第22話 映画のチケット

 クラスメイトの英理香えりかが手渡してきた、1枚のチケット。

 それは俺がずっと楽しみにしていた、アニメ映画の前売り券だった。


 『メイガス・キラー』

 コミカライズ・ノベライズ・テレビアニメ化される程の人気を誇るPCゲームだ。

 俺はアニメから入り、今は漫画版を購読している。


 現代の日本にて、魔術師同士の闘争に巻き込まれた一般人の主人公が、ヒロインとともに平穏な日常を取り戻すべく戦う。

 ──というストーリーだ。


 それがアニメ映画として公開されたのが、本日土曜日である。

 俺は映画のことを、そして『メイガス・キラー』のことを英理香には一切話していなかったのだが……


「お見舞いをしにあなたの家に上がらせてもらった時、本棚を勝手に見てしまいました……もし気分を害されたのでしたら、ごめんなさい」

「い、いやいや! とんでもない! むしろ嬉しいよ。俺が好きなものを知っててくれて」


 英理香がとても申し訳なさそうな表情をしていたので、俺は必死に誤解を解く。

 確かに俺が好きなものを、俺が口にしなくても持ってきてくれたことに関しては、とても驚いている。

 だがそれ以上に、俺は本当に嬉しかったのだ。


「いかがですか?」

「誘ってくれてありがとう。一緒に観に行こう──『メイガス・キラー』は本当に面白いから」

「嬉しいです……よろしくおねがいします! ──みんなには内緒にしてくださいね。お茶会が終わったら、適当に理由をつけて一人で帰る素振りをしてください」


 俺は英理香に耳元で囁かれ、思わずドキッとした。

 みんなに内緒で映画を見に行く理由は不明だが、それを彼女に聞くという発想が、俺からは蒸発してしまった。


 俺は「分かった」と返事をし、二人でテーブル席に戻った。



◇ ◇ ◇



 そして時が経ち……

 俺たちは会計を済ませ、ファミレスの外に出た。


「き、今日は……その、楽しかったわ……」

「あ、ありがとう……ございました……!」


 幼馴染の由佳ゆかはロングヘアをくるくると指で回し、恥ずかしそうにしている。

 後輩の茉莉也まりやはおどおどしつつも、みんなに向けて頭を下げた。


 これにて今日の「中間テスト打ち上げ」は解散だ。

 妹の真央まおは俺の服の袖を掴み、こう言った。


「お兄ちゃん、一緒に帰ろう?」

「あー……先に帰っててくれ。俺はこれから買い物に行くから」

「じゃあ私もついていくよ」


 今日は英理香と二人きりで、映画を見に行く約束をしていたのだが……

 しかも英理香いわく、みんなには黙っていてほしいとのことだし……


 俺は真央に耳を貸すようにジェスチャーをする。


「──これから、その……グラビア雑誌を買いに行くんだよ……だからついてこないで欲しい」

「グラビア! お兄ちゃん、やっと女の子に興味を持てるようになったんだね!」

「バカ、大きな声を出すな!」


 真央は晴れやかな笑顔で、とんでもないことを暴露してくれた。

 そのせいで由佳・茉莉也、そして英理香に渋い顔をさせてしまった。


「私、そういうの大丈夫だし、ついていくよ?」


 真央はどうやら引き下がる気はないらしい。

 そこまでして俺と一緒にいたいということなのだろうか。


 俺は英理香に目配せをする。

 すると彼女は小さく溜息を漏らし、言った。


「皆さん、これから映画を見に行きませんか? 『メイガス・キラー』というアニメ映画のチケットを1枚親戚からいただきまして、今日観に行こうかなと思っていたのですが。私一人だけでは寂しいので……」


 英理香の笑顔は少し引きつっていた。

 理由は分からないが、もしかしたらこれは彼女にとって、苦渋の決断だったのかもしれない。


 だが俺としては、それが最善だと思う。

 英理香が俺と二人きりで映画を見に行きたがった理由は不明だが、しかし俺としてはみんなで名作を分かち合いたい。


 俺はいの一番に、英理香の誘いに応じることにした。


「誘ってくれてありがとう。俺も観に行きたいと思ってた」

「き、奇遇ねっ! 私も同じこと考えてたわ!」

「わーい! 行こ行こ! ──茉莉也ちゃんはどうする? バトル系のアニメなんだけど」

「う、うんっ! わたしも行く! ──悠木ゆうき先輩、ありがとうございますっ!」

「いえいえ、どういたしまして」


 悠木英理香は茉莉也に対し、張り付いたような笑みで応える。

 俺たちは最寄りの映画館にむけて、歩を進めた。



◇ ◇ ◇



 夕方の土曜日の映画館は、それなりに人が多かった。

 特に今日は大人気シリーズ『メイガス・キラー』公開日なので、男性客でいっぱいだ。

 しかし当作は女性人気もそれなりにあり、女性客も少なからずいた。


 それにしても、誰かと映画館に行ったのは久しぶりだな──


「はい、弓弦ゆづる


 由佳はそう言って、映画の前売券を俺に手渡した。

 俺はすでに、英理香から前売り券をもらっている。


「そ、その……実は親戚に2枚もらっちゃって、1枚余ってるのよね……よかったら使いなさいよ……」

「ありがとう。でも前売り券なら俺も持ってるから、真央に渡していいか?」

「い……いいわよ、別にっ!」


 由佳は何故か真っ赤な顔をしながら、そっぽを向いた。

 俺は彼女を怒らせるようなことを、してしまったのだろうか……


 まあいい。

 俺は真央に、由佳からもらったチケットを差し出す。


「真央、どうぞ」

「あ、私もチケット2枚持ってるからいいや。お兄ちゃんと二人で観に行きたいって思って買ったんだけど……1枚は茉莉也ちゃんにあげるね。はいどうぞ」

「い、いいの……? いくらだったかな……?」

「茉莉也ちゃんとは仲良くしたいし、タダでいいよ──受け取って、くれるかな……?」

「うん、ありがとう! えへへ……」


 真央は茉莉也にチケットを手渡す。

 茉莉也はとても嬉しそうに、そのチケットを眺めていた。


「由佳、このチケットは返すよ」

「そ、そうね。親戚に返さないといけないし」


 俺は由佳に、余ってしまったチケットを返す。

 彼女はぎこちない表情で、それを受け取った。


「──あはは……なんだ、みんな弓弦と映画を観に行こうと計画していたのですね……」

「英理香、どうしたんだ?」

「あっ……いえ、なんでもありません」


 英理香が何を言っているかはよく聞こえなかったが、しかし少しだけ残念そうな表情をしていた。

 俺たちは受付に向かい、入場の手続きをすることにした。



◇ ◇ ◇



 目の前には大型スクリーン。

 見渡せばたくさんの観客たち。


 俺と英理香は今、座席に座っている。

 ただ、他のメンバーとはバラバラになってしまっている。

 その理由は、座席をネット予約しているファンが非常に多く、5人が並んで座れる座席が空いていなかったからだ。


 そこで座席について色々と揉め事があったが、結局はじゃんけんで決まった。


「予定とは少し違いましたが……二人きりになれましたね」

「あ、ああ……そうだな」


 英理香は心底嬉しそうに、そう言った。

 元々俺たちは、当日ではあるものの、二人きりで映画を観る約束をしていたのだ。

 彼女がそういう反応をするのは、ごく自然かもしれない。


 俺としては、みんなで名作を分かち合いたかった。

 とはいえ映画上映中は私語は厳禁なので、極論を言えば、わざわざ隣合わせに座る必要すらない。

 映画が終わったあとで談義をすればいいのだ。


 ──ま、まあ……デートをする際は隣合わせの方が、ムードが出るみたいなのだが……

 これは断じてデートではない。


 そんなことを思っている内に、いつの間にか『メイガス・キラー』本編が始まっていた。

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