第2話 その男の名は

 我は困惑していた。

なぜ、目の前の人の子は鼻血を流して、にやけながら気絶しているのだろう。

何か所か怪我をしているようじゃが、倒れるほどではないと思うが?


「ふむ、黒髪を肩までの長さで切り揃えている。身長は平均ほど、見た目よりも随分と鍛えられた身体をしているところを見るに、戦士の類か」


なるほど、察するに我の気配が強すぎたのかのぅ? 少し抑えるとしよう。

ふと、自分の身体を見て得心がいった。我、服を着ておらぬ。

確かに、森の中で全裸の異性に出会ったら驚きもするか。


「にしても、気絶までしなくてもよいではないか」


そう、愚痴をこぼした後に、簡単な魔法を唱える。

すると、我の身体は衣服で包まれた。……貧相な皮の服だが。


「うーむ。やはり、戦闘以外での魔法は苦手じゃなぁ」


「……ん、ぅん?」


おや、丁度いいところで人の子が目を覚ましたようじゃ。

今度こそは大丈夫じゃろう。


「目を覚ましたか、人の子よ」


「ぅん……ハッ!? わ、私は一体……? って、男!? しかもめっちゃ薄着で……!! ぁぅ……」


「いい加減にせんか!! 何度気を失うんじゃ!?」


またも気絶しそうになったので、仕方なしに人の子の頭をはたく。

スパーンと小気味いい音とともに目を覚ましたようだ。


「あいたたた…… ちょっと、何するのよ!!」


「早く目を覚ますのじゃ人の子よ。そして我にここは何処なのか説明をしろ」


「あ、あんた随分と偉そうじゃn……って、

いや何で男がこんなところにいるのよ!?」


そういうと、人の子は我の手をつかんでどこかへ走る出したではないか。

我が不思議に思っていると、人の子は焦った様子で口を開く。


「いい!? よく聞いて!! 今ここら辺は魔獣が何十匹といるわ!! 

少し乱暴になるけど、私が村まで連れて行くからついてきて!!」


「おい、落ち着け人の子よ」


「なに!? 今は口じゃなくて足を動かして!!」


「いいから、止まれ」


「オ‘‘ッ」


我が足を止めると、人の子も動きを止めた。

いや、肩を抑えてうずくまってはいるが、まあ大丈夫じゃろう。


「腕が千切れるかと思ったわ!! あんた何すんのよ!?」


「落ち着けと言っておる。周りの気配を探れ、魔獣など居ないと思うが?」


「はあ? そんなわけが……確かに、気配がしない?」


人の子は起き上がり、周りを見渡しながら「ありえない」「そんなはず」、などと

呟いている。ふむ、我が目覚める前まで何かいたようじゃのぅ?


「なんだか知らないけど、魔獣たちは何処かへ消えたみたいね。

とはいえ、まだ安全とは限らないわ。やっぱり、いったん村へ行くわよ」


そういって、再び先を急ごうとする人の子。はぁ、人の子というのはなぜこうも

せわしないのか。


「まあ、まて人の子よ。ここは歩きながらのんびりと、村まで向かおうではないか」


「あんたね、魔獣が出ないからってここは夜の森の中なのよ!? 丸腰の男がいつまでも居ていいところじゃないわ」


「我は心配ない、見た通り強いからのぉ」


「……そういえば、あんた何であんな森の中に? それに、今は隠してるみたいだけど、それでも分かるぐらいの強者の気配。一体何者なのかしら?」


おや、急ぐのをやめたと思ったら今度はこっちを警戒しだしたな。

まったく、人の子は忙しいのぅ。……はて? 我が分からないのか?


「人の子よ、我が誰か分からないのか」


「え、もしかして何処かで会ったかしら? いやいや、あんたみたいな男の知り合いがいたら覚えてるわよ」


「いや、そうではなく……。うーむ、我のことは伝わっておらんのか?」


「何を言ってるのか分からないわ」


ショックじゃのー。そうか、人の子たちはみな我を忘れてしまったのか。

仕方がない、名乗るとするか。……流石に名前ぐらいは伝わっているよな?


「よし、心して聞くがよい。我こそが「「フィーナ!!」」……えぇい!! 

なんじゃ!?」


「ジェニー!! ローラ!!」


新たな人の子が二人、こちらに近づいてくる。

ふむ、赤髪で短髪のでかいのがジェニー、金髪で長髪の小柄なのがローラかのぅ。


「フィーナてめぇ!! 私の言ったこと無視しやがって、覚悟しやがれ!!」


「じぇ、ジェニー。ごめ―――」


ガシッと、ジェニーはフィーナを抱きしめた。フィーナは困惑しているようじゃが。


「クソッ! 心配させんじゃねぇよ!! 馬鹿フィーナ!!」


「フィーナ……!! 無事で良かったです!! 無茶をしないで下さいよ……!!」


フィーナとジェニーの傍らに立ってローラも安心したように微笑んでいる。

あー、完全に名乗るタイミングを逃したのぅ。

我を置いてきぼりにして、三人は話を続ける。


「二人とも……!! 心配かけてごめん。少し、考えなしだったわ」


「少しじゃねぇよ、反省しやがれ」


「そうですよ。勇者様も、一人の力ではなく、周りの力を借りてあの戦争を終わらせたのです。フィーナも見習うべきですね」


「うっ……、気を付けるわよ」


良い話じゃなぁ。まあ、我は何が何だか分からんのじゃが。

おっと、ようやく皆がこちらを向いてくれたようじゃ。


「で? このカワイ子ちゃんは一体何なんだ?」


「そうだったわ、まだ話の途中だったわね」


「……只者ではありませんね。男性だからと言って油断はしないで下さい」


おいおい、揃いもそろって我を警戒しているのぅ。武器に手をのばすでないわ。

ここはズバッと名乗りを上げて、警戒を解くとするかな。


「コホン、ようやくじゃな。心してk――「隊長!! 発見しました!!」

我そろそろ切れるがよろしいか!?」


何回、さえぎれば気が済むんじゃ!?

声の方向を見ると、鎧をまとった人の子がゾロゾロとこちらに向かってくる。

この者たちも、三人の知り合いかの? すると、ローラが声を上げた。


「王都騎士団の皆さんですか!? 状況が変わりました!! 魔獣たちが突然姿を消したのです!!」


「嘘を言ってるんじゃねぇぜ。あんな数の魔獣だったんだ、あんたらも気配ぐらいは感じてたんじゃないのかい?」


ローラに続いてジェニーも会話に加わる。はー、我は相変わらず何が何だかじゃ。

すると、鎧たちの中でも偉そうな鎧が前に出てくる。金ぴかの鎧じゃー。


「そこの黒髪が、森の中に突っ込んでいった馬鹿者か?」


「ん? 我のことか?」


「男に用はない!! 引っ込んでいろ!!」


えー、我も黒髪なのに……。ローラに服を引っ張られるので顔を向けると、

黙っていろというジェスチャー。……ふて寝していようかのぅ。


「フィーナよ。私に何の用? それと、馬鹿者っていうのは取り消してよね」


「そこの黒髪、あの数の魔獣をどうにかしたのか?」


「……。いいえ、私も気が付かないうちに魔獣は何処かへ消えていったわ。

それと、聞こえなかったみたいだからもう一度言うけれど、フィーナよ」


フィーナの言葉を無視するように、あるいはもう用事はないのか、金ぴか鎧は他の鎧に何やら伝える。すると、鎧たちは敬礼すると元来た方向へと引き換えしていく。


「待ってください、騎士団の皆さん!! 私たちの言っていることは戯言ではありません!! 本当に起こったことなんです!!」


「おいおい、このまま調査もせずに家でお寝んねか!? あの数の魔獣の気配を感じなかったのかよえぇ!?」


「この森のそばには村もあるのよ!? 村は王都に税も納めてる!! それを見捨てる気!?」


三人が何やら叫ぶ、その声にうんざりした様子で、金ぴか鎧が振り向く。


「うるさいぞ、静かにしろ。そもそも、魔獣が大量発生するのも、そのあとに消滅するのも全て。我々はこのことを教会に報告しに行くだけ、その後のことは知らん」


「な、なによ……それ」


フィーナは驚愕したようにして、言葉をつぶやいた。

何だか様子がおかしいのう、そう思うと同時にフィーナは飛び出した。


「ふざけるなー!!」


「――ッ!!」


剣と剣がぶつかり合い、甲高い音が辺りに響いた。

フィーナと金ぴか鎧の間で剣が火花を散らしている。


「クッ!! 血迷ったか、黒髪!!」


「フィーナだって言ってるでしょ!!」


フィーナが金ぴか鎧ごと剣を弾き飛ばす。金ぴか鎧のほうも態勢を崩すことなく、

着地をする。鎧たちがざわめき、各々武器を構える。


「皆の者、構わん!! この者を捕らえろ!!」


「おっと、フィーナだけじゃないぜ」


ジョニーの言葉とともに、鎧たちが二、三人吹き飛ぶ。見ると、大剣を構えたジョニーが得意げな笑みを浮かべていた。

違うところでは、爆発とともに鎧たちがまた二、三人吹き飛ぶ。


「私たちも、その話は聞き捨てなりません」


爆発が起こった方向を見ると、杖を構えたローラが険しい表情で立っている。

おや、戦いならば我も……っと思ったのだが、ローラが座ってろのジェスチャー。

我、空気なんじゃがー?


「ッチィ!! 所詮は冒険者か!! ならず者のくせに!!」


「ふん、王都にもまだそんな偏見があるのね。そうやって見下してなさいよ」


そういって、フィーナは高々に唱えた。


「<スキル・斬撃ざんげき>!!」


「!? な、なに!?」


金ぴか鎧に切りかかるフィーナ。金ぴか鎧は先ほどのように剣で受けようとするが、その剣は真っ二つに切り捨てられた。


「た、隊長!!」


「よそ見はいけねぇなぁ!! <スキル・強撃きょうげき>!!」


「お、お前もスキル持ち!? グァー!!」


一方で、ジェニーが体験を一振りすると、周りの鎧たちが全て吹き飛ぶ。

それを見て、鎧たちが慌てた様子で叫びだした。


「な、なんだこいつらは!! 二人ともがだと!?」


「こちらを無視しないで下さい」


「あ、あぁ!!」


ローラのほうは、魔法陣が多数展開していた。

そのまま、ローラは唱えた。


「火と風よ、巻き起これ!! <ファイアトルネード>!!」


炎の竜巻が、複数の鎧を巻き込んで吹き荒れた。

竜巻が収まった後には、所々黒焦げた鎧が気絶していた。

金ぴか鎧が後ずさりながら、叫んだ。


「貴様ら!! これは王都に対する反逆だぞ!!」


「ッチ!! 都合のいいことほざきやがって。おら、神託って何のことだよ」


「……あまりにもあっけなさすぎる。あなた方、本当に王都騎士団なのですか?」


「そうね、流石にスキル発現者が一人も居ないっていうのはおかしいわね」


……んあ? おぉ、戦闘が終わったようじゃのう。

何やら金ぴか鎧が、三人に詰め寄られているようじゃが。……む?

金ぴか鎧、こっちをみておらぬか?


「……クッソー!!!!!」


「!? おい、なにを!?」


「ちょ!? あんた!! 逃げて!!」


金ぴか鎧は我に近づくと、我の手をつかんで叫んだ。

いや、耳元で叫ばないでほしいのじゃが……


「近づくなぁ!! 変な動きを見せたらこの男を殺す!!」


金ぴか鎧の言葉に三人は動きを止める。

うーむ、我は人質ということかのぅ? この程度簡単に抜け出せるはずなのだが、

抵抗できないのは何故じゃ?


「おいおいおい、それは女の風上にも置けないってやつだなぁ。

えぇ?騎士様よぉ」


「確定ですね、王都騎士団ともあろう者があんなことをするはずがありません」


「無駄な抵抗はせずにお縄につきなさい。今なら罪は軽いわよ」


三人の説得に耳を傾ける様子もなく、金ぴか鎧は高々に笑いだす。

だから、耳元で騒がないでほしい……ん? この気配は……。


「おい、男!! 死にたくなければ私の言うことを聞くんだ!! ヒヒヒッ

そうだな、先ずは王都まで戻り、我らが神の神託を―――」


「お、おい。あれはヤバくねぇか……?」


「なんてこと……!!」


「ちょっと、金ぴか!! あんた後ろ!! 気づかないわけ!?」


「なんだ、そんな罠に引っかかるわけが「ちょっと失礼するぞ」……え?」


先ほどまでは動かなかった身体が動くようになったの。

すぐさま金ぴか鎧を抱えて横っ飛びをする。

一拍遅れて大きな地響きが辺りに響く。


ガアアアアアアアアアアァァァアッァァァ!!!!!!!!!!


咆哮。


金ぴか鎧が腕の中で縮こまるのが分かる。

他の三人も緊張した雰囲気をまとっていた。


「羊の頭、猿の身体、コウモリの翼。さらに、巨体とくりゃ……」


「要警戒魔獣、デーモンです!!」


「あの大量の魔獣が合体でもしたっての!? 最悪よ!!」


三人が言い合っているのを横で聞きながら金ぴか鎧をおろす。

すると、金ぴか鎧は我の腕をつかんだ。

なんじゃ、うるさいから離れて欲しいんじゃが。


「お、おい。私と一緒に逃げるぞ!! あれはダメだ、スキル発現者二人に魔法使い一人では太刀打ち出来ない!! 少なくとも、聖騎士を連れてこなければならない。さあ、早く私とともにくるんだ!!」


何やら言いながら我の腕を引っ張るが、腰が抜けているのか立ち上がる気配がない。

……はぁ、いい加減に名乗りを上げておこうかのぅ。これ以上は日が暮れてしまう。


「お、おい!! 私の言うことを聞け!!」


「あ、あんた!! ソレに近づかないで!!」


「あぶねぇぞ兄ちゃん!! 下がってろ!!」


「危険です!! 離れて!!」


グゥゥゥゥゥゥゥゥ…………!!!!!!


魔獣の目の前に移動する。目の前の魔獣は我に向かい威嚇をしている。

……魔獣も我のこと分かってない? そんなことないよね?

まあ、何はともあれ名乗りよな。そのためにもこの魔獣には静かにしてもらいたい。



取りあえず、脳天にかかと落としを食らわせた。



「「「「……ハァ!!!!????」」」」


見上げるほどの巨体が倒れ、山が崩れたかのような音が響き渡る。

その音が鳴りやんだ頃に、我はようやく名乗りを上げる。


「さて、随分と遅い名乗りになったが。我こそが四柱の神々が一柱!!

戦いをつかさどりし、武神である!! 呼び名はタケルを名乗っておる。

よろしく頼むぞ、人の子たちよ」


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