第24話 キスへの困惑と気付き

 夜……

 映画を観終わった後、俺はまっすぐ帰宅した。

 そして夕食を取ったあと、風呂に入るべく浴室に入った。


 ──それにしても、疲れたな。


 中間テスト打ち上げでは、英理香えりか茉莉也まりやの二人と間接キスしちゃったし……

 『劇場版 メイガス・キラー』を観てたときは、英理香にボディタッチされまくった上に、手の甲にキスされちゃったし……


 これで、精神的に疲れないわけがない。


 俺は右手の甲を眺める。

 そこには、英理香が使っていたピンク色の口紅が、ごく少量だが残っていた。

 軽く触れる程度のキスであったが、俺はキスの跡を見て興奮した。


 ──まあ、手を洗わないわけにはいかないよな。

 今の今まで洗えなかったが、感染症予防のためには必要なことだ。


 俺はシャワーを浴びる。

 そして適当に身体と手を洗ったあと、湯船に浸かった。


 やはり風呂は最高だ。


「はあ……」

「お兄ちゃん、一緒に入ろうっ!」


 突如、浴室のドアが開け放たれた。

 そこには一糸まとわぬ真央まおがおり、満面の笑みで俺におねだりしてきた。


 小さな体に、小さな胸。

 小さいからこそ背徳感があり、とても危険な香りが漂っている。


「か、勝手に入ってくるなよ! 俺、まだ湯船に浸かったばかりなんだが!」

「えへへ……お兄ちゃん、本当は『真央の裸が見られて嬉しい』って思ってくるくせに……」

「思ってない!」

「顔、真っ赤だよ?」

「それは風呂に入ったことで血行が良くなったからだ!」

「でも、ガン見はしてたよね?」

「してない! ──ま、まあ……ちらっと見えちゃったけど……」

「ほら、やっぱり見てたよね」


 真央はしたり顔で言った。


 それにしても今気づいたのだが、浴室の扉がすでに閉まっていた。

 どさくさに紛れて真央が閉めたのだろう。


 どうやら、ここから出ていく気はなさそうだ……


「もういい、俺は出ていく」

「ちょっと待って!」


 湯船から上がろうとする俺。

 そんな俺の両肩を真央はガシッとつかみ、下へ押さえつけてきた。


「お兄ちゃん、さっき映画館で英理香ちゃんと何をしていたの?」

「さ、さっき……?」


 俺は真央に、真剣な表情で問いただされる。

 その時、英理香のボディタッチや手の甲へのキスを思い出してしまった。


「い、いや……普通に映画を観てただけだよ……無言で」

「本当に? 《勇者》の魔力──じゃなかった、英理香ちゃんの移り香がべったり残ってるよ?」


 それにしても真央、「魔力」と言いかけた気がするのだが……

 中二病的な表現なのだろう。


「香りだったら、たった今身体を洗ったからなくなってるとは思うが……」

「残ってる! だ・か・ら……私が綺麗にしてあげるね……」


 真央がいきなり俺の右手を取ったかと思うと、なんと手の甲にキスしてきた。

 しかも真央の柔らかい唇が、何度も押し当てられてしまったのだ。


 俺は驚きのあまり、声も出せずにいる。


「えへへ、固まっちゃって……可愛い」

「や、やめてくれ……!」

「うん、分かった──もう魔力の残滓も残ってないしね」


 真央はやけにあっさりと引き下がった。

 俺はなぜか、肩透かしを食らった気分になる。


 なんだかいたたまれなくなったので、俺は勢いよく立ち上がる。

 浴槽内に溜まっていた湯が、勢いよく溢れ出した。


「もういい、俺は出る!」

「まあまあ……そんなこと言わないで、久しぶりに二人でゆっくり浸かろうよ──お兄ちゃん、背中流してくれる?」

「流さない……っていうか『久しぶり』って、小学生の頃の話だろう……」

「はあ……──これ以上からかっても仕方ないか……じゃあまた今度ね。バイバイ」


 俺は勢いよく扉を開けて脱衣所に入り、そして扉を閉めた。

 まったく……どうして真央は思春期にもなってこんなことを……!



◇ ◇ ◇



「はあ……自分の家にも、安息の場所はないのか……」


 英理香と真央にキスされた、右手の甲。

 それを眺めながら、俺は自室で呟いた。


 まったく、あの二人はどうしてそこまで俺をからかうのだろうか。


 キスされるのが嫌というわけではない。

 むしろ手であってもキスすることに抵抗がないということは、それだけ俺に心を許してくれている証拠でもある。

 俺はそれがとても嬉しかった。


 そ、それに……ちょっとだけ興奮、したし……


 だが、だからこそ俺は非常に困惑している。


 この前英理香からは告白されたが、まだ彼女のことをちゃんと知っているわけではないので、まだ付き合えない。

 一方の真央は血の繋がった妹だし、思春期真っ盛りのはずなので、兄である俺にベタベタしてくる事自体珍しい。


「──ん?」


 ふと、スマホが振動した。

 確認してみると、英理香からメッセージが届いていた。


《今日は一緒に映画を観られてよかったです。ありがとうございました。ですが次こそは、二人っきりでゆっくり観られるといいですね》


 俺は今まで、何を考えていたんだ。

 手の甲にキスされたことくらい、どうだって良かったのだ。


 ただ、友達と楽しいひと時を過ごせた。

 この事実があれば、俺はそれで十分だったんだ──


 それを確認できて嬉しい気持ちになった俺は、スマホをタップして文章を入力して送信ボタンを押した。


《俺も楽しかった。誘ってくれてありがとう。観たい映画があったら、いつでも言って欲しい》


 今日は色々あって精神的に疲れたけど、楽しかったのは本当だ。


 高校に入学してから1年間、俺はソロ充を貫いてきた。

 それを苦痛に思うことなく、疑問に感じることもなく、ただ走り続けた。

 一人でもできる娯楽はいっぱいあるし、「ソロ充」の名の通りリアルが充実していた。


 だが、ソロでなくても楽しいことはいっぱいある。

 俺は今日、それに気づくことが出来た。


 英理香・真央・由佳ゆか・茉莉也──

 この4人には感謝しておかねばなるまい。


 俺はみんなにメッセージを送信したあと、布団を敷いて眠りについた。

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