第35話 英理香の、真央への信頼
7時半頃の駅。
俺はいつもどおり、プラットフォームで
「
「ああ、おはよ──」
俺は英理香の顔を見て、思い出してしまった。
今朝見た夢に出てきた、英理香の前世である勇者エリーズを。
そしてエリーズと戦っていた、魔王の姿を。
エリーズは俺の前世であるエドガーの正妻。
そして、妹・
真央が魔王だと判明した直後は、英理香のことは考えないようにしていた。
だが本人がこうして現れた以上は、嫌でも最悪の事態を考えてしまう。
──妹と友人の二人が殺し合うという、最悪の事態を。
板挟みで悩むって、こういうことだったんだな。
なんだか気分が悪くなってきた。
吐きそう。
「弓弦、どうしたのですか? 顔色が優れないようですが……」
「なんでも、ない……」
「──魔王の正体に、気づいてしまいましたか?」
「──ッ!?」
英理香は残念そうな表情をしていた。
どうやら彼女には、全てお見通しらしい。
っていうか、「気づいてしまいましたか?」ってなんだよ。
まるで最初から、真央の正体について知っていたような口ぶりじゃないか。
だが俺は勘付かれないように、必死に表情を作る。
そうでもしなければ、英理香との友人関係も終わりになってしまう。
それは嫌だ、譲れない。
英理香は陰キャぼっちだった俺に、とても優しくしてくれた。
成績優秀・スポーツ万能・品行方正・容姿端麗という、黙っていても人が集まるくらいの人気者のはずなのに。
さらに英理香の前世であるエリーズは、前世の俺・エドガーの本妻だ。
ただ政治的に重要だったというだけでなく、数いるハーレムメンバーの中で最も愛していた女だった。
俺は、英理香も真央も敵に回したくない。
だから俺は、嘘をつく。
「は、はは……君の中二病っぷりは平常運転のようだな……最初は『そんな設定ありえない』って思ってたけど、だんだん面白いって思えるようになってきたよ……君の設定は、噛めば噛むほど味が出るスルメだ」
「その様子では、前世の記憶と力をすべて取り戻したようですね。であれば、真央の正体が魔王だということに、気がついているはずです」
「たちが悪い冗談だな……名前が『真央』だからって、『魔王』はいくらなんでも安直すぎるだろ……」
「魔王はそれすらも計算の内に入れていたのでしょう。まあ、私は初対面のときから正体に気づいていましたが」
やはり俺の読み通り、英理香は真央の正体について気づいていた。
英理香は真央に対して事あるごとに「あなた、一体何者ですか!?」と詰問していたが、どうやらそれも演技だったらしい。
「勘違いしないでください。私は弓弦、あなたの味方です。あなたがどのような選択をしたとしても、それについていきます」
「信じて、いいんだな……?」
「はい。なぜなら私は前世で、あなたの妻だったのですから。それに私はエドガーではなく、江戸川弓弦のことが大好きですから」
英理香は俺の両手を取り、潤んだ目で見つめる。
その目は、俺を騙そうとしているようには見えなかった。
俺と英理香は、たった今到着した電車に乗り込んだ。
◇ ◇ ◇
放課後、俺と英理香は学校近くの運動公園に来ていた。
密談をするために。
平日・16時前頃の公園は、それほど人は多くない。
だだっ広い敷地の中に、散歩をしている高齢者が数人いる程度だった。
「それで弓弦、あなたが力を取り戻した直後、真央はどんな反応を示しましたか?」
「勢いよく抱きつかれて、それで思いっきり泣かれた」
英理香の質問に正確に答えると、彼女は明らかに狼狽えていた。
「興奮、しましたか……?」
「は、はあっ!? 妹に欲情するわけないだろ!」
ま、まあ……全く興奮しなかったといえば嘘になるけど……
薔薇のような甘い香りと体温を、思い出してしまう。
「はあ……それで、真央はなんと仰っていましたか?」
「えっと……確か、『もう誰も傷つけないし奪わないから、殺さないで』って言ってたな」
「そうですか……」
英理香は真剣な表情で、黙り込む。
真央は前世では人々を苦しめてきた魔王だ。
だから今更「殺さないでくれ」と頼むのは筋違いだ。
──恐らく英理香は、そのように考えているのかもしれない。
確かに前世の記憶を取り戻した俺も、頭の片隅ではそう考えてしまう。
だが──
「英理香、頼む。真央を許してあげてくれ。殺さないでくれ。俺の大切な妹なんだ!」
「分かっています。真央は殺しませんし、危害を加えるつもりもありません」
「え……?」
英理香は優しげな表情で、そう言った。
俺にはそれが、とても意外だった。
英理香の前世であるエリーズは、勇者として魔王討伐の使命を課されていた。
そして誰よりも、魔王討伐に心血を注いでいた女だったのだ。
「──条件は?」
「真央が具体的な行動を起こさない限り、私も何もしません」
「いや、そうじゃなくって交換条件だ。俺に何をして欲しいんだ? 何が欲しい?」
「何もいりません。強いて言うなら、これからも弓弦と真央と仲良くしたい……というところでしょうか」
「お願いされなくても、君とはずっと仲良くしたい。俺はそう思ってる。だからそれは交換条件とは言わない」
「だから言ったでしょう? 何もいらない、と」
英理香は強い語気で断言する。
「初めて真央と会ったときから、彼女が悪い人間ではないということは分かっていました。彼女は私の正体を知っている様子だったのに、攻撃を仕掛けてきませんでしたし。私の演技を、素直に信じてくれましたし」
英理香の言う「演技」とは、「真央の正体に気づいていないフリ」のことだろう。
もし仮に真央に殺意があったのなら、いつでも英理香を殺せたはずだ。
しかし真央は、それをしなかった。
それに真央は、幼少期からずっと一緒にいた兄の俺を殺さなかった。
魔王の魔術を用いれば、真の力に目覚める前の俺など一瞬で蒸発させることができるはずなのに。
真央はそれだけ、俺と英理香を信用してくれていたということだ。
「それに真央はもう魔王ではなく、ごく普通の女の子です。だから、真央とは仲良くしたいと思ったのです。これでも信じてくださいませんか?」
「分かったよ、英理香。俺は君を信じる」
「ありがとうございます」
英理香は今日はじめて、俺に笑顔をみせてくれた。
彼女も彼女で、俺がどう出るか心配だったのかもしれない。
「ということで、弓弦。今週の土曜日、私と真央の三人で遊びませんか?」
「いいけど……真央は君の正体を勘付いているんだろう? 俺の記憶も元に戻ったんだから、勇者である君と一緒にいると警戒されると思うんだが」
「私に策があります……うふふ」
英理香はいたずらっぽい笑みを浮かべる。
よっぽど自分の策に自信があるのだろう。
俺たちは帰宅するべく、駅へ向かった。
◇ ◇ ◇
18時前。
自宅前に辿り着いた俺は、玄関のドアを開ける。
「ただい──」
「おにいちゃあああああああんっ!」
すでに帰宅していた真央に、勢いよく抱きつかれる。
抱きつかれるのはいつものことだが、しかし涙声だったのが気になる。
「ど、どうしたんだ? 真央」
「お兄ちゃん……土曜日に英理香ちゃんと遊びに行くの……?」
真央は俺に、スマホを見せる。
そこには英理香からのメッセージが表示されていた。
────────────────────
実は私、真央が魔王だということに最初から気づいていました。
今まで隠していて申し訳ありませんでした。
ですがこれからもずっと仲良くしたいと思っていますので、今週の土曜日に弓弦も連れて三人で遊びに行きませんか?
私、魔王じゃないです。
あとその日はちょっと用事があるので、行きたくないです。
悠木英理香:
もしこの誘いを断るのでしたら、弓弦と二人っきりのデートになってしまいますが……
それでもよろしいのですか?
江戸川真央:
行けばいいんでしょ、行けば!
何が目的かは知らないけど、勇者の口車に乗ってあげる!
悠木英理香:
当日はよろしくおねがいしますね。
一緒に遊べることを楽しみにしています。
────────────────────
真央はスマホをしまい、俺にすがりつく。
「英理香ちゃんは私を殺さないよね……? 罠にはめたりしないよね……? お兄ちゃん……」
「大丈夫だ。英理香は君に危害を加えるつもりはないと誓ってくれた。それに俺は、君の味方だ」
「お兄ちゃんがそう言うのなら私、信じるよ……」
俺は真央を落ち着かせるため、抱き寄せて頭を撫でる。
触り心地のいい髪からはとても甘い香りが漂ってきて、俺も少し落ち着いてきた。
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