第32話 由佳とのランチ
「筆記試験、お疲れ」
「ありがとう。それにしてもグループチャット、すごいことになってたわね」
先程筆記試験を終えたところなのに、笑いを堪えるような表情をしながらチャットの内容に言及したのだ。
試験の手応えは、聞くまでもないだろう。
もちろん、いい意味で。
「ああ……めちゃくちゃ疲れた」
「私が
「よく分からないな……」
そういえばグループチャットでは、俺の話ばっかりしていたような気がする。
「由佳を応援する会」という名前なのに。
「そろそろお昼ね。ご飯はどうする?」
「景気づけにファミレスにしよう。ゆっくり話せるし」
「いいわね。行きましょう」
俺たちは体育館を出て、近所のファミレスに向かった。
◇ ◇ ◇
俺と由佳はファミレスに到着した。
店員に案内され、テーブルにつく。
メニューをチェックして注文を終えた直後に、俺のスマホが振動した。
由佳のスマホも着信音が鳴っている。
「『由佳を応援する会』からだわ」
「君の筆記試験の報告が聞きたいんだろう」
俺と由佳は、スマホを確認する。
────────────────────
由佳、もうそろそろ筆記試験が終わった頃合いだと思います。
手応えはどうですか?
もうバッチリよ!
ネットで過去問とかいっぱい調べたから、それを参考に勉強してたのが良かったみたい。
それはよかったです。
実技試験もがんばってください!
矢口由佳:
ありがとう。
それで由佳ちゃんとお兄ちゃんは今、何をしてるの?
私、気になるなあ……
スタンプ:変なキャラがにやけ面を晒している
────────────────────
「ひあっ!?」
真央からのメッセージが届いた瞬間、由佳は変な声を上げた。
スタンプのキャラにビビったのだろうか。
「どうしたんだ?」
「な、なんでもないわよっ……!」
由佳は顔を真っ赤にしながら、スマホを裏返してテーブルの上に置く。
よし、代わりに俺が真央に返信しておこう。
俺は自分のスマホをタップする。
────────────────────
江戸川弓弦:
ファミレスで昼食だ。
まだ料理は来てないけどな。
悠木英理香:
そうなのですか。
ちなみに、どちらがファミレスに誘ったのですか?
江戸川弓弦:
景気づけにと思って、俺が誘った。
江戸川真央:
うわ……お兄ちゃんやらしい……
スタンプ:変なキャラがプププ……と笑っている
────────────────────
「やらしくない!」
「ひっ!?」
俺は机をバンと叩き、立ち上がる。
手は痛いし、多くの客・店員と由佳に注目されるし散々だ。
「ゆ、弓弦……いきなりどうしたのよ?」
「いや、なんでもないっ!」
「もしかして、グループチャットに変なこと書いてあった?」
「ああ、君にはかなわないな……『俺が由佳をファミレスに誘った』ってチャットに投稿したんだけど、真央が『やらしい』だってさ」
「とっちめる!」
由佳は顔を赤らめながら、慌てた様子でスマホを取り出す。
────────────────────
矢口由佳:
真央、ヘンな誤解はやめてあげなさいよ?
弓弦も私も、そういうんじゃないんだから。
江戸川真央:
そうかな?
男の子と女の子が二人で食事するなんて、やらしいこと以外に意味あると思う?
悠木英理香:
ないですね。
相羽茉莉也:
ないです……
江戸川弓弦:
一応、俺と由佳は幼馴染なんだが……
景気づけのために誘っただけなんだが……
────────────────────
「──お待たせしました。和風スパゲティと、ステーキセットです」
俺がチャットをしている最中、二人分の料理を持った店員が現れた。
俺と由佳は「ありがとうございます」と礼を言い、皿を受け取る。
俺はステーキセット、由佳は和風パスタだ。
由佳はスマホを構え、料理を撮影している。
SNSにでも載せるのだろうか。
「私が写真を撮り終わるまで、待っててくれたのね? ごめんなさい」
「ああ、だが気にしなくていい──いただきます」
「いただきます」
俺たちは手を合わせ、料理に手を付ける。
俺はフォークとナイフを使いこなし、ステーキを切って口に運ぶ。
うむ、やはりステーキはうまい。
一方の由佳は右手にフォーク、左手にスマホを構えながら食べている。
食べながらスマホをいじるのは行儀が悪いが、俺は指摘するつもりはない。
「──はあっ!?」
突如として、由佳が驚きの声を上げる。
一体何があったというのだろうか。
由佳は剣呑な表情を浮かべ始める。
「ゆ、弓弦……英理香と真央に『あ〜ん』してもらったこと、あるの?」
「急にどうしたんだ?」
「いいから答えて!」
「ここだけの話だが、あるよ。めちゃくちゃ恥ずかしいから誰にも言わないで欲しい」
「言わないわよっ!」
ところで、どうして「あ〜ん」の話になったんだろうか。
どうして由佳は、英理香と真央が俺に「あ〜ん」をしてきたことを知っているのだろうか。
──もしかして、グループチャットか!
俺はステーキプレートにフォークとナイフを叩きつけ、大急ぎでスマホを確認する。
────────────────────
矢口由佳:
本日のランチは和風パスタです。
弓弦はステーキセットね。
画像:由佳が注文した和風パスタ
画像:ステーキと弓弦の顔
江戸川真央:
きゃー! お兄ちゃんの画像!
ありがとう由佳ちゃん、保存しておくね!
あ、パスタおいしそう。
悠木英理香:
ふふん、由佳も詰めが甘いですね。
弓弦とファミレスに来て、写真撮影だけで満足するとは。
私は弓弦に「あ〜ん」して食べさせたことがありますよ。
江戸川真央:
私も「あ〜ん」してあげたことあるよ!
お兄ちゃん、恥ずかしそうにしててとっても可愛かったなあ……
相羽茉莉也:
ええええええっ!?
みんなすごいなあ……わたしにはできないよお……
────────────────────
「ぐおおおおおおおおおっ……!」
なんだか暴れたい気分になってきた。
気恥ずかしさから逃れるために。
だがファミレスで暴れるわけにもいかない。
俺はナイフとフォークを手に、肉を食らう。
間にライスをはさみ、ついに俺はステーキセットを完食した。
「は、早っ!?」
空のステーキプレートとライス皿を見て、由佳は驚いている様子だった。
まあ無理もない、俺でもわけがわからないほど早食いしてしまったのだ。
「弓弦、そんなにお腹空かせてたの?」
「あ、ああ……まあね」
「じ、じゃあ……私のパスタ、食べる……?」
由佳はそう言って、パスタが巻きつけられたフォークを差し出してきた。
「いらないのならもらうけど……皿ごとくれたら」
「はあっ!? 英理香と真央には『あ〜ん』してもらったくせに、私のは断るの!?」
「いや……あれは事故だ! 脅迫だ! 別に深い意味はない!」
「一生懸命言い訳しなくていいから、食べてよ……」
由佳は目を潤ませながら、恥ずかしそうに言う。
そんな目で頼まれたら、断れないじゃないか……
「わ、分かったよ……あ〜ん」
「あ、あ〜ん……」
俺は口開け、和風パスタを食す。
うむ、出汁の味が効いていてうまい。
でも、間接キスしちゃったんだよな……
由佳とは幼馴染だし姉みたいなものだと思ってたけど、案外恥ずかしい。
「ど、どう……おいしい?」
「ああ、おいしいよ」
「本当!?」
由佳は「よかった……」と安堵の声を漏らす。
そして「ちょっと待っててね」と言って、スマホを操作し始めた。
パスタはしばらくお預けだ。
それから少し遅れて、俺のスマホも振動する。
何回も、何回も……
サイレントマナーモードにしとけばよかったか。
食事中くらいゆっくりしたいと思った俺は、スマホを操作する。
──まあ、最後に一度くらいチャットを見てもいいか。
────────────────────
矢口由佳:
たった今、弓弦に「あ〜ん」してあげたわよ!
めちゃくちゃおいしそうに食べてたし、「もっと君のパスタが食べたい──」「君が欲しい──」ってねだってきたんだから!
悠木英理香:
私としたことが、墓穴を掘ってしまいました。
「『あ〜ん』したことがある」なんて言わなければよかったです。
ごめんなさい。
江戸川真央:
ふっふっふ〜、勇者も焼きが回ったね。
人にマウント取りに行ったらダメなんだよ?
悠木英理香:
真央、あなたは一体何者なのですか?
事あるごとに私を「勇者」と呼んでいますが……
スタンプ:美少女が剣呑な表情を浮かべながら、剣を構えている
江戸川真央:
煽ってしまい申し訳ありませんでした、英理香様。
私はお兄ちゃんの、従順で可愛い妹です。
スタンプ:変なキャラが土下座している
相羽茉莉也:
あわわ……
もうついて行けないよう……
────────────────────
──茉莉也、安心しろ。
俺もついて行けそうにない。
「ゆ、弓弦……まだまだパスタ残ってるから、食べさせてあげる……感謝しなさいよねっ!」
「やれやれ、しょうがないな……」
「あ〜ん……」
俺はこのあと、由佳とともに和風パスタを食した。
ドキドキ感というスパイスも効いていて、とてもおいしかった。
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