第21話 中間テスト打ち上げ

 一週間後、中間テストが4日間に渡って行われた。


 俺たちは死力を尽くし、目の前の問題を解いていく。

 そう──今までの勉強の集大成を、紙にぶつけていったのだ。


 そしてテストから更に1週間後の6月上旬、ついに全教科の答案が返ってきた。



◇ ◇ ◇



 答案返却からさらに数日経った、土曜日の昼下がり。

 俺・英理香えりか真央まお由佳ゆか茉莉也まりやの5人は、ファミレスに集まっていた。

 目的は、中間テストの結果発表会と、そして打ち上げだ。

 ちなみにこれを提案したのは英理香だ。


 本来であれば、答案用紙がすべて返ってきた直後に行うものかもしれない。

 しかしながら、由佳と茉莉也が弓道部──つまり体育会系の部活動に入っているため、土日くらいしかゆっくりできる時間がないのだ。


 俺たちはファミレスのボックス席に座っている。

 席次は奥から英理香・俺・真央。

 そして俺たちと対面するように、由佳と茉莉也が座っている。


 かなり密集しているせいか、甘くていい香りが漂っている。

 とても落ち着かない。


「よし……みんな、準備はいいか?」

「はい……」

「うん……」

「『せーの』で行くぞ……せーの!」


 俺たちは答案用紙を一斉に見せあう。


 俺と英理香は、全科目90点から100点の範囲内にある。

 真央・由佳・茉莉也の三人は、だいたい85点から95点くらいの範囲内に収まっていた。


 ──あれ、苦手科目でも85点も取れるんなら、俺が教えた意味あったのかな……?


弓弦ゆづる、どうしたのですか?」

「ああ……いや、みんな結構いい線いってるって思ってな。毎日勉強会を開いて俺が教えなくても、平均点以上は取れてたはずだろって思って……」

「そんなことはありませんよ。弓弦が教えてくださったから、私たちは高得点を取れたのです。決してやましい理由はありません──みなさん、そう思いますよね?」


 英理香が満面の笑みを浮かべ、他の女子たちに同意を求める。

 すると彼女たちは首を縦に振った。


 なにか裏があると思わざるを得ないが……

 ──終わりよければすべてよしということで!


 俺はコーヒーカップを手に取り、それを高く掲げる。


「中間テスト突破おめでとう。乾杯!」

「乾杯!」


 俺はコーヒーを少し口に含む。

 無論、ミルク・砂糖なしのブラックだ。


 真央はオレンジジュースをストローで飲みながら、俺の飲みっぷりを見ていた。


「お兄ちゃん……それってブラックコーヒー……だよね? いつも思うんだけど、よくそんな苦いものが飲めるね」

「ああ……素材の味が効いていておいしいぞ」

「素材の味しかしないじゃない……」


 由佳が烏龍茶を飲みながら、呆れたような口調で言った。

 うむ……確かに言われてみればそのとおりか……


「流石は弓弦です!」

「わたし、お砂糖をいっぱい入れないと飲めないので……尊敬しちゃいますっ!」


 英理香と茉莉也は茶を飲みながら、俺を満面の笑みで褒めてくれた。

 やっぱり、コーヒーはブラックに限る。


 ちなみに彼女たちはふたりとも、茶葉をポットに入れたものを楽しんでおり、とてもおしゃれだ。

 ディスペンサー──ドリンクバーで使われる機械でもなく、ティーバッグでもない、玄人向けの淹れ方だ。

 この二人は俺と同じく、「こだわっている」と思われる。


「英理香と茉莉也は何を飲んでいるんだ?」

「私はアール・グレイです。柑橘系のいい香りがしますよ」

「わ、わたしはジャスミンティーです。甘い香りがして、とってもおいしいですっ」


 ふむ、どちらもフレーバーティーか。

 茶葉に香り付けしたそれらは、素材の味がやや目立たなくなってしまっている。

 だが香り高くおいしいので、悪くない選択だ。


「弓弦も飲んでみます? ……ふふ」

「ああ、一杯もらおうかな」


 英理香が笑みをこぼしながら提案してくれたので、俺はそれに乗る。


 となると、まずはコーヒーを全部飲み干さないとダメだな。

 ポットから注いでもらわないといけないし。


 そう思い、俺はコーヒーを一気に煽る。

 ふう……この苦味と酸味のハーモニーが、たまらなくイイッ!


 俺がコーヒーカップをソーサーに乗せると、俺の目の前にはすでにティーカップが置かれているのに気がついた。


「どうぞ、召し上がれ」

「ありがとう」


 いつ用意してくれたのだろうかと思いつつ、英理香に促された俺はティーカップを傾ける。

 彼女のアール・グレイ・ティーはとても香り高く、そして甘酸っぱくておいしかった。


 それにしても、周りの視線がなぜか痛いのだが……


「あ、あわわ……勇者──じゃなかった、英理香ちゃんと間接キスしちゃた……」

「ゆ、弓弦! なんで気づかないのよ……このバカ!」


 真央が慌てた様子で不穏当な台詞を吐き、そして由佳が俺を糾弾する。

 そして俺が英理香の方を見やると、彼女は満面の笑みを浮かべていた。


「間接キス、しちゃいましたね……うふふ」


 俺はハメられたというわけだ。

 ──めちゃくちゃ恥ずかしい……


 嫌悪感は一切ないけど、一体どういう意図で英理香は間接キスをさせたのだろうか。

 俺をからかって玩具にするつもりなのだろうか。


 色々言いたいことはあるが、間接キスごときで怒っても仕方がない。

 恋愛初心者丸出しだ。

 そもそも恋愛などしていないが。


 俺は大人の男、笑って許そうじゃないか──


「ゆ、弓弦先輩っ! よかったらわたしのも、どうぞ……ジャスミンティー、おいしいですよ……?」


 茉莉也はそう言って、自分がさっきまで使っていたティーカップを俺に差し出す。

 英理香のことを許してあげた以上、茉莉也の分を拒否する理由はない。


「ああ、ありがとう。いただくよ」

「やった……!」

「茉莉也ちゃんって意外とあざといよね?」

「そ、そんなことないよおっ……!」


 少しだけ冷たい目をしている真央に、茉莉也は慌てた様子で答える。

 彼女たちは同級生であり、真央は茉莉也の意外な一面を知って驚いているのだろう。


 俺はそんな彼女たちを尻目に、茉莉也のジャスミンティーを飲み干す。

 ジャスミンの甘い香りがして、とてもおいしかった。


 ──めちゃくちゃドキドキする……

 茉莉也からはいつもジャスミンの香りがしていたから、余計に意識してしまう……


 だが俺は必死に表情を作り、照れを隠しながら茉莉也に報告する。


「おいしかったよ、茉莉也」

「あ、ありがとう……ございますっ……!」


 茉莉也はなぜか顔を真っ赤にしながら、潤んだ目で俺を見つめていた。

 そして俺がティーカップを返してあげると、なぜか飲み口の部分をじっと見ていた。


 そんな茉莉也を見て、弓道部の先輩である由佳が溜息交じりにこう言った。


「私、思ったんだけど……もしかして相羽あいばさんって、弓弦のこと好きだったりするの?」

「ええっ!? あの……そのっ……ううっ……」

「由佳、俺がいる前でその質問は答えづらいだろう」

「ああ……確かにそうね。ごめんなさい、相羽さん」

「い、いえ! 矢口やぐち先輩が謝ることじゃないですよっ!」


 矢口由佳は申し訳なさそうに謝罪した。

 それを受けて相羽茉莉也は涙目になっている。

 彼女は由佳の謝罪を受け入れた後、カップにジャスミンティーを注ぎ、こくこくと飲んでいた。



◇ ◇ ◇



 しばらくの間、俺たちはおしゃべりに興じていた。

 中間テストのこと、学校生活のこと、部活動のことなど、色々話し合っていた。


 だがその間、俺の尿意は限界に近づいていた。

 コーヒーや紅茶の飲みすぎだ。


 だが、食事の場で「トイレに行ってくる」とは言えない。

 なので俺は、無言で席を立った。


 少し歩いてトイレに到着し、用を足す。

 そしてトイレから出た時、そこには英理香がいた。


「英理香も化粧直しか?」

「気を遣ってくださっているのはありがたいのですが……その言い方、少し恥ずかしいですね」


 英理香ははにかんでいた。


「ねえ弓弦……このお茶会が終わったら、映画を見に行きませんか?」


 英理香はそう言って、俺にチケットを手渡してきた。

 そのチケットは『メイガス・キラー』という、俺がずっと楽しみにしていたアニメ映画だった。

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