第23話 映画のキスシーンと緊張
劇場版『メイガス・キラー』がついに始まった。
一応アニメ版と漫画版はチェックしていたので展開はある程度知っているが、美麗な映像には大感激だ。
◇ ◇ ◇
魔術が秘匿された現代日本──
主人公は魔術とは無縁の、平凡な男子高校生。
彼は異世界から転移してきたという《聖女》──つまりヒロインと出会い、住むところに困っているという彼女と同棲することにした。
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うおおおおおっ!
《聖女》可愛いいいいっ!
劇場内は私語厳禁なので、心のなかで叫ぶ。
他のファンたちも俺と同じように、シャウトしているに違いない。
少し時間が経ち、最初のバトルシーンが始まった。
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主人公と《聖女》は大型商業施設で買い物をしていた時、異世界から召喚されたという《騎士》とそのマスターに襲撃される。
《騎士》たちはとある儀式の参加者で、儀式の一環であるバトルロイヤルに勝ち残ったものには何でも一つ願いが叶えられるという。
そのバトルロイヤルに勝利するため、《聖女》が狙われたのだ。
襲撃に巻き込まれた買い物客を見て、主人公と《聖女》は《騎士》たちを倒すことを決意。
だが《聖女》の魔術は《騎士》に通じず、自宅まで撤退した。
《聖女》を強化する必要に迫られたが、それには魔力供給が必要。
だが主人公は魔術師ではないため、魔力はほとんど持っていない。
どうすれば《騎士》を倒せるかを思案していたところ、主人公は《聖女》に押し倒されてキスされた。
これは、一般人から魔力を吸い上げるための行為だ。
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うおおおおおっ……もし地上波でやったらお茶の間が凍りつくな……
そう思ってしまうほど、舌使い・喘ぎ声・音がやたらエロかった。
もちろん、いい意味で──
「えっ!?」
キスシーンの最中、アームレストに乗せていた右手に温かくてすべすべした感触があった。
なんと
俺と英理香は目が合う。
彼女は妖しい笑みを浮かべ、俺はさらに興奮してしまう。
そして極めつけに、彼女は俺の肩に寄りかかってきた。
こんなことをされたら、エリカの花のような甘い香りも相まって緊張してしまう。
それに、いくら暗いとはいえ人でいっぱいなので、背徳感が半端ない。
俺はドキドキしながら映画を見続けた。
◇ ◇ ◇
劇場版『メイガス・キラー』は無事に終了した。
だが俺は、英理香に手を握られたり寄りかかられたりしたせいで、まったく映画に集中できなかった。
──よし、来週か再来週あたりにでも、もう一回観に行こう。
週替りの来場者特典も手に入って、一石二鳥だ。
そう思いながら、俺は英理香とともに部屋を出る。
そして映画館のロビーにて、俺たちは仲間と合流した。
「お兄ちゃん、すっごく面白かったね! 《聖女》と《魔王》の魔術戦なんて特に、綺麗で迫力満点だったよ! ──ま、まあ……《魔王》が死んじゃったのは悲しかったけどね……」
「あ、あはは……そうだったな……」
しかし、俺は一切覚えてない。
漫画版でそういう展開があったのは覚えているが、スペクタクルだと思われる戦闘シーンを、俺は覚えていられなかった。
「ゆ、
「ごめん。先に言っとけばよかったな」
ちなみに彼女には、この前の自宅での勉強会の時に漫画版『メイガス・キラー』をおすすめしていた。
キスシーン自体は漫画版にもあったが、しかし静止画と動画ではぜんぜん違う。
滑らかな動き・声優の演技・効果音など、様々な要素が観客たちに訴えかけてくるのだ。
「ラストの『行かないでくれ……!』って言って、主人公が《聖女》に抱きつくシーン……感動しました……ぐすっ……」
「お、俺も感動したよ……」
《聖女》は異世界人であると同時に、霊体だ。
最終的に、彼女は元の世界に帰らなければならない。
だが主人公は、劇中に登場した「勝者の願いを叶える」という世界樹の力を使って、《聖女》を受肉させて現代日本に繋ぎとめたのだ。
あれは確かに屈指の感動シーンだったが、しかしこと劇場版においては、まったく記憶にない。
「戦闘描写がすごくリアルでした。《騎士》の剣術もそうでしたし──参考になりますね!」
「何の参考になるんだ……」
英理香の話によれば、彼女は前世で《勇者》だったという。
それが本当か、あるいは中二病設定なのかは不明だが、その彼女すらも唸らせる戦闘シーン……
──やべえ、覚えてねえ……
というより英理香は、てっきりキスシーンとかその他ラブコメ展開の感想を述べるものかと思っていたので、俺は意外に思っている。
真央は俺の服の袖を掴みながら、上目遣いで言う。
「お兄ちゃん、帰ろう?」
「ごめん、ちょっとトイレに行ってくる。みんなは先に帰っててくれ──じゃあな、また学校で」
「そう、分かったわ……さようなら」
「ゆ、弓弦先輩っ……今日はありがとうございましたっ……!」
俺は女子たちに手を振る。
すると彼女たちは少し名残惜しそうにしたが、手を振り返してくれた。
◇ ◇ ◇
「ふう……」
俺はトイレで用を済ませ、手を洗う。
そして男子トイレから出た直後、俺は英理香と鉢合わせになった。
「なんだ英理香、まだ帰ってなかったのか」
「はい……──あの、本日はありがとうございました」
英理香は少し残念そうな表情をしながら、俺に頭を下げる。
俺たちは二人で映画を観に行く約束をしていたが、結果的にみんなで観に行くことになって、当てが外れたからだろう。
俺がもう少し、一人で帰るフリをするのが上手だったなら。
一人で帰る理由を、上手くでっち上げられたなら……
「いや、本当にごめん。俺が上手い理由を考えられなかったせいで……」
「いえ、それは気にしなくても構いません──そもそも、当日に誘ってしまった私が悪いのですから……」
英理香は俺から少し目を逸らす。
「──ですから、今日は本当にありがとうございました」
英理香はそう言って跪き、俺の右手を取ってキスをした。
唇が手の甲に軽く触れる程度の、軽いキス。
だがそれでも唇の柔らかさや熱が感じられ、本物のキスはどんなものかと妄想してしまった。
通路にはそれなりに人がおり、俺と英理香は二度見されている。
俺は破廉恥な行為を人に見られ、ドキドキしていた。
──い、いや! これはただの欧米式の挨拶だ!
英理香は中二病だから、どこかで勉強してきたんだろう!
「色々ありましたが、弓弦の隣で素敵な映画を観られてよかったです」
「あ、ああ……」
俺は、そんな返答しかできなかった。
「なぜ人前で手の甲にキスをしたのか」と聞く理性など、もはや持ち合わせてはいない。
「では、そろそろ帰りましょうか」
「そ、そうだな……」
こころなしか元気を取り戻した様子の英理香とともに、俺たちは映画館をあとにした。
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