ込んだ。僕は唖然とする。アオイもまぁまぁ? 俺ほどじゃない? どういうことだ。僕の結果はそんなもんじゃない。なんせ全部100%が並ぶという、それこそびっくりな適性率である。それを「まぁまぁ」?
「いやぁ、でもローダー希望どうする? できるだけ強くて硬いのがいいけどさ、やっぱ適性率大事だしさぁ。ちょっと乗りたいと思ってたのが一番じゃなかったから悩むなぁ」
「……どっちにしろ、僕らの希望なんてさほど通らない」
「そうかもしれないけど。一応聞いてくれるんだから考えるだろ。アオイも慎重に選んだ方がいいぞ」
そこまで話したアルは、「あっ」と声をあげてぱっと手を離した。
「なぁなぁなぁ、どうだったー?」
別のやつらが目に入ったのだろう。声を掛けにいってしまった。なんとも気ままなやつだ。それに僕の結果がちゃんと見えてないし、目が悪いんじゃないだろうか。というか、やつは文字が読めないんだった。数字も読めないだろう。
あるいは。
嵐のようなアルが去ったあと、僕はほっとする静けさに包まれた。あの不快だった視線も一掃されている。アルが僕の結果を「まぁまぁ」だと公言したから、だ。あるいはアルはこれを狙って乱暴なマネをしたのかもしれない。
まったくお節介め。
あの夜以来、僕と皇女殿下の間はぎくしゃくしている。
全然口を利かないというわけではないけれど、気楽な会話は絶えてしまっていて、お互い気まずいことこの上ない。それなのに出ていってくれる気配のない皇女様がなにを考えているんだか、僕にはさっぱり分からない。
僕の方がまた折れなければならないのか。それが引っ掛かって、ずるずるとこの状況が続いている。
いい加減この居心地の悪さはなんとかしなければ。今日のアルの話あたりは、会話の糸口として適当かもしれない。
沈黙に支配された部屋の中で、僕は自分を鼓舞する。行け。話せ。声を掛けろ。
「……あの。殿下」
「……なんだ?」
返事はくる。しかし、お互い気まずい。ベッドの上から皇女様のお顔は覗いたけれど、それぞれ視線をそらして目は合わせない。
「今日、適性検査の結果、出た」
「……ああ、そうだったな」
当然のようにご存じなのか。しかしどこまで知っているのか、よく分からないから話しづらい。
「……アルが、80パーがあったって、喜んでた」
「そうか。……80%は、それはすごいな」
そう答える皇女殿下の声はどこか嬉しそうで、この人はやっぱり結構アルが好きなんじゃないかと思う。
続く言葉が出なくなった僕に皇女殿下は言った。
「それで、お前自身の結果は、どうだったのだ」
皇女様もアルや僕の検査結果までは知らないらしい。もう知ってるんじゃないかと思っていた僕は、あの結果をどう伝えたものか少し困る。
「どうした? ……悪かったのか?」
そういうわけではないのだが。迷いつつも僕は結果の紙を引っ張り出して殿下へやった。見せた方が早い。
「うん? 見てもいいのか?」
そう言いながら受け取った皇女様は紙を開き、見て、そして目を瞠り、驚いて立ち上がった。
狭いロフトベッドの上で。
ゴンっと、それはそれは鈍い音がした。
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