番外編 ソーニャの過去 (前編)

※注……【 】で挟まれた場所は、日本語で喋っています




 私――ソーニャ・ラーゲルフェルトが十二歳の時。

 仕事から帰宅したパパは、涙を流しながら床をのたうちまわりました。

「ヘイ! ソーニャ! パパは仕事を首になりました! あのイヤミな女上司、許せねえ! ファック! ファックしてやります!」

 大変です。ファックしたらパパが捕まります。

「パパ、これで落ち着いてくだサイ」

 私はパパ愛用の、乾燥大麻を差し出しました。

 パパは慣れた手つきで紙で巻き、タバコのように火をつけ、吸います。部屋に甘ったるい匂いがたちこめ、パパの目がトロンとします。

「ソーニャ、私が間違っていまシタ……女上司ファックはいけないことデース」

「よかったデス」

「この衝動は、凌辱エロゲで鎮めまーす! 非実在少女なら、いくらファックしてもオッケーでーす!」

 りょうじょくエロゲって、なんでしょう?

 以前パパに聞いても『秘密でーす』と教えてくれませんでした。出て行ったママに電話で聞いてみましょうか。

 パパは冷蔵庫からバングーラッシー(粉末大麻の、飲むヨーグルト割り)を取り出し、ガブ飲みしたあと、

「ヘイ! ソーニャ! 凌辱ゲーの聖地、日本で【オカズ】を爆買いしまショウ!」 



 数日後、パパと私は、旅客機で日本に到着しました。

 ぽかぽか温かい日でしたが、私はコートを着て、頭にはフードをかぶっています。肌が弱いため、日焼けをすると酷いかゆみに襲われるのです。

 そのため家の中で過ごすことが多く、友達もいません。寂しい日々をすごしていましたが……

 今日は久しぶりの旅行。楽しみでゾクゾクします。

「あ、あああ」

 一方パパもゾクゾクしてます。こっちは歓喜でなく、大麻の禁断症状です。

「オー、我が妻があそこに! 私のもとに帰ってきたのですね! レッツ・メイク・ラヴ!」

 公園に飛び込んで、鹿をした遊具をつかんで、激しく腰を振ります。幻覚を見ているのでしょう。

 旅行の予定は【オカズ】を買って、帰国するだけ。

 もっと滞在したいですが、パパは大麻なしだと正気を保っていられません。早めに帰るしかないでしょう。

 ペットボトルの冷水をパパにぶっかけて、我に返らせます。

 そのあと私達は、街中にやってきました。

「オー! ここですね! エロゲーショップ『エロゲアイランド!』」

 パパが足を止めたのは、こじんまりとした店でした。窓ガラスに、アニメっぽい少しエッチなイラストが、沢山貼られてます。

「ヘイ、ソーニャ。パパは【オカズ】を買ってきまーす。ここで待ってるんデスよ?」

 私はうなずき、近くのベンチに座りました。

(ところで……【オカズ】って、どういう意味でしょう?)

 スマホで調べてみると『副菜』のことだそうです。ソーセージやピクルスのようなものでしょうか?

(さすがパパ)

 ソーニャを、日本の食べ物で楽しませてくれようといのでしょう。【オカズ】が楽しみになってきました。

 ……ですが、二時間ほどしてもパパは出てきません。

 異国の地でたった一人。心細さに、うつむいてしまいます。

「はあ……」


「【君、大丈夫?】」


 突然かけられた声。

 驚いて顔をあげると、私と同年代の男の子がいました。手には紙袋を持っています。

 心配そうに私を見つめ、日本語で話しかけてきます。

 私は慌てて、スマホで音声翻訳を試みました。最近のアプリは高性能なので、ほぼ支障なく会話ができます。

「君、全然元気なさそうだから、話しかけてみたんだけど」

「そうでしタカ。パパが『【オカズ】を買ってくるから、ここで待ってなさい』って」

「へー」

「そして、あの店に入っていきまシタ」

 『エロゲアイランド』を指さすと、男の子は絶句しました。

「え、【オカズ】ってそっち? イカれてんな……」

「あの店をご存じなのデスか?」

「前に、年齢を偽って入ったら追い出され……いやそれはいい」

 彼がそう言ったとき、今度は女の子が歩いてきました。黒髪で、とても可愛らしい子です。

「大助くーん! いい【オカズ】買えた?」

「な、なんで知ってんだよ琴ねえ」

「だってさっき会ったとき、様子がおかしかったんだもーん。【オカズ】、お姉ちゃんに見せてみて」

 男の子――ダイスケというらしいです。しぶしぶ、コトネエに紙袋を渡します。

(ふうん、このダイスケって子も【オカズ】を)

 夕食の買い出しの、お手伝いでしょうか。感心しながら紙袋の中をのぞくと……

 えっちな本がありました。

(こ、これが【オカズ】?) 

 どういう事でしょう。

 えっちな本で、日本の主食である米を食べるのでしょうか?

 混乱していると、コトネエが更に驚く事を言いました。

「大助君、わざわざ【オカズ】を買うのはお金がもったいないよ。いつでもお姉ちゃんを【オカズ】にしていいんだよ?」

(この女性を【オカズ】に!?)

 人肉食カニバリズムでしょうか。日本はとんでもない国でした。

「ア、アホか! 何いってんだ琴ねえ!」

「へー、そんなこと言っていいのかなー。お姉ちゃんの脱ぎたてパンツ、【オカズ】にあげようと思ったのにな-」

(脱ぎたてパンツで、米を食うのデスか!?)

 まさに東洋の神秘。

 驚愕する私を、コトネエが見てきて、

「大助君、ところでこの子は?」

「観光で日本にきたけど、パパがあの『エロゲアイランド』に入ったまま出てこないらしい」

「えぇ……」

 コトネエは表情を強ばらせたあと、私に優しく尋ねました。

「ねえねえ、いつ日本に来たの? いつまで滞在するの?」

「さっき来たばかりデス。パパが『エロゲアイランド』から出てきたら、すぐ帰国しマス」

「何その、酷すぎる弾丸ツアー」

 コトネエはダイスケと、顔を見合わせます。

 そしてダイスケが言いました。

「よかったら、少し僕達と遊ばない?」

「あそ……ぶ?」

「ああ。せっかく日本へ来たんだし、いい思い出作って欲しいからな」

 行こうぜ、と笑顔のダイスケが、私の手を引いてきます。

 パパの『ここで待ってなさい』という言いつけを破るのは、後ろめたさもありましたが……

 友達がいない私にとって、ダイスケの誘いはあまりにも魅力的でした。 


 私は二人に、高台の公園へつれてこられました。

 沢山の木々に、ピンク色の花がいっぱい咲いています。夢のように美しいです。

「ここの桜、綺麗だろ?」

「はい! 素晴らしいデス!」

 同じ公園の光景でも、さっき見たパパの鹿ファックとは大違いです。

 そして、それからも……

 友達のいない私にとって、夢のような時間が過ぎて行きました。

 同世代の女の子との、他愛のないガールズトーク。

「私ね、大助君がオ●ニーを覚えたら、私が射精管理してあげようと思うんだ。シコりすぎは身体に悪いからね」

「シャセイカンリ?」

 私が首をかしげると、ダイスケは呆れたように、

「なに言ってるんだ琴ねえ……」

「あ、そうだね、外国の子に言ってもわかんないよね」

「そういう問題か?」

 のちに知りましたが、『射精管理』とは射精の回数やタイミングを、他人が管理することだそうです。

「でも大助君が優しく成長して、お姉ちゃん嬉しい。寂しげな子を遊びに誘うなんて」

 コトネエが、ダイスケの頭を優しく撫でます。

「だって日本の思い出が、親父が【オカズ】買うのを待ってただけって悲しすぎるだろ?」

「えらいっ! ご褒美に……私が射精管理するときは、一日三回まで射精していい事にしてあげるねっ!」

「管理してその回数?」

 ああ――

 私が求めていたのは、こんな同年代の友人との、何気ない会話だったのです。

 ですが、楽しい時間が過ぎるのは早いもの。

 スマホに、パパから連絡がきました。どうやら【オカズ】を買い終えたようです。

 三人で『エロゲアイランド』に戻ると、パンパンの袋を両手に持ったパパがいました。おそらく【オカズ】が詰まってるのでしょう。あんなに食べられるでしょうか。

 私が事情を説明すると、パパは、ダイスケとコトネエを見下ろして、

「娘と遊んでくれて、サンキューです」

「いえ、僕達も楽しかったです」

「これはせめてもの礼デース」

 パパはダイスケに、紙袋を差し出しました。ダイスケは遠慮していましたが、パパはなかば強引に渡します。

 その後、私はダイスケ、コトネエと挨拶を交わし……

 後ろ髪を引かれる思いで、その場を後にしました。

 パパを見上げて、

「あの子に、何をあげたのデスか?」

「『エロゲアイランド』で貰った、エロゲのチラシでーす!」

 よくわかりませんが、ゴミを押しつけたようです。申し訳なさで胸が一杯になります。

 ですが……

 振り返ると、ダイスケは狂喜乱舞していました。

「うお-、これ気になってたエロゲーのチラシだ! サンプルCG、エロい!」

「こら大助君! 射精は一日三回までだよ!」

 仲睦なかむずまじい、ダイスケとコトネエ。

 それを見て、私の胸がズキンとうずきました。

(え、なんですか、これ?)

 まさか――ヤキモチ?

(もしかして私、優しくしてくれたダイスケのことを……)

 頬をポーッと染める私。

 それを見たパパが、

「オー……まさか惚れたんデスか……!? 出てった妻と同じで、男の趣味がバッドでーす……」




(後編に続く)





後書き:モチベーションにつながるので、

面白かったら作品の目次ページの、レビュー欄から

☆、レビュー等での評価お願いいたします


あと、ファミ通文庫から発売中のラノベ

『朝日奈さんクエスト〜センパイ、私を一つだけ褒めてみてください〜』

原作を担当した漫画

『香好さんはかぎまわる』

も、よろしくお願いします





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