皇女殿下と僕の約束。

第4話 ポテチ

　式典からやっと解放されたのは、時刻も昼になろうかという頃だった。つまり数時間にわたって微動だにせず立たされていたことになる。入学を言祝（ことほ）がれたというより、ただひたすら嫌がらせをされたとしか思えない。

　午後のオリエンテーションまでは昼休憩がある。人の流れに乗っていったん寮へ戻された。

　基地全体は昔の金属でできている。大勢の学生が歩くとがんがん足音と話し声が廊下中にこだましてうるさいことこのうえない。僕はしかめっ面で一人黙々と歩く。そう、周りは数人単位であれやこれやどうでもいいことをしゃべっているが、僕に話しかけてくる人はいない。……さ、さみしくなんてない。

　部屋の扉の横には認証パネルがついている。ここへ手のひらを当てると人物を特定、部屋主ならば扉がしゅるると自動で開くわけだ。すごいシステムだ。どういう仕組みで動いているのかさっぱり分からない。ハイテクなのではなく、前世代のロストテクノロジーだ。誰にも仕組みは分からない。でも動くんだから使えばよかろう。この精神、大事。

「おかえりなさい」

　自室へ逃げ帰っ……いや、戻った僕は、ほっと息をつく間もなく出迎える声にぎょっとした。ベッドの上から皇女様のお顔がのぞく。

　え、いたのか。さっき壇上で見たから、なんとなくいないと思い込んでいた。ベッドにくつろぐ皇女殿下は、しかもさっきのドレス姿ではない。ひじょうにラフでもこもこしたワンピースをお召しになっていて、というか部屋着か。部屋着でベッドでゆるゆるか。

「どうした？」

　入り口で固まる僕へ皇女様は問いかけてくる。その左手にはコミック本。さらに右手でつまんだ何かをお口へ運ぶ。パリ。むしゃむしゃ。パリ。むしゃむしゃ。なんだ、なにを食べてるんだ、この人。

「ん、これか？」

　僕の視線の先を追い、皇女殿下はつまみ上げたそれを掲げる。

「食べるか？」

「……いいの？」

　うむ、と鷹揚にうなずかれた皇女様がベッドの上から薄いそれをひとつ差し出す。皇女様からいただいていいんだろうか、などとは思わない。空腹で食べ物が気になる僕は、もらえるものはもらおうとのこのこ近づいて手を出した。途端にそれを引っ込める皇女様。なんだ、意地悪か。くれ騙しか。

「違う違う。油で汚れるから。口を出せ」

「え」

　ちょっと意味が分からず戸惑う僕を皇女様は早く早くと急かしてくる。口を出せって。躊躇いながら開けた口へ皇女様がそれを放り込んだ。

　ぱりぱりした食感。強い塩味。油とでんぷんの甘味。これは、もしや、ジャガイモを薄く切って揚げたポテトチップスというやつか。

「うまいだろう」

　どや顔の皇女様が指先をかわいく舐める。って、おい。おい待て。その舐めてる指でつまんだポテチを僕の口へ入れたのか。それは、つまり、あれか、間接キスってやつじゃないか。

　なんてどきまぎしかけたけど、間接も間接。間接過ぎてノーカンだ。せめて口に指があたるとか、しゃぶらせてもらうとかでなければ、いやちょっとなに考えてる自分。落ち着け。

　人のベッドの上で笑いながらコミックとポテチをお楽しみになっておられる皇女殿下。大変迷惑なことに自由気ままなお方であるらしい。

　いい加減この人がなんなのかを僕は知りたい。