第18話 笑顔

 とても、とても痛そうな音がした。皇女様の頭頂部と天井がお見合いした音だ。

「くぅぅ」

 殿下の姿が頭を押さえて消えた。

「……だいじょ、うぶ……?」

 ごめん、僕は笑いを堪えるので精一杯だった。

「うう、痛い」

 ようやく起きてきた皇女様は、まだ一生懸命頭を押さえていた。

「だい、ぶはっ」

 我慢できず、吹き出してしまった。そのまま止まらず、声をあげて笑ってしまう。

「あははははっ」

 笑われて涙目の皇女様がむくれる。その顔が可愛くて可笑しくて、僕の笑いは止まらない。

「は、はは、笑いすぎて、お腹痛い」

 こんなに笑ったのは久しぶりかもしれない。ベッドから降りてきた皇女様が、僕の足に蹴りを入れてくる。

「は、ごめん。でも、あー、ごめん」

 笑っちゃ悪いとは思っている。でもうまく謝ることもできない。僕はとりあえず声だけでも引っ込めようと口を押さえた。それでもくつくつと笑いが込み上げてきてしょうがない。

 さぞや皇女様は怒っているだろうと、そっとお顔を窺う。が、その顔は意外にもそんなに怒っているようではなかった。というか、変な顔だ。眉間の辺りはちょっと怒ってそうで、大きく開いた目は驚いているよう。紅潮した頬は恥じているのか、でも口が弛んでいてなんか喜んでいるのか楽しんでいるのか。全然感情の意思統一ができてない。どんな心境だ。そんな変な顔で僕を見つめている。

 目の合った皇女様が言った。

「お前、初めて笑ったな」

「へ?」

 なんだ、それ。別に僕は普通に笑う。楽しいことがあれば笑う。そんな快挙みたいに言われることではないと思うが。

「いや、ずっと辛気臭い仏頂面だったぞ、お前」

 まぁ、こっちへ来てから声をあげて笑うほど愉快なことは起きてなかったかもしれない。それにしても、辛気臭い仏頂面。そんな顔に見えていたのか。ショックだ。

「どうやら顔も雰囲気も今ので緩んだな。それなら友もできるだろう。良かったな、アオイ・カゼ」

 むう、まじか。

 僕は皇女殿下の頭を見てあげた。少しこぶになっていたけれど、大事には至っていなかった。

「それにしても痛かった」

 椅子に座った皇女様がため息をつく。

「あんなとこで立ち上がるからだよ」

 すごい勢いで自分から天井へ頭突きに行ったようなものだ。

「仕方なかろう。ものすごく驚いたのだ」

 皇女様が唇を尖らせる。彼女が握りしめていた拳を開くと、僕の結果の紙がぐちゃぐちゃになって出てきた。

 よほど痛かったんだなと思うと、また笑いが込み上げてきそうになる。僕は慌てて顔をそらした。

「いや、本当に、こんな結果を私は見たことがない」

「そうなの?」

 くつくつと込み上げる笑いを堪えているから、僕の返答はちょっとおざなりになる。それが気に食わないらしく、皇女様はすごさを一生懸命力説し始めた。

「おおよそ兵として採用する目安が60から70なのだぞ。それで十分平均より高いのだ。だいたいいくら数値が概数だとはいえ、100など出るものではない。それが、全部100? ありえないぞ」

 一応たぶん褒められているんだろう。検査の結果とかどうでもいいと思えている僕は、それでも皇女様の言葉がこそばゆかった。

「検査の機械が壊れてたのかもね」

「いや、さすがにそんなことは、ないと思うが」

 皇女様を仰天させる結果だった。それで僕には十分だ。

「あー、でも。アルには『まぁまぁ』って言われたよ。『俺ほどじゃない』って」

「なんだと。アル・ミヤモリは目が悪いのか?」

「それで僕は今日もアルに助けてもらったんだけどね」

 ちゃんと説明せずにそれだけを言ったから、皇女様は意味が分からず小首を傾げた。

「アルはいいやつだよ。殿下が言うとおり」

 可愛らしい仕草の皇女様がなんだか眩しい気がして、僕は目を細めた。

「だから、ちゃんと友達になるよ、アルと」

 皇女様が静かに微笑んで、眩しさが増した。



「ちなみに。ギアローダーに関しては、私の適性率など20%あるかないかだ、だいたい」

 なぜか皇女様は偉そうにそう言って、成長途上の胸をはってふんぞり返った。

 本当、なんであなたは軍にいるんだ。

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