第36話 英理香・真央とのショッピングデート?

 土曜日の朝。

 ついに、真央まお英理香えりかを伴ったお出かけの日と相成った。


「お兄ちゃん、おはよう」

「ああ、おはよう」


 リビングで鉢合わせた俺と真央は、互いに挨拶をする。

 真央の表情は、期待と怯えが入り混じっているように見えた。


「真央、今日は英理香と遊びに行くけど、大丈夫か?」


 真央と英理香は、前世では不倶戴天ふぐたいてんの敵だった。

 英理香は「真央に危害を加えない」と言っていたが、真央からすれば不安の種であることには変わりない。


 真央は少し沈黙した後、生唾を飲んで答える。


「大丈夫だよ。私がいなかったら、お兄ちゃんと英理香ちゃんのデートになっちゃうもん……そんなの、嫌……」

「そうか。分かった」


 俺はドリップコーヒーを作る準備を始める。

 朝はブラックコーヒーを飲まないと、やってられない。


「お兄ちゃん、今日は先に家を出て? 私は集合時間ギリギリに行くから」

「なんでだ? 俺と一緒に集合場所まで行けばいいだろう」

「だって、現地集合したほうがデートっぽいよね……?」


 真央は顔を赤らめている。

 デートっぽさを演出する理由はよくわからないが、別々に家を出るのはまあ構わないだろう。


「分かった。じゃあ俺は早めに出る」

「うん……今日はよろしくね。私を守ってね?」

「ああ。何があっても君を守る」


 俺はコーヒーをドリップしながら、真央に誓う。

 真央はあまり元気がなさそうだったので、完成したコーヒーをマグカップに注いで彼女に渡す。


「それ飲んで、元気をだしてくれ」

「あの。これ、ブラックだよね?」

「砂糖とミルクはセルフサービスだ」

「そう? ──ありがとう、このまま飲むね? 今日はいつもと違うことを試したい気分なんだ……いただきます」


 真央はマグカップを両手に持ち、こくこくと飲む。


「うええ……やっぱり苦い……けど、癖になるかも……」

「それはよかった」


 真央は苦いコーヒーと格闘する。

 俺はその様を、微笑ましく眺めていた。



◇ ◇ ◇



 俺は家を出て電車に乗り、待ち合わせ場所まで到着した。

 集合時間は10時ジャスト。

 現在時刻は9時半頃なので、まだまだ余裕はある。


 土曜日の朝なので人通りは多くない。

 俺は道行く人々の動きを観察していた。


 ──人間観察から10分程度経った頃、一人の少女が姿を現した。


「おはようございます、弓弦ゆづる

「英理香、おはよう」


 英理香が笑顔で挨拶をしてくれたので、俺も気持ちよく返事できる。

 だが、もし真央と彼女を会わせてしまえばどうなるか、気が気でない。


 もちろん英理香のことも、そして真央のことも信じている。

 彼女たちは互いを、友達として扱うことを。

 殺し合わないことを。


 だが、万が一のことを考えてしまう。

 俺は、二人には争ってほしくない。


「あれ、真央はどちらにいらっしゃるのですか?」

「真央は遅れてやってくる。なんでも、デートっぽさを演出したいらしいんだ」

「なるほど……考えましたね」


 英理香は関心したように頷く。

 俺たちは真央の到着を待つべく雑談を始める。


 その10分後、ついに真央がやってきた。


「お兄ちゃん! 英理香ちゃん! おまたせ!」


 真央は大きく手を振りながら、俺たちに駆け寄ってくる。


「ごめんね? 二人とも、待った?」

「俺は9時半にはここに来てたんだが……君より早く出たんだから、聞かなくても分か──」

「分かってないなあ、お兄ちゃんは。こういう時は『いや、俺も今来たところだよ』って気を遣うところだよね?」


 真央は人差し指をちっちっちと振り、男っぽい声を必死に作って言った。

 彼女の言うことに、英理香も大きく頷いている。

 確かに恋愛ドラマでは、真央が言った流れは定番だな。


「リピートアフターミー──俺も今来たところだよ……さんはい」

「お、俺も今来たところだよ」

「はい、よくできたね。偉いよ、お兄ちゃん……えへへ」


 真央はとても嬉しそうに笑っていた。

 彼女に「ちょっと屈んで?」とせがまれたので屈むと、なんと俺の頭を撫でてくれた。


 その様子に英理香は、少し面白くなさそうな表情をしていた。


「さあ、今からショッピングモールに行きますよ!」

「お、おう……!」


 俺は英理香に手を引かれ、路線バス乗り場へ向かう。

 真央は「わ、私も負けないんだから!」と言って、俺の左手を強く握った。



◇ ◇ ◇



 10時過ぎ、ようやくバスはショッピングモールに到着した。

 ここは県内でも有数の、大型商業施設である。


 開店直後なのにも関わらず、屋外駐車場には多くの車が停まっている。

 車から降りる家族連れやカップルも、散見された。


 俺たちはバスから降り、建物の中に入る。


「みんな、どこか行きたいところはあるか?」

「あ、じゃあ服買いに行こうよ!」

「いいですね、真央。私も見に行きたいと思っていました」

「じゃあ服屋に行こう」


 俺たちはファッションショップが立ち並ぶエリアに向かう。

 そして、行き着いた先は……


 ──水着ショップだった。

 真央や英理香の後ろについていったので、当然女性モノばかりを取り揃えている店である。

 大勢の女性客や店員たちが、俺を見ていた。


「お、おい……なんで水着ショップに……? めちゃくちゃ恥ずかしいんだけど」

「もう6月も終わりです。夏休みがすぐそこまで迫っているのですよ?」

「そうだよ! プールとか海とか、楽しみだなあ……」


 英理香は「このコは何を言っちゃってるの?」と言わんばかりに肩をすくめる。

 一方の真央は、目を輝かせていた。


「分かった。外で待ってるから」

「お兄ちゃんも来て! 男の子の意見も聞きたいの!」

「そうですよ! ──それに私、弓弦に選んでほしいのです。ダメ、ですか……?」


 真央はグイグイと俺を引っ張る。

 英理香は捨てられた子犬のような目で、俺を見つめていた。


「分かった、分かったから! ──俺、あまりファッションとか詳しくないから、期待しないでくれよ」

「大丈夫だよ。自分でいくつか選んで、その中でお兄ちゃんに選んでもらうから」

「それに、あなたが選ぶことに意味があるのです」


 俺たちは水着を物色し始める。

 うーん……女性客たちの視線が痛いなあ……

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