第2話 就寝

「いやいやいや。ちょっと待って」

 なぜか僕の部屋のクローゼットの中にいた美しい皇女様(自称)が部屋の備品、とかいう意味不明な状況に待ったをかける。待ったをかけたのに皇女殿下(自称)は勝手によいしょっと立ち上がってきた。

「だからちょっと待って」

 彼女を制止しようと手を突きだした僕へ皇女殿下(自称)はやや冷めた視線を向けてくる。

「なぜ? ここは狭い。出る」

「なぜって。え、なんでクローゼットに入ってたの?」

 立ち上がられた殿下の背丈は僕と同じぐらいだ。見上げられていたときの顔はひどく儚げで可愛かったが、至近で見つめあうと少々圧がある。

「備品だからだ。新たに入室した部屋の備品が出しっぱなしで放置されていたら、印象が悪かろう?」

「や、そもそもなんで備品? っていうか備品? おかしいでしょ、備品」

 人間は備品ではない。断じてない。

「なぜと問われても。私はこの部屋の備品なのだ」

「……なんで……?」

 納得いくわけがなく、ただただ困惑する。皇女殿下はやや不満げにお口を曲げられた。

「なんでもなにもない。そんなに備品が気に入らないのなら、この部屋に割り当てられた己の不運を呪うのだな」

「き、気に入らないとかじゃなくて。おかしいだろ?」

「お前は温情で貸与される備品へ文句をつけられた立場なのか?」

 そういうことじゃない。が、この皇女様はどうも話が通じない匂いがする。

 僕は皇女殿下との意思疏通を諦めて、寮監への直訴へ切り替えた。一人部屋を出て寮監室へ向かう。

「寮監!」

 扉から出てきた寮監は僕の顔を見てやや面倒そうな顔をした。僕は気にせず訴える。

「寮監、備品についてなんですが」

「不足ですか?」

「いえ、そうじゃなくて」

「破損?」

「でもなくて」

 さらに面倒そうな顔になる寮監。

「備品を自称する女の子が部屋にいるんですが」

 寮監の面倒顔がマックスになった。

「……それが、なにか?」

「なにかって。いや、なんなんですか、あの子」

 天元突破した寮監の顔はすでに無表情だ。

「君の部屋の備品でしょう」

 正気か?

「備品って、女の子ですよ!?」

「女の子だろうと猫型ロボットだろうと備品に登録されている以上、備品です」

 壊さないように、とそれだけ言って寮監は扉を閉めてしまった。なんてことだ。

 まったく納得がいかないまま、仕方なく部屋へ戻る。にまにまと笑う皇女殿下が椅子に鎮座ましましている。

「……なんなんだよ」

 皇女殿下はくるくると椅子を回す。狭い部屋のなけなしのスペースでそんなことをされた日には、僕は戸口の前にたたずむほかない。

「……せめて椅子を回転させるのはやめてくれ」

 しかも部屋の机に付属した唯一の椅子だ。それを取られては、あとは金属の床に直接座るしかない。

「仕方ないな」

 皇女殿下はようやく止まってくれた。その大きな目をしっかり見据え、僕は問う。

「君はこの部屋に住んでるってこと?」

「備品は“住んでいる”ではなく“置いてある”だろう」

 実は精巧なアンドロイドとかなのか? あまりにも綺麗だし。そっと手を伸ばし触れてみ――バシッと殿下に手を払われた。

「何をする。無礼な」

「……ごめん」

 痛くはなかったが、払われたのはちょっとショックだった。

「万が一にも傷つけてみよ。お前は私を弁済できるのか?」

 ふふんと勝ち誇って言われた。しかし確かに……人間を弁済って……怖い。果たしてなにをどれほど求められるのか。

「ええと、不要な備品を返却することって、できるのかな?」

 青く流れる柳のような眉をお寄せになって、皇女殿下は不満げなお顔になられる。

「それはしおりの規則を……自分で確かめよ」

 返却されそうな状況にご不安なのだろう。よし。僕は大量の規則の中から目を皿にして懸命に探す。

「……なんでこんなにたくさんあるんだ……」

 かなりの時間を浪費して、やっと見つけた寮自室内備品細則にはこう書かれていた。いかなる事情においても不備なき備品の変更、交換はこれを認めない、と。

「返せねぇじゃねぇか」

「ぷーぷぷぷっ」

 皇女殿下はめっちゃ笑っていた。こいつ。

「ああ。もうこんな時刻か。寮は二十二時全室消灯だ」

 口許に笑いを残したまま、殿下は何事もなかったかのごとく時計を見る。

「自習をするなら零時まではデスクライトのみつくが。私は消灯とともに就寝するのが習慣だ」

 そう言いながら殿下はロフトのはしごを登る。

「いやちょっと待って。え、僕のベッドで、寝るつもり?」

「当たり前だろう。お前は私に床やクローゼットで寝ろと言うのか?」

 まったく待つことも躊躇することもなく、殿下はベッドへお上がりになった。

「え、僕は?」

 殿下の美しい顔がベッドの上から覗く。その顔は顰められていた。

「私と一緒に寝たいのか? いくらなんでも気が早いだろう、それは」

 ではおやすみ、と言い残して顔が消える。同時に部屋は消灯し、暗闇に包まれた。

「……まじか」

 なんなんだよ、一体。

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