　体の節々が痛い。

　これは絶対に固い床で寝たせいだ。不幸中の幸いで旅荷の中に寝袋があったからよかったけれど、もしそれがなかったら僕はどうすればよかったのだろう。いっそ美少女のベッドに忍びｋできるわけない。

　貧乏暮らしで固い寝床にも慣れている。そんなわけで必要最低限の睡眠は取れていないでもないのだが。やたら早い起床ラッパに起こされて、僕の兵学校一日目は始まった。

　ベッドの上をそっと窺えば、すやすやと穏やかな寝息が微かに聞こえてくる。あの煩いラッパをものともせずに寝ていらっしゃるらしい。すごい神経だ。あえて関わりたくもないので放っておいていいだろう。

　今日は入学式である。詰め襟の制服は軍服に準じたもので、なんでこんな着心地も動き勝手も悪いものを兵士の服にするのだろう。正気を疑う。けれどこんな上等の布地でできた服を着る機会もない。なんとなく気持ちが引き締まる。本音は、ジャージで過ごしたい。

　入学式が行われる第一講堂は最も広い式典会場だ。入った途端その広く大きい空間に圧倒されてしまう。講堂というから座れるのかと思いきや、新入生は普通に立ちだった。その周りを取り囲む機械式バルコニーの在学生、来賓席には椅子がある。羨ましい。

　指示に従い入学生として並ぶが、周りは皆身体が大きくて僕はすっかり埋もれてしまっている。周囲の威圧感がすごい。でも別に僕が貧相というわけでもないのだ。学校の入学要項が満13歳から15歳であり、それでも大抵が15で入校する。たぶん皆15なのだろう。対する僕は春先に13になったばかり。どうしようもなく一番下なのだ。こればかりはどうしようもない。

　周りからは遠慮容赦ない「チビ」「ガキ」という舐められた視線とつぶやきをぶつけられる。こんな状態で僕はやっていけるんだろうか。やっていくしかないのだけれど。

　粛々と進む入学式典は、軍だからといって何か特別面白いパフォーマンスが起きるわけなどなく、正直死ぬほどつまらない。むしろ軍隊的直立不動を強いられて、しんどい。しんどいことこの上ない。

　これ以上は耐えられまいと思った頃だった。

「次に、ルヴィダ基地名誉司令エマニュエル・ル・メルダ皇女殿下にお言葉を賜ります」

　ぼうっとしていたから、そのアナウンスは耳から耳へ通り抜けていた。が、ステージ上へ姿を現した彼女に目を引かれて気がついた。

　あの子が、ステージの上をまっすぐに歩いている。純白の、ドレープとレースに彩られたドレスを纏って。綺麗に結い上げられた髪にティアラを挿して。壇上に据えられたマイクのまえに立つ。遠目にも緑の瞳がライトを受けて輝くのが、分かった。

「皆さん。志高く集い来た皆さんにこうしてお目にかかれたことを大変嬉しく思います」

　美少女の浮かべる微笑は息を呑むような美しさで、事実周囲からは「ほう」という吐息がいくつも聞こえる。

「敵はいぜん脅威ではありますが、皆さんが人々のため、立派な兵士となるよう心よりお祈り申し上げます」

　彼女の発言内容など頭に入っては来ない。ただただこの場にいる誰もが見惚れている。

「ありがとうございます、殿下」

　壇上の教官が彼女に恭しく頭を下げ、華麗に取り上げた右手甲へ口づけする。そんなものを見せられて、居並ぶ新入学生はぽかんとするほかない。一方の僕は背中に嫌な汗を感じた。

　え、あれって本当の皇女様？　ちょっとイタい子とかじゃなくて？　なんか軍で敬われてるんだけど。かなり普通にタメ口で話してしまったよ？　面倒くさがりの寮監はともかく、しかるべき人に訴えれば早急になんとかしてもらえるだろうと高をくくっていたが。まさか。本当に皇女様で。追い出すこともできず。あの狭い部屋に一緒にいなければならないのか？　皇女様と？　あの美少女と？

　ちなみに、この国には臨時軍政権はあるけれども、特に皇帝も王もいない。……なんなんだろう、皇女って。