あべこべ世界の武神様

霜月うまれ

第1話 異変、そして出会い

「ハァ……、ハァ……」


身に着けているライトアーマーがガシャガシャと音を立てる。

背中に背負っている相棒の剣が今は邪魔で仕方がなかった。

夜の暗闇を睨みつけて、ただ足を動かすことに集中する。


私は今、必死になって森の中を走っていた。

追いかけてくるのは、犬型の魔獣。

しつこい犬畜生は、十匹ほどの群れである。戦って勝つのは少し厳しい。


「ハァ……ッ、まだ私は死ねないのよ!!」


強い言葉が出てきたが、現実は変わってはくれないようで。

あっという間に魔獣どもに囲まれてしまう。


「ウ”ウ”ウ”ウ”ッッッ」


「ガァル”ル”!!」


魔獣たちはうなり声をあげながら今にも襲い掛かってきそうだ。

私は申し訳程度に剣を構えるが、果たして生き残ることが出来るだろうか。


「クソッ、私はまだ男一人抱いたことがないっていうのに!!」


半泣きになりながら、私――フィーナは、こうなった経緯を思い出していた。




 私は、小さな村で働く普通の冒険者だった。

冒険者と言っても、この村のあたりは滅多に魔獣は出てこないから、

危ない森の奥で猛獣……クマとかを狩ったりとか、薬草を摘んだりして

たまに出てくる小型の魔物を追い払って日々の日銭を稼いでいた。


この日の夜は、冒険者仲間と酒を飲んでいた。

仕事が終わって、いつもの酒場で集まって騒いでたんだ。


「ゴクッ、ゴクッ……ッハー!! やっぱり、よく働いた後の酒はいいねぇ」


「何がよく働いたですか、今日は薪割りと草むしりしかしてないでしょう」


「どんな仕事だろうと依頼なんだから関係ねぇよ」


「まったく」


あきれ顔で酒を煽っているのは、この村では数少ない魔法使いだ。

薪割りと草むしりしかしてない方は、脳筋の戦士。

魔法使いがローラ、戦士はジェニー。私も合わせて村で三人だけの冒険者だ。


「そんなに言うならローラは今日どんな依頼をしたんだよ」


「私ですか? 村の結界の点検と、魔法の授業を子供たちに少々」


「カーッ、魔法が使えるってのはいいよなー」


二人とも今日は村の外に出てないらしく、私は少しため息をついた。


「あんたたち二人とも少しは魔獣も狩りなさいよ……」


すると、今度は二人ともがこっちを向いて顔を険しくする。


「そういうフィーナは、少し魔獣に挑みすぎです」


「そうだぜー? 今日も魔獣の森に入ったんだろ?」


「当り前じゃない、この辺りの魔獣がみんなあの森に集まるなんて怪しいわ。

何が起きてるのか突き止めるのよ」


私が言い切ると、二人は渋い顔をした。

その顔にムカッと来た私は二人に言い放つ。


「何よ、言いたいことがあるなら言えば」


「いや、別に悪いことしてるわけじゃねぇけどさぁ」


「フィーナ、あの森にはあまり関わらない方がいいです」


「何でよ」


私の問いかけにローラは酒で喉を潤してから言った。


「何やら妙な胸騒ぎがします。

近頃は王都の騎士団もあの森を調査しているようですし」


「そういえば、近頃よく見るな王都の騎士団。あの森を調査してたのか」


「はい、なのであの森のことは騎士団に任せて、

私たちはこの村のことを考えましょう」


「そうだぜフィーナ。命あっての物種だ、

男一人抱いてねぇのに死にたくねぇだろ?」


「……」


ジェニーのつまらない冗句に無言で返して私は酒を煽った。

……いや、確かに男を知らないまま死ぬのはごめんだけど。


「……ップハー!! 危険なことぐらい分かってるわよ。

でも、だからこそ挑まなきゃいけないの!! 

じゃないと、いつまで経っても勇者になんてなれないわ!!」


私はジョッキを掲げ、大声で叫んだ。他の客が目を向けるが気にしない。

私の叫びに二人はヤレヤレといった具合で酒を飲む。


「あーあ、出たよフィーナの勇者願望が」


「まったく、これはどうしようもありません」


私の決意を飄々と受け流して、二人はつまみに手を伸ばし始めた。

この流れはもはや定番となってきたが、やはりムカつくわね。


「もう、フィーナさん。またやってるんですか?

店の中ですからもう少し静かにお願いします」


すると、騒ぎすぎたのか店員であり、この酒場の看板息子の男の人。

レイがこちらに注意しに来てしまった。


「うっ、取り乱したわ。悪かったわね」


「はい、もうしないで下さいね。

ふふっ、でもフィーナさんの夢はいいと思いますよ。

女の人って感じで、夢が大きくて素敵です」


「なにぃ!?」


「なんですって!?」


レイくんの言葉にローラとジェニーは一斉にこっちを向いた。


「コホン、なら私は大魔導士を目指すとしますか」


「おいローラ!! お前今までそんなこと言ったことないだろ!!」


「何を言ってるんですか、夢はいつ持ってもいいんですよ」


「くっ、なら私は聖騎士を目指すぜ!! レイちゃ~ん私もほめてー」


そういいながらジェニーはレイくんの腕にしがみつく。

いいわねぇ、ジェニーのこの行動力は見習わないといけないわ。

まあ、今はジェニーを止めないと。

カウンターの奥でマスターがとんでもない顔で私たちを見てるもの。


「じぇ、ジェニー!! 女たるもの淑女でありなさい!!」


「そうよ!! ジェニーあんた飲みすぎよ!!」


「なんだよー、レイちゃんだって嫌がってないぜー?」


「いえ、離れてほしいですけど!?」


そうして騒いでいると、突然店のドアを乱暴に開け放って一人の女が入ってきた。

そして、ひどく慌てた様子で叫んだのだ。


「おい!! ここに冒険者の三人は居るか!?」


私たちはお互いの顔を見渡すと、仕事モードでその女に返答をする。


「私たちならここにいるわよ、何か用事?」


「なんだよ、これからが良いところだったのによー」


「酔い覚ましの魔法をかけました、いつでも戦えます」


私は剣を背負い、ジェニーは兜を被り、ローラは酔い覚ましの魔法をかける。

戦闘準備は万全だ、これで大した用事じゃなかったらただじゃ置かないわ。


「魔獣だ!! 魔獣がとんでもない数で集まってる!!」


「なんですって!?」


私たちは一目散に店を飛び出した。

そして、目の前の光景に我が目を疑った。


「おいおい、何なんだこの数は!?」


「数百匹、下手をすると千匹を超えているかもしれません……!!」


村の外で、魔獣たちが一斉に魔獣の森へ向かっているのがわかる。

幸い村のことは眼中にないようで、どの魔獣も一目散に森を目指している。


「今はまだ大丈夫のようですが……」


「この数が押し寄せてきたら、ひとたまりもないぜ!!」


二人の言うとおりだ。この数は冒険者三人どころでは太刀打ちできない。

たとえば、王都騎士が五十人くらい必要なのではないだろうか。


「そうだ、王都騎士団!! ローラ、王都騎士団が来るのはいつ頃!?」


「……!! 朝と夜に分けて来ていました! 恐らくすぐ近くにまで

来ている頃かと思います!!」


「よーし、じゃあローラは魔法で騎士たちに連絡を取ってくれ!!」


「わかりました、<ウィンドサーチ>……見つけた!! <テレパス>!!」


ローラは騎士団に連絡が取れたようで、今の状況を説明している。

ジェニーは悔しそうに魔獣たちを睨みつけている。


「私たちは今は何もしない方がいいな、下手に魔獣を刺激してこっちに来られたらヤバイ」


「……そうね」


私の放った言葉とは逆に私の足は村の外に向かって進んでいた。

慌てた様子で私の手をジェニーが掴む。


「おい、私の話を聞いてたか? 何もするなって言ったんだよ」


「私はあの森に入るわ」


「ふざけんじゃねぇぞ!? 死ぬつもりか!!」


「あの森で今まさに何かが起こってるわ。騎士団が着くころには手遅れになってるかもしれない!! 今動ける私たちで、この異変を止めるのよ!!」


「……っ!! いい加減にしろよ!!」


鈍い音とともに、左頬が痛みを訴える。

ジェニーが私を見下ろしていた、そうか、私は殴られたのか。


「フィーナ、お前が勇者を目指すのは勝手だよ。だけどなぁ、夢のために

自分の命を投げ捨てるのは違うんじゃねぇか!?」


「ちょっと、二人とも何してるんですか!?」


連絡を終えたローラが私たちの間に割って入る。


「ローラ、止めるな。フィーナの馬鹿を直してやるとこだ」


「何があったか知りませんが落ち着いてください!! 騎士団はもう数刻で

こちらに到着するそうです。それまでどうするか作戦を―――」


ローラが言い終わる前に私は走り出していた。

ジェニーの声が後ろから聞こえるが無視をする。

無茶なのは承知の上だ。でも、ここで指をくわえて待つのは嫌なんだ―――







「あーあ、我ながら馬鹿な事したわね」


先ほどまでのことを思い出して、思わず呟いた。


「でも、後悔はしてないわ」


誰にでもなく、自分に向かって宣言する。

足元に転がる十匹の犬型魔獣の死体を見つめながら、私は剣を収めた。


「私は勇者になるの、勇者になって証明するのよ」


今の勇者が、いや、あのが――――


ワオオオオオオォォォォォゥゥゥ…………


「……っ!! 何今の!?」


遠吠えのように聞こえた。しかし、魔獣は意思疎通が出来ないはず。

これまで出会った犬型魔獣は一度たりとも遠吠えなどしたことはなかった!!


「やっぱり今回の魔獣たちは変だわ。遠吠え……何かを見つけた?」


考えても仕方がない。一旦音がしたところまで、移動しよう。

そう考え、行動に移ろうとした直後だった。


空気が鉛のように重く感じる。


「……!?」


息が出来ない!? 何が起こっているの!?

パニックで思考がまとまらない……!! 


…………っぁ…………ぃしきが…………

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――…………



「人の子よ、目を覚ませ」


「―――っ!? ァ!?」


その言葉は絶対的な強制力があった。

酸欠状態の頭でも、この言葉には逆らうなという確かな確信とともに

私は強制的に目が覚めた。


「ごほっ……!! ハーッ!!、ハーッ!!」


「お、おい。大丈夫か? 人の子よ」


とてつもないプレッシャーを感じる。目の前を見てみると、そこには男がいた。

筋骨隆々で、背が高い。私よりも二回りほどは高い。

私と同じ黒目黒髪。かなり整った凛々しい顔のその男は……


全裸であった。


「おっ、おとっ!!!! は、はだか!!??!!!!????―――――ァ」


あ、だめだ。

そう思った時には私の意識は完全に暗闇に堕ちていた。




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